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2015
08.27

いつか見た風景 最終話

車のフロントガラスに差し込む陽光が眩しいくらいだ。
ロングボディーのメルセデスがエントランスに横付けされている。



「おはようございます」
リムジンの後部座席に乗り込んだ俺の隣にすわる西田が声をかけてくる。

「・・・何か言いたげだな」
俺は西田を見向きもしなかった。

「奥様には・・」
「いや、まだだ」
俺はそっけなく答えた。

そして脚を投げ出し窓の外を眺めた。
車窓を流れて行く景色を見ながらいつの間にか俺の口元はかすかな笑みが浮かんでいた。
そしていつしか俺は牧野のことを考えていた。


車が東京支社の前に来たところで牧野のことを考えるのをやめ、これから待ち受けている仕事のことを考えるべくだらしなく緩んでいたであろう口元を引き締めた。




******




俺は今も牧野が昔と同じ気持ちでいてくれていると言う想いを知って
自分の中にあったあの時と同じ牧野に対しての愛しさが燃え上がってきている。
牧野と一緒に過ごす時間が増えるにつれて求め合う気持ちが高まってきているように思える。


俺はタキシード用のタイを結びながら考える。
今夜は牧野と特別な夜を過ごすつもりだ。



******




そこは大変な人出だった。
そぞろ歩きの通行人もいれば待ち合わせの人間も少なくない。
ロングボディーのメルセデスから降りて来たタキシードとパーティードレスを身にまとった二人に周囲の人間は何かの撮影かと歩みを止める。

一見モデルと見まがえる男性と小柄な女性。
その男は女の手を引き広場へとやって来る。


「ど、道明寺、どうしたの急に」


私は彼の急な行動に驚くしかない。
だってここは・・・この場所は・・・


「ねえ、待ってよ」


道明寺の歩くスピードについて行けない私はつまずきそうになる。
そんな私を見て彼は私の腰に腕を回したかと思えば緩慢な動作で私を抱き上げた。
そして衆人環視のなか、私を抱きかかえて広場の中央までやってくると唇にキスをした。
それから優しく私の身体を降ろすと、ふんわりと抱きしめてくる。


「牧野、今日は俺とデートだ」

この場所は俺が牧野に初めてのデートの待ち合わせ場所として指定した広場だ。
降りかかる雨をもろともせずにお前を待ち続けた。


私はどうしてこの場所に連れてこられたのか不思議に思った。
この場所は何かの偶然なのか・・・


「あのね、ここ・・・」
「分かってる」
私の言葉を阻むように道明寺は話はじめた。




「ここは雨の中、俺がお前に待ちぼうけを食わされた場所だろ?」

「・・・・ど、どうして・・・」

「 牧野、ごめん・・・・・。 俺、お前のことを思い出した 」

そう言いながら俺は牧野の瞳を見つめ続けた。
牧野は身動きもせず声も出さない。
俺は一瞬背筋がぞっとした。
牧野に愛されていると思っていたのは勘違いだったんだろうか。

俺は牧野の華奢な身体を抱いたまま、驚きに見開かれていく瞳を見つめていた。
その瞳の奥が揺れ動くのが分かる。
そしてその身体の震えが感じられ、感情の波が牧野の身体を駆け抜けているのが感じられた。
俺の腕の中の小さな温もりが震えている。



「 い、いつ? 」
私は言葉が喉の奥に貼り付いたようで上手く言えない。
そしてうれしさと安堵感で涙が溢れてくる。

「 ど、どうして謝るの? 」

お願い、謝らないで・・
私は不安とパニックに襲われそうになった。
私はあの日、夢のように時間を止め、哀しみはそっと眠らせて道明寺の傍にいることにした。
だから謝らないで。
どうして謝るの?


「 牧野、牧野 」
牧野の瞳から大粒の涙がこぼれている。

「聞いてくれ。俺がお前を9年間も忘れ去っていたんだ。すべては俺がお前を・・・
 お前のことを思い出さなかった俺が・・・」

俺は何度でもお前に詫びるよ。

「 ごめん 牧野 」

私はこの9年間誰にも知られないように、誰にも気づかれないように哀しみを眠らせてきた。
忘れないで・・・私はここにいる。
いつだってその想いを手放すことなんか出来なかった。

「ど、どうし・・て・・・どうして・・・忘れちゃったの・・なんで・・・」

私は感情のダムが決壊してしまった。
涙が溢れるのを止められないでいる。
眠らせてきた想いが溢れでてきて止めることが出来ない。

「牧野・・・悪かった・・・お前のことを忘れて・・」

俺は身体を震わせ泣いている牧野を抱きしめ続けた。
そうする事で牧野の哀しみが少しでも俺に吸収されればいいと思った。
こいつの人生が哀しみに染まることがないように・・・
そして哀しみで涙がこぼれることがないように・・・・
これからは決してお前の傍を離れることは無い。
もう二度と離れないように愛せる。


どこかでカメラのフラッシュが閃いている。
それが引き金となったかのように周囲の人だかりから歓声と思われる声が聞こえてくる。
そして誰かが手を叩きはじめていた。

俺は胸で泣いている牧野の顔を自分の方に向けた。


「 愛している 」


俺はそうささやくと唇をあわせ、力いっぱい牧野を抱きしめて胸の奥でくすぶっていた思いをぶつけた。

沢山のカメラのフラッシュの閃光と、歓声と拍手が聞こえる。
まるでそこだけにスポットライトが当てられているような光景・・・。
まるで映画のワンシーンのような光景に歓声と拍手が広がっていく。
そして、それはまるで伝染したかのように周囲に広がっていった。

それでも俺はキスを止めることが出来なかった。
牧野はそんな回りの喧騒に何も気づかないようにキスを返してくる。
カメラのフラッシュも、囃し立てる声も、拍手も・・何もかも忘れたように。
そしてそんな牧野と俺のキスは終わることがなかった。






 
あの日、俺の目の前に現れたウエディングドレス姿の牧野。
あの時言わなかった俺の言葉。
今なら言える。






これから先、永遠の愛を誓う。

お前だけに。









*****






「じゃあね牧野。元気で」
昨日花沢類にそう言われて東京を離れた私達はニューヨークへと戻って来た。

私はベッドでゆっくりと目を覚まそうとしていた。
さずがの道明寺も疲れているのか、私の隣で寝息をたてている。

頭の中には前夜の記憶が甦る。
記憶の戻った道明寺とベッドで愛し合うのは妻としての義務ではない。
彼の愛する妻として愛し合うのは今までの感情の比ではなかった。
昨夜の道明寺の激しい抱擁を思い出すと身体が火照る。

分厚いカーテンの向こうはきっと眩しいくらいの光が降り注いでいるはずだ。
そろそろ起きなければ・・

「きゃ・・」
私のそんな考えを遮るように隣に寝ていたはずの道明寺がのしかかってきた。

「・・・お前、何考えてる・・」
「な・・何ってそろそろ起きないと・・」
「まだ起きなくていい・・」



9年分の熱い思いと情熱が感じられる。
互いの手脚を絡め合いながらもう決して離れないと抱き合った。
共に欲望の嵐にのまれ、共に高みにのぼりつめた。
そして燃え尽きた。
その先に訪れた充足感に私達は再び眠りにつこうとしていた。

そして心地よい眠りに身をまかせようとする。




『 俺はつくしの夫だ 』

私はそう言われた時のことを思い出す。

『 いい響きだな。慣れてしまえば 』

そう言いながら妖艶な笑みを浮かべていた。

『 つくし、うちへ帰ろう 』

私達のうち・・・

『 ニューヨーク? 』

『 ああ、そうだ。帰ろう、ニューヨークへ 』






fin







明日はエピローグです。



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応援有難うございます。
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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2015.08.27 09:52 | 編集
まり**様
ご訪問有難うございます。
いえいえ、こちらこそ毎日ご訪問を頂いていたようで有難うございました。
私も二人にはハッピーなENDでいてもらわなければ心が沈んでしまいそうです。
ラストにはあの広場を使いたいと思っていました。
映画のウエディングシーンのような雰囲気を出したかったのですがどうでしょうか?
うっとりして頂けて嬉しいです(≧▽≦)
まり**様の今日一日が心穏やかであったと願います。
アカシアdot 2015.08.27 21:41 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2015.08.28 03:45 | 編集
コ**様
いつもご訪問有難うございます!
無事最終話を迎えて、二人が幸せになれて私も嬉しいです!
そうですよね、記憶が戻っても戻らなくても司にはつくしですよね。
え?(゚д゚)! 最初からまた読み直すのですか?
自分では怖くて読み直せません・・・・
最後になりましたが、温かいお言葉を有難うございました(´▽`*)
アカシアdot 2015.08.28 21:49 | 編集
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