つくしは雨が降り出したので慌てて地下鉄の入口へと駆け込んだ。
普段なら仕事のことで頭がいっぱいなのに、道明寺からお互いに知らない者同士として試しにつき合ってみないかと言われ、いいわ、と返事をしていた。
頭の中が仕事よりあの男のことでいっぱいになりつつある・・
他の女性が道明寺からつき合おうなんて言われたら、きっと素直な気持ちで返事をするんだろうな・・
あたしなんかみたいな返事の仕方はしないはずだ。
でも試しにつき合ってみないか?なんて言われたんだから、あの返事でもよかったはずだ。
そう簡単に誘惑に負けるわけにはいかない。あたしにだって女としてのプライドってものがあるんだから・・
***
エレベーターが開き、司は頭の中で優先するべきことを考えた。
それはもちろん牧野つくしについてだ。
廊下を歩いて自分の執務室である副社長室までずんずんと歩いていた。
まず何からすればいい?必要だと思われることは何でもするつもりでいた。
秘書に言って花でも贈るか?花と一緒にあいつの好きそうな甘い物も贈るか?
試しにつき合ってみないかと声をかけ、案外あっさりと了承したのはどうしてだと考えた。
ただ、ひとつ提案があると言われた。
つき合う上での提案・・
それは微妙な関係でつき合ってみないかと言うことだった。
上目遣いで見つめられ、思わずよしわかったと頷いていた。
互いに知らない者同士として試しにつき合ってみないか?の答えが微妙な関係でつき合う。
なんだよ、その微妙な関係ってのは?俺が試しにつき合ってみないかって言った試しが悪かったってことか?
クソッ!言い方がまずかったってことだよな?
試しにじゃなくマジでつき合おうって言うべきだった。
だが互いに自分について相手が知らないことを教え合うことから始めようと言われれば、最初から始めないかと言った俺の提案に対しての答えとしては理に適う。
要は今までのことは無かったことにして新しい関係を始めようってことだよな?
ああ。確かに俺は古い話しは水に流せとも言ったが、マジで初めっからスタートするってことか?それに微妙な関係・・この意味はなんなんだ?
司は副社長室の手前にある秘書室から出て来た西田に呼び止められた。
「副社長、ちょっとよろしいですか?」
「あとにしてくれないか?これから・・」牧野の言う微妙について考えるところだ。
司は西田の前を通り過ぎようとしていたが、立ち止まると振り向いた。
「おい西田、微妙な関係ってなんだ?」司は西田を見据えた。
「副社長、仰っている意味がよくわかりませんが?」
「男と女の間で微妙な関係って何だかわかるか?」
司にしてみれば、男と女の間なんてのは所詮寝るか寝ないかどちらかだろうとしか思えなかった。だからつくしが言う微妙な関係の意味するところが理解出来ずにいた。
銀縁メガネの男の顔は至極真面目だったが、勘が鋭くよく知恵が回る。
「男と女の間で・・ですか?」
四十半ばの男に聞くことかと思ったがまさか秘書室にいる女の役員秘書に聞くわけにもいくまい。
「それは友達以上、恋人未満ということではないでしょうか?」
「もしかして牧野様のことですか?」
勘が鋭い男はメガネの奥に見える目の表情を変えなかった。
流石お袋の懐刀と言われた男だ。
西田は俺の秘書になって何年になる?
牧野がニューヨークにいた頃はこの男はまだお袋の秘書だったか?
だから牧野のことは知らないか・・
だが俺が牧野にグラスの水をぶっかけられた所も見られているし、ここのところ投資関係の資料持参で執務室へも頻繁に出入りする姿も見ていればわかりそうなものだよな。
本来なら俺が女の担当なんて受け入れるはずがないってことはこの男だってよく知ってる。
それに西田からすれば俺が他人に資産運用を任せなくても自分でそのくらい簡単にやってのけることは十分知っているはずだ。牧野からの提案書は申し訳ないが精読はしていない。
ここへ来させて、話しをするチャンスが欲しいからの手段であって内容はどうでもいいのが事実だ。
「微妙な関係ってのは友達以上恋人未満か・・」
あの女ガキみてぇなつき合いを望んでいるわけじゃないよな?
待てよ。殆どの女は男に対してはっきりした関係を求めるものだろ?
微妙とか曖昧とかって関係ってのは普通女の方が嫌がるもんだろ?
それなのに女の方が友達以上恋人未満の関係を求めるってのは何なんだ?
あいつ俺のこと本気で考えるつもりはあるのか?
まさか俺のこと都合のいい男だなんて考えてるわけじゃねぇよな?
牧野と揺るぎない関係を築くためにはどうしたらいい?
「西田、頼みがある」
「はい、副社長」
「花を贈ってくれないか?」
「承知いたしました」
「それから・・チョコレートも」
「承知いたしました。ではただちに取り掛かります」
「おい、送り先は・・」
「承知しておりますので」
いかにも分別臭い西田の表情はまったく変わらなかった。
「いいか西田。ニューヨークには・・お袋には言うなよ?」
「それも承知しております」
西田にしてみれば言うもなにも副社長の動向はニューヨークにいらっしゃる頃からご存知かと思われますが。とは敢えて言わずにおくことにした。
司は副社長室の扉の前で立ち止まると振り向いた。
「西田、それでおまえの用はなんなんだ?」
「はい。今夜予定しておりました会食は延期になりました」
西田は司の片眉が上がったのを見た。
「副社長、僭越ながら申し上げます」西田は意味ありげに咳払いをした。
「ご自分の評価が落ちるような行動だけはお慎みになられた方がよろしいかと思います。」
「牧野様は、曲がったことがお嫌いのようにお見受けしました。つまり嘘もお嫌いと言うことかと」
「ああ。わかってる」司は西田に目を合わせた。
「おまえが言いたいのは俺がこの前あいつにグラスの水をぶっかけられたとき、俺たちに何かあったってことには気づいてたんだろ?あれはそうされても仕方がなかったんだよ」
西田は自分の上司が特定の女性に対してこんなふうに嬉しそうに話す理由がわからないほど馬鹿ではない。この3年間浮いた話しが無かったのは牧野様のせいだったのかと納得していた。
「それにあいつに嘘をついたらどんな事になるか、そんなことは3年も前に学んだからな」
「これから俺はあいつの前ではありのままの自分でいるつもりだ」
でなきゃ本当の俺を知ってもらうことなんて出来ねぇからな。
これからは本気であいつを求めにいってやる。

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他の女性が道明寺からつき合おうなんて言われたら、きっと素直な気持ちで返事をするんだろうな・・
あたしなんかみたいな返事の仕方はしないはずだ。
でも試しにつき合ってみないか?なんて言われたんだから、あの返事でもよかったはずだ。
そう簡単に誘惑に負けるわけにはいかない。あたしにだって女としてのプライドってものがあるんだから・・
***
エレベーターが開き、司は頭の中で優先するべきことを考えた。
それはもちろん牧野つくしについてだ。
廊下を歩いて自分の執務室である副社長室までずんずんと歩いていた。
まず何からすればいい?必要だと思われることは何でもするつもりでいた。
秘書に言って花でも贈るか?花と一緒にあいつの好きそうな甘い物も贈るか?
試しにつき合ってみないかと声をかけ、案外あっさりと了承したのはどうしてだと考えた。
ただ、ひとつ提案があると言われた。
つき合う上での提案・・
それは微妙な関係でつき合ってみないかと言うことだった。
上目遣いで見つめられ、思わずよしわかったと頷いていた。
互いに知らない者同士として試しにつき合ってみないか?の答えが微妙な関係でつき合う。
なんだよ、その微妙な関係ってのは?俺が試しにつき合ってみないかって言った試しが悪かったってことか?
クソッ!言い方がまずかったってことだよな?
試しにじゃなくマジでつき合おうって言うべきだった。
だが互いに自分について相手が知らないことを教え合うことから始めようと言われれば、最初から始めないかと言った俺の提案に対しての答えとしては理に適う。
要は今までのことは無かったことにして新しい関係を始めようってことだよな?
ああ。確かに俺は古い話しは水に流せとも言ったが、マジで初めっからスタートするってことか?それに微妙な関係・・この意味はなんなんだ?
司は副社長室の手前にある秘書室から出て来た西田に呼び止められた。
「副社長、ちょっとよろしいですか?」
「あとにしてくれないか?これから・・」牧野の言う微妙について考えるところだ。
司は西田の前を通り過ぎようとしていたが、立ち止まると振り向いた。
「おい西田、微妙な関係ってなんだ?」司は西田を見据えた。
「副社長、仰っている意味がよくわかりませんが?」
「男と女の間で微妙な関係って何だかわかるか?」
司にしてみれば、男と女の間なんてのは所詮寝るか寝ないかどちらかだろうとしか思えなかった。だからつくしが言う微妙な関係の意味するところが理解出来ずにいた。
銀縁メガネの男の顔は至極真面目だったが、勘が鋭くよく知恵が回る。
「男と女の間で・・ですか?」
四十半ばの男に聞くことかと思ったがまさか秘書室にいる女の役員秘書に聞くわけにもいくまい。
「それは友達以上、恋人未満ということではないでしょうか?」
「もしかして牧野様のことですか?」
勘が鋭い男はメガネの奥に見える目の表情を変えなかった。
流石お袋の懐刀と言われた男だ。
西田は俺の秘書になって何年になる?
牧野がニューヨークにいた頃はこの男はまだお袋の秘書だったか?
だから牧野のことは知らないか・・
だが俺が牧野にグラスの水をぶっかけられた所も見られているし、ここのところ投資関係の資料持参で執務室へも頻繁に出入りする姿も見ていればわかりそうなものだよな。
本来なら俺が女の担当なんて受け入れるはずがないってことはこの男だってよく知ってる。
それに西田からすれば俺が他人に資産運用を任せなくても自分でそのくらい簡単にやってのけることは十分知っているはずだ。牧野からの提案書は申し訳ないが精読はしていない。
ここへ来させて、話しをするチャンスが欲しいからの手段であって内容はどうでもいいのが事実だ。
「微妙な関係ってのは友達以上恋人未満か・・」
あの女ガキみてぇなつき合いを望んでいるわけじゃないよな?
待てよ。殆どの女は男に対してはっきりした関係を求めるものだろ?
微妙とか曖昧とかって関係ってのは普通女の方が嫌がるもんだろ?
それなのに女の方が友達以上恋人未満の関係を求めるってのは何なんだ?
あいつ俺のこと本気で考えるつもりはあるのか?
まさか俺のこと都合のいい男だなんて考えてるわけじゃねぇよな?
牧野と揺るぎない関係を築くためにはどうしたらいい?
「西田、頼みがある」
「はい、副社長」
「花を贈ってくれないか?」
「承知いたしました」
「それから・・チョコレートも」
「承知いたしました。ではただちに取り掛かります」
「おい、送り先は・・」
「承知しておりますので」
いかにも分別臭い西田の表情はまったく変わらなかった。
「いいか西田。ニューヨークには・・お袋には言うなよ?」
「それも承知しております」
西田にしてみれば言うもなにも副社長の動向はニューヨークにいらっしゃる頃からご存知かと思われますが。とは敢えて言わずにおくことにした。
司は副社長室の扉の前で立ち止まると振り向いた。
「西田、それでおまえの用はなんなんだ?」
「はい。今夜予定しておりました会食は延期になりました」
西田は司の片眉が上がったのを見た。
「副社長、僭越ながら申し上げます」西田は意味ありげに咳払いをした。
「ご自分の評価が落ちるような行動だけはお慎みになられた方がよろしいかと思います。」
「牧野様は、曲がったことがお嫌いのようにお見受けしました。つまり嘘もお嫌いと言うことかと」
「ああ。わかってる」司は西田に目を合わせた。
「おまえが言いたいのは俺がこの前あいつにグラスの水をぶっかけられたとき、俺たちに何かあったってことには気づいてたんだろ?あれはそうされても仕方がなかったんだよ」
西田は自分の上司が特定の女性に対してこんなふうに嬉しそうに話す理由がわからないほど馬鹿ではない。この3年間浮いた話しが無かったのは牧野様のせいだったのかと納得していた。
「それにあいつに嘘をついたらどんな事になるか、そんなことは3年も前に学んだからな」
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Comment:2
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

さと**ん様
微妙な関係に悩んでる司。
アメリカ暮らしの長い司にとって微妙という日本語の曖昧さが理解出来ないと言うものあるのかもしれません(笑)
何しろ日本語が不自由な人でしたので。西田に教えてもらったのは「友達以上恋人未満」という答え。
果たしてその答えは正しいのでしょうか・・?
分別くさい西田の表情・・
銀縁メガネをかけ、わけ知り顔で冷たく感情もなくって感じでしょうか(笑)
承知しました連発で、無表情って感じです。
西田秘書、敵か味方か?あの方次第ではないでしょうか?
コメント有難うございました(^^)
微妙な関係に悩んでる司。
アメリカ暮らしの長い司にとって微妙という日本語の曖昧さが理解出来ないと言うものあるのかもしれません(笑)
何しろ日本語が不自由な人でしたので。西田に教えてもらったのは「友達以上恋人未満」という答え。
果たしてその答えは正しいのでしょうか・・?
分別くさい西田の表情・・
銀縁メガネをかけ、わけ知り顔で冷たく感情もなくって感じでしょうか(笑)
承知しました連発で、無表情って感じです。
西田秘書、敵か味方か?あの方次第ではないでしょうか?
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.05.26 23:08 | 編集
