「副社長!」
「西田、いいんだ・・」
司は西田が慌てて差し出したハンカチを断わると手のひらで水気を払った。
グラス一杯の水だ。たいしたことはない。
それでも牧野にいきなりグラスの水をかけられたことは正直驚いた。
けどこいつが怒るのも無理はない。
この怒りは3年前俺がこいつに嘘をついたときの怒りなんだろうよ。
緊迫した空気が流れる中、司はつくしの気持ちが落ち着くのを待った。
つくしはストンとソファに腰を下ろすと自分が何をしでかしたのかに気づいて慌てた。
衝動的とはいえ、道明寺HDの副社長にグラスの水をぶっかけてしまった。
あ、あたし・・なんてことをしてしまったの?右手はまだグラスを持ったままで小刻みに震えていた。
「牧野?」
「牧野?」
「えっ?な、なに?」
つくしは気が抜けたような返事しかできなかったが、それでも司へと視線を移した。
「西田、悪いが出てってくれないか?」
秘書の男性はかしこまりましたと答えると部屋を出て行った。
2人は互いに見つめ合っていた。
「なあ牧野」司は穏やかに言った。
「これで気が済んだか?仕事のことで怒ってるんじゃねぇんだろ?」
「おまえは3年前の俺に対して怒ってるんだろ?」
「違うわよ・・」
「いいや。違わねぇはずだ。なあ・・少し俺の話しを聞いてくれないか?」
司は仕事を口実にでもしなければつくしとゆっくり話しが出来ないことは分かっていた。
だからと言ってこいつの能力を疑ってるってわけじゃない。
あれから牧野は確かに仕事が出来るようになっていたのは事実だ。
「あのときは本当に悪かったと思ってる。おまえがセントラルパークに来なくなってからも俺は何度か足を運んだんだ。おまえに会えるんじゃねぇかと思ってな」
「言っとくがおまえが敵対してた会社の人間だから近づいただなんてことはねぇからな」
結局会えずにいたが司はつくしを忘れたことはなかった。
「俺が本当の名前を名乗らなかったのは悪かったと思ってる。なにしろ俺の名前は良いにしろ悪いにしろ知られているからな」無味乾燥な口調だった。
「金があって政財界に影響をおよぼす力がある」
「だからむやみに名前を名乗ることはしたくないのが本音だ」
「俺はこの名前のせいで子供の頃から心の平和を得ることなんてのは、まず無理だった」
表面上は淡々とした口調で話しをしているが、その裏には複雑な感情が感じられた。
それこそが、つくしがまだこの男が道明寺司だと知らずに会っていた頃に感じられていた漠然とした何かだったんだと思った。
司は今まで誰にも話したことなどなかった自分についてを話し始めた。
「俺の周りには俺をただの一人の男として見てくれる奴はいない」
「まぁそんなことは昔っからだったから今更だけどな」司の口元に冷笑が浮かんだ。
「それでも俺はその今更が嫌になることがある」
「そんな時だったんだよ、おまえとセントラルパークで出会ったのは」
司の髪の毛から水滴がひとつ垂れ落ちるのが見えた。
つくしにしてみれば、セントラルパークで出会った男がどこの誰だろうと別に構わなかった。ありのままの自分を受け入れてくれるならそれで良かった。あたしはあの時、自分についての嘘はつかなかった。だから相手が嘘をつくとは考えてもいなかった。
出会った人間が正直じゃないなんてことはあまり考えていなかった。
確かにあたしは他人を信用しすぎるなんてことを言われたことがあった。わかってる。人は些細な嘘はつくものだ。人生の中でまったく嘘がないなんて人間はひとりもいないはずだ。
その嘘が許されるか許されないかは、嘘をつかれた相手の取り方による。
あたしがもしこの男のことを何とも思っていなければ、嘘も笑って許せたかもしれない。
一度嘘をつかれると、嘘をついた相手を信用することは出来なくなる。
嘘つきはその嘘を守るために嘘をつき続けなければいけない。
あのとき、この男が口にした言葉は嘘でなく、真実としてあたしの前にあったんだから。
あたしにとってはこの男の口から語られたことが真実だった。
司はつくしの表情の変化を見逃さまいとしていた。
一度吐き出された言葉を取り消すことは難しいというが、こいつは俺がついた嘘を許してはくれないのだろうか?
「なあ、牧野。許してくれないか?俺の嘘を・・」
司はつくしにぶっかけられたグラスの水など何とも思っていないとばかりで、そうされても当然だという感じだ。
つくしはあの頃の自分の気持ちを思い出そうとしていた。
記憶の中の道明寺司は今と違っていきいきとしていた。それは他人を装っていたことで来る別の人格だったのだろうか。
あたしだって・・
いつまでもあの頃のことを根に持ってるわけじゃない。
ただ、あたしの前に突然現れて、またあたしの気持ちをかき乱すようなことばかり言うから・・ついいつも食ってかかるような態度に出てしまう。
でも、2人が出会って過ごした数週間は互いの心にロマンチックなことを考えていたはすだ。2人で見つけた何かがあったはずだった。
この男はあたしのことが好きだと言った。その気持ちが本当なのかすぐには信じられない自分がいる。
これからはビジネスとしてのつき合いが始まるんだから、互いの持ち場を守れば仕事は出来るはずだ。たとえそれがこの男専属のコンサルタント業務だとしても仕事は仕事だ。
その上でこの男の本当の気持ちを確かめてもいいはずだ。嘘ではなく本当だということを。
つくしは自分の目の前の男が真剣な眼差しで答えを待っていることに気づいた。
俺の嘘を許してくれないか・・・
つくしは深呼吸をして迷いを捨てることにした。
「道明寺・・もう二度とあたしに嘘はつかないでくれる?」
「ああ、もう二度とおまえには嘘はつかない」
「じゃあ・・今から聞くことに正直に答えて」
つくしは探るような目で司を見た。二度と嘘はつかないならあたしの質問に正直に答えて欲しい。「曖昧な答えはいらないから・・正直に答えてくれる?」
「ああ。絶対に嘘はつかない。今そう言っただろ?」
「おまえの聞きたいことには正直に答えるから何でも聞いてくれ」
つくしは自分達2人がつき合っていたと言うわけでは無かっただけに聞いていいかどうか迷っていた。「あれから・・つき合った女性はいたの?」
しばしの沈黙に時の流れが止まったように感じられた。
「いや。いない」
司はつくしから視線をそらさなかった。
「そう・・わかった・・」
「お、教えてくれて・・ありがとう」
つくしはじっと見つめられ自分の頬が赤くなるのが感じられた。
「こ、これからは仕事相手として見てもらいたいの」
「それから・・あたしのこと・・す、好きだって言ってくれたのは嬉しいけど・・今はその気持ちには答えられない」
司は前のめりの体勢になるとつくしへと顔を近づけた。
「わかった。おまえの今の気持ちはよくわかった。なら俺も言いたいことは言わせてもらう」
「仕事相手としての立場が望みなら会社ではそのつもりで対応する」
「けどそれ以外はおまえを仕事の相手だなんて見るつもりはない」
「おまえがあの街からいなくなってから俺に女はいねぇ」
「おまえのことが好きなのに他の女なんか抱けるかよ・・」
つきあった女がいたかだと?
変な勘ぐりはよしてくれ・・
欲しいものは・・
司が欲しいのは自分の目の前の女だけだ。
「だから俺はおまえを諦めるつもりはねぇからな」

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この怒りは3年前俺がこいつに嘘をついたときの怒りなんだろうよ。
緊迫した空気が流れる中、司はつくしの気持ちが落ち着くのを待った。
つくしはストンとソファに腰を下ろすと自分が何をしでかしたのかに気づいて慌てた。
衝動的とはいえ、道明寺HDの副社長にグラスの水をぶっかけてしまった。
あ、あたし・・なんてことをしてしまったの?右手はまだグラスを持ったままで小刻みに震えていた。
「牧野?」
「牧野?」
「えっ?な、なに?」
つくしは気が抜けたような返事しかできなかったが、それでも司へと視線を移した。
「西田、悪いが出てってくれないか?」
秘書の男性はかしこまりましたと答えると部屋を出て行った。
2人は互いに見つめ合っていた。
「なあ牧野」司は穏やかに言った。
「これで気が済んだか?仕事のことで怒ってるんじゃねぇんだろ?」
「おまえは3年前の俺に対して怒ってるんだろ?」
「違うわよ・・」
「いいや。違わねぇはずだ。なあ・・少し俺の話しを聞いてくれないか?」
司は仕事を口実にでもしなければつくしとゆっくり話しが出来ないことは分かっていた。
だからと言ってこいつの能力を疑ってるってわけじゃない。
あれから牧野は確かに仕事が出来るようになっていたのは事実だ。
「あのときは本当に悪かったと思ってる。おまえがセントラルパークに来なくなってからも俺は何度か足を運んだんだ。おまえに会えるんじゃねぇかと思ってな」
「言っとくがおまえが敵対してた会社の人間だから近づいただなんてことはねぇからな」
結局会えずにいたが司はつくしを忘れたことはなかった。
「俺が本当の名前を名乗らなかったのは悪かったと思ってる。なにしろ俺の名前は良いにしろ悪いにしろ知られているからな」無味乾燥な口調だった。
「金があって政財界に影響をおよぼす力がある」
「だからむやみに名前を名乗ることはしたくないのが本音だ」
「俺はこの名前のせいで子供の頃から心の平和を得ることなんてのは、まず無理だった」
表面上は淡々とした口調で話しをしているが、その裏には複雑な感情が感じられた。
それこそが、つくしがまだこの男が道明寺司だと知らずに会っていた頃に感じられていた漠然とした何かだったんだと思った。
司は今まで誰にも話したことなどなかった自分についてを話し始めた。
「俺の周りには俺をただの一人の男として見てくれる奴はいない」
「まぁそんなことは昔っからだったから今更だけどな」司の口元に冷笑が浮かんだ。
「それでも俺はその今更が嫌になることがある」
「そんな時だったんだよ、おまえとセントラルパークで出会ったのは」
司の髪の毛から水滴がひとつ垂れ落ちるのが見えた。
つくしにしてみれば、セントラルパークで出会った男がどこの誰だろうと別に構わなかった。ありのままの自分を受け入れてくれるならそれで良かった。あたしはあの時、自分についての嘘はつかなかった。だから相手が嘘をつくとは考えてもいなかった。
出会った人間が正直じゃないなんてことはあまり考えていなかった。
確かにあたしは他人を信用しすぎるなんてことを言われたことがあった。わかってる。人は些細な嘘はつくものだ。人生の中でまったく嘘がないなんて人間はひとりもいないはずだ。
その嘘が許されるか許されないかは、嘘をつかれた相手の取り方による。
あたしがもしこの男のことを何とも思っていなければ、嘘も笑って許せたかもしれない。
一度嘘をつかれると、嘘をついた相手を信用することは出来なくなる。
嘘つきはその嘘を守るために嘘をつき続けなければいけない。
あのとき、この男が口にした言葉は嘘でなく、真実としてあたしの前にあったんだから。
あたしにとってはこの男の口から語られたことが真実だった。
司はつくしの表情の変化を見逃さまいとしていた。
一度吐き出された言葉を取り消すことは難しいというが、こいつは俺がついた嘘を許してはくれないのだろうか?
「なあ、牧野。許してくれないか?俺の嘘を・・」
司はつくしにぶっかけられたグラスの水など何とも思っていないとばかりで、そうされても当然だという感じだ。
つくしはあの頃の自分の気持ちを思い出そうとしていた。
記憶の中の道明寺司は今と違っていきいきとしていた。それは他人を装っていたことで来る別の人格だったのだろうか。
あたしだって・・
いつまでもあの頃のことを根に持ってるわけじゃない。
ただ、あたしの前に突然現れて、またあたしの気持ちをかき乱すようなことばかり言うから・・ついいつも食ってかかるような態度に出てしまう。
でも、2人が出会って過ごした数週間は互いの心にロマンチックなことを考えていたはすだ。2人で見つけた何かがあったはずだった。
この男はあたしのことが好きだと言った。その気持ちが本当なのかすぐには信じられない自分がいる。
これからはビジネスとしてのつき合いが始まるんだから、互いの持ち場を守れば仕事は出来るはずだ。たとえそれがこの男専属のコンサルタント業務だとしても仕事は仕事だ。
その上でこの男の本当の気持ちを確かめてもいいはずだ。嘘ではなく本当だということを。
つくしは自分の目の前の男が真剣な眼差しで答えを待っていることに気づいた。
俺の嘘を許してくれないか・・・
つくしは深呼吸をして迷いを捨てることにした。
「道明寺・・もう二度とあたしに嘘はつかないでくれる?」
「ああ、もう二度とおまえには嘘はつかない」
「じゃあ・・今から聞くことに正直に答えて」
つくしは探るような目で司を見た。二度と嘘はつかないならあたしの質問に正直に答えて欲しい。「曖昧な答えはいらないから・・正直に答えてくれる?」
「ああ。絶対に嘘はつかない。今そう言っただろ?」
「おまえの聞きたいことには正直に答えるから何でも聞いてくれ」
つくしは自分達2人がつき合っていたと言うわけでは無かっただけに聞いていいかどうか迷っていた。「あれから・・つき合った女性はいたの?」
しばしの沈黙に時の流れが止まったように感じられた。
「いや。いない」
司はつくしから視線をそらさなかった。
「そう・・わかった・・」
「お、教えてくれて・・ありがとう」
つくしはじっと見つめられ自分の頬が赤くなるのが感じられた。
「こ、これからは仕事相手として見てもらいたいの」
「それから・・あたしのこと・・す、好きだって言ってくれたのは嬉しいけど・・今はその気持ちには答えられない」
司は前のめりの体勢になるとつくしへと顔を近づけた。
「わかった。おまえの今の気持ちはよくわかった。なら俺も言いたいことは言わせてもらう」
「仕事相手としての立場が望みなら会社ではそのつもりで対応する」
「けどそれ以外はおまえを仕事の相手だなんて見るつもりはない」
「おまえがあの街からいなくなってから俺に女はいねぇ」
「おまえのことが好きなのに他の女なんか抱けるかよ・・」
つきあった女がいたかだと?
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欲しいものは・・
司が欲しいのは自分の目の前の女だけだ。
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Comment:4
コメント
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c**ky様
おはようございます^^
楽しみにして頂きありがとうございます。
原作の坊ちゃん高校生ですもんね。でも拙宅では高校生は書けません( ノД`)シクシク…
なにしろ、もう遠い昔過ぎて分からないんです・・(笑)
うちの坊ちゃんどうですか?ちなみに御曹司みたいなエロ坊ちゃんもいるんですが・・?
新しい「花男」最初の頃は読んでいたのですが、今は思い出したように読む程度で実はc**ky様のコメントで思い出し、読んで来ました。アップされていたのを全部読みましたので、相当読んでいませんでした。はい。私もどうもピンときません。坊ちゃん写真のみですし・・いつか動く坊ちゃんが見れるのか?と言う思いですがどうなんでしょうか・・
昭和の**ちゃんだなんて!なら私も同じです!(笑)最近やっと自覚して来ました(笑)←遅いと言われてます。
うちのようなお部屋でよろしければまたいつでも遊びに来て下さい(^^)
コメント有難うございました(^^)
おはようございます^^
楽しみにして頂きありがとうございます。
原作の坊ちゃん高校生ですもんね。でも拙宅では高校生は書けません( ノД`)シクシク…
なにしろ、もう遠い昔過ぎて分からないんです・・(笑)
うちの坊ちゃんどうですか?ちなみに御曹司みたいなエロ坊ちゃんもいるんですが・・?
新しい「花男」最初の頃は読んでいたのですが、今は思い出したように読む程度で実はc**ky様のコメントで思い出し、読んで来ました。アップされていたのを全部読みましたので、相当読んでいませんでした。はい。私もどうもピンときません。坊ちゃん写真のみですし・・いつか動く坊ちゃんが見れるのか?と言う思いですがどうなんでしょうか・・
昭和の**ちゃんだなんて!なら私も同じです!(笑)最近やっと自覚して来ました(笑)←遅いと言われてます。
うちのようなお部屋でよろしければまたいつでも遊びに来て下さい(^^)
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.05.17 23:15 | 編集

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さと**ん様
【お前のことが好きなのに他の女なんか抱けるかよ・・・】
言われたい!言われたかった!←過去形(ノД`)
言われたことがないから、書いたんですよっ!!←何怒ってるんでしょね?(笑)
この司、他の女が抱けなかったんです!
こんなところが一途なんですよね・・
好きになったら一直線なところが彼の持ち味かと思います。
なりふり構わず頑張ってつくしの愛を勝ち取ってもらいたいと思います。
コメント有難うございました(^^)
【お前のことが好きなのに他の女なんか抱けるかよ・・・】
言われたい!言われたかった!←過去形(ノД`)
言われたことがないから、書いたんですよっ!!←何怒ってるんでしょね?(笑)
この司、他の女が抱けなかったんです!
こんなところが一途なんですよね・・
好きになったら一直線なところが彼の持ち味かと思います。
なりふり構わず頑張ってつくしの愛を勝ち取ってもらいたいと思います。
コメント有難うございました(^^)
アカシア
2016.05.21 23:54 | 編集
