花束を手に教会の通路を歩くウエディングドレス姿の四十路の花嫁。
その姿を誰にはばかることなく、可愛らしいと言う人間がいるとすれば、それは司くらいなものだ。
何しろ花嫁はこの年で恥ずかしいと言い、息子の駿は母親のウエディングドレス姿に一瞬ぽかんとした表情になったが、その奥にあるのは、まさかその年でその恰好?といったところだろう。
だが司は彼女が純白のドレスを着ることを望んだ。
何故なら本来20年前に行わなければならなかった結婚式は、ふたりにとって最初で最後になる神聖なもの。そして神聖なるものに相応しい色は白。だからタキシード姿の司の隣に立つ彼女は純白のドレス姿でなければならなかった。
それに司はどうしても彼女のウエディングドレス姿が見たかった。
一生に一度だからこそ、その姿を写真に収めたいという思いがあった。
そして彼女を司の隣へとエスコートするのは、イタリア製のスーツを着た息子。
このふたりが司にとっての家族であり、これから司が守るべきものだ。
司は近づいてくる彼女を見ながら病室で結婚を申し込んだ日のことを思い出していた。
司は彼女に好きな人がいると言われ鉄の塊でも呑み込んだような気がした。
だがそれは嘘だと言われた。だから再び結婚を申し込んだ。
すると彼女は「いいわ」と言った。
だからその言葉に司はホッと胸を撫で下ろした。
だが、彼女はひと呼吸おくと「でも本当にいいの?アンタはあたしのことを思い出して愛が甦ったみたいに言うけど、本当にあたしでいいの?それにあたしスーパーの総菜売り場で働くおばさんよ?」と言葉を継いだ。
そして好きな人がいるから結婚出来ないと嘘をついたのは、そんな自分は司の愛を受け入れる資格があるかを自問したからだと言った。
司も社会には目に見えない壁というものが存在することは知っている。
それに決して豊かとはいえない家庭で育った彼女が、息子を育てる過程で多くの困難と、いくつもの苦労の壁を乗り越えてきたことは想像に難くない。
そして、彼女がそれを意識していることも知っている。
だから尚更、彼女には豊かになる権利がある。幸せになる権利がある。
そして、彼女がその権利を行使するため司は彼女を幸せにする義務がある。
それに司は心に忠実であることがモットー。だから己の心臓の上に手を置くと、「愛は甦ったんじゃない。お前に対する愛はずっとここにあった。ただ俺がそのことに気付くのに時間がかかっただけだ。それにお前がどこで何をしていようと関係ない。お前は俺の愛を受け入れる資格は充分ある。お前には俺と一緒に幸せになる権利がある」と言った。
そんな司に彼女は「愛するというのは、その人の幸せを願うことだと思うの。
だからあたしはアンタの幸せを願った。それはアンタが誰かと結婚して海の向こうで暮らしていたとしても関係なかった。だってそれはアンタが選択したことだもの。
それに愛する人と暮らすことが人の幸せだと思うから、あたしはアンタが幸せになることを願った」と言った。
それは彼女のことを忘れた司が他の女性と結婚したとしても、司の人生の選択を祝福するという言葉だが、20年近く彼女の存在を忘れていた男に向けられた勿体ないほどの思い。
だが彼女も司と同じで人の幸福は惚れた相手と一緒になるという考えを持っていた。
だからこそ、彼女は司と一緒にならなければならない。
それに口にこそ出さないが、その目は司のことを愛してると言っていた。
だが彼女は昔から愛しているという言葉を口にすることが苦手だった。だがその代わり大きな黒い瞳は口よりも雄弁に気持を伝えていた。
そんな彼女は再び口を開くと辛いことを言うように、「あたしがアンタにあげられるのは小さな幸せで大きな幸せはあげられない。それでも本当にいいの?」と言った。だから司は「幸せに小さにも大きいもない。それに何が幸せかは俺自身が決めることだ。俺の幸せはお前と一緒にいることであってそれ以外にない」と答えると彼女の手を取った。
そして「牧野。俺と一緒に幸せになろう。それに俺はお前なしで生きていくことは出来ない。だからお前は自分自身が幸せになることもだが、俺を受け入れて俺を幸せにする義務がある」と言った。
すると彼女は俯いた。
そして暫くそのままでいたが、顏を上げると目から涙を溢れさせながら、「分かった。あたしがアンタを幸せにしてあげる」と細い顎を縦に振った。
20年近くの時の空白を簡単に埋めることは出来ない。
それでも同じだけの時間を共に過ごす自信はある。
そしてその時間の中でどうすれば彼女を幸せに出来るかを考えることが出来るが、スタートが遅いことから悠長に年を取っている暇はない。
だが幸いなことに、ふたりの間に出来た子供は手を離れている。
だから司は、これまで父親がいないことで苦労した息子に青春を謳歌しろと言った。
すると花嫁をエスコートしてきた息子は祭壇の前に立つと司に言った。
「父さん、母さんをよろしくね。僕は言われた通り青春を謳歌するよ」
花嫁が手にしている花束を用意したのは司。
その花束にはカードを添えていた。
書かれていたのは、
『苦しみは分かち合い楽しみは倍にしよう。最後の一瞬まで一緒にいてくれ』
彼女は司を見て笑いかけてきた。
そしてえくぼを浮べて言った。
「大丈夫。約束は守るから」
< 完 > *花束に添えて*

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その姿を誰にはばかることなく、可愛らしいと言う人間がいるとすれば、それは司くらいなものだ。
何しろ花嫁はこの年で恥ずかしいと言い、息子の駿は母親のウエディングドレス姿に一瞬ぽかんとした表情になったが、その奥にあるのは、まさかその年でその恰好?といったところだろう。
だが司は彼女が純白のドレスを着ることを望んだ。
何故なら本来20年前に行わなければならなかった結婚式は、ふたりにとって最初で最後になる神聖なもの。そして神聖なるものに相応しい色は白。だからタキシード姿の司の隣に立つ彼女は純白のドレス姿でなければならなかった。
それに司はどうしても彼女のウエディングドレス姿が見たかった。
一生に一度だからこそ、その姿を写真に収めたいという思いがあった。
そして彼女を司の隣へとエスコートするのは、イタリア製のスーツを着た息子。
このふたりが司にとっての家族であり、これから司が守るべきものだ。
司は近づいてくる彼女を見ながら病室で結婚を申し込んだ日のことを思い出していた。
司は彼女に好きな人がいると言われ鉄の塊でも呑み込んだような気がした。
だがそれは嘘だと言われた。だから再び結婚を申し込んだ。
すると彼女は「いいわ」と言った。
だからその言葉に司はホッと胸を撫で下ろした。
だが、彼女はひと呼吸おくと「でも本当にいいの?アンタはあたしのことを思い出して愛が甦ったみたいに言うけど、本当にあたしでいいの?それにあたしスーパーの総菜売り場で働くおばさんよ?」と言葉を継いだ。
そして好きな人がいるから結婚出来ないと嘘をついたのは、そんな自分は司の愛を受け入れる資格があるかを自問したからだと言った。
司も社会には目に見えない壁というものが存在することは知っている。
それに決して豊かとはいえない家庭で育った彼女が、息子を育てる過程で多くの困難と、いくつもの苦労の壁を乗り越えてきたことは想像に難くない。
そして、彼女がそれを意識していることも知っている。
だから尚更、彼女には豊かになる権利がある。幸せになる権利がある。
そして、彼女がその権利を行使するため司は彼女を幸せにする義務がある。
それに司は心に忠実であることがモットー。だから己の心臓の上に手を置くと、「愛は甦ったんじゃない。お前に対する愛はずっとここにあった。ただ俺がそのことに気付くのに時間がかかっただけだ。それにお前がどこで何をしていようと関係ない。お前は俺の愛を受け入れる資格は充分ある。お前には俺と一緒に幸せになる権利がある」と言った。
そんな司に彼女は「愛するというのは、その人の幸せを願うことだと思うの。
だからあたしはアンタの幸せを願った。それはアンタが誰かと結婚して海の向こうで暮らしていたとしても関係なかった。だってそれはアンタが選択したことだもの。
それに愛する人と暮らすことが人の幸せだと思うから、あたしはアンタが幸せになることを願った」と言った。
それは彼女のことを忘れた司が他の女性と結婚したとしても、司の人生の選択を祝福するという言葉だが、20年近く彼女の存在を忘れていた男に向けられた勿体ないほどの思い。
だが彼女も司と同じで人の幸福は惚れた相手と一緒になるという考えを持っていた。
だからこそ、彼女は司と一緒にならなければならない。
それに口にこそ出さないが、その目は司のことを愛してると言っていた。
だが彼女は昔から愛しているという言葉を口にすることが苦手だった。だがその代わり大きな黒い瞳は口よりも雄弁に気持を伝えていた。
そんな彼女は再び口を開くと辛いことを言うように、「あたしがアンタにあげられるのは小さな幸せで大きな幸せはあげられない。それでも本当にいいの?」と言った。だから司は「幸せに小さにも大きいもない。それに何が幸せかは俺自身が決めることだ。俺の幸せはお前と一緒にいることであってそれ以外にない」と答えると彼女の手を取った。
そして「牧野。俺と一緒に幸せになろう。それに俺はお前なしで生きていくことは出来ない。だからお前は自分自身が幸せになることもだが、俺を受け入れて俺を幸せにする義務がある」と言った。
すると彼女は俯いた。
そして暫くそのままでいたが、顏を上げると目から涙を溢れさせながら、「分かった。あたしがアンタを幸せにしてあげる」と細い顎を縦に振った。
20年近くの時の空白を簡単に埋めることは出来ない。
それでも同じだけの時間を共に過ごす自信はある。
そしてその時間の中でどうすれば彼女を幸せに出来るかを考えることが出来るが、スタートが遅いことから悠長に年を取っている暇はない。
だが幸いなことに、ふたりの間に出来た子供は手を離れている。
だから司は、これまで父親がいないことで苦労した息子に青春を謳歌しろと言った。
すると花嫁をエスコートしてきた息子は祭壇の前に立つと司に言った。
「父さん、母さんをよろしくね。僕は言われた通り青春を謳歌するよ」
花嫁が手にしている花束を用意したのは司。
その花束にはカードを添えていた。
書かれていたのは、
『苦しみは分かち合い楽しみは倍にしよう。最後の一瞬まで一緒にいてくれ』
彼女は司を見て笑いかけてきた。
そしてえくぼを浮べて言った。
「大丈夫。約束は守るから」
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ま**ん様
四十路でもふたりはお似合いの新郎新婦!
そして付き添いの息子は司の若いバージョン(≧◇≦)
ホント、母つくしが羨ましいですよね。
一時は命の心配もありましたが、再び重なったふたりの人生。
過去は胸の奥深くに抱きしめて前に進んで行くことでしょう。
それにしても、とてもしっかりした青年に育った息子。
彼のこれからの人生も気になるところです(笑)
コメント有難うございました^^
四十路でもふたりはお似合いの新郎新婦!
そして付き添いの息子は司の若いバージョン(≧◇≦)
ホント、母つくしが羨ましいですよね。
一時は命の心配もありましたが、再び重なったふたりの人生。
過去は胸の奥深くに抱きしめて前に進んで行くことでしょう。
それにしても、とてもしっかりした青年に育った息子。
彼のこれからの人生も気になるところです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2022.02.19 20:44 | 編集

ふ**ん様
本当にねえ。
司に似た息子にエスコートされ、司の手を取るウエディングドレス姿のつくしは絵になるはずです。
そうなんです。幸せに大きいも小さいもないんです。
価値観は人それぞれで自分が幸せだと思えば、それが幸せなんです。
それに人の目を気にして生きる人生は他人の人生ですから!
そして最後の一瞬まで一緒にいてくれる人がいる人生は幸せです。
こちらこそ、最後までお読みいただき、ありがとうございました(^^)
本当にねえ。
司に似た息子にエスコートされ、司の手を取るウエディングドレス姿のつくしは絵になるはずです。
そうなんです。幸せに大きいも小さいもないんです。
価値観は人それぞれで自分が幸せだと思えば、それが幸せなんです。
それに人の目を気にして生きる人生は他人の人生ですから!
そして最後の一瞬まで一緒にいてくれる人がいる人生は幸せです。
こちらこそ、最後までお読みいただき、ありがとうございました(^^)
アカシア
2022.02.19 20:58 | 編集

s**p様
今の四十路は若い!(笑)
そしてかわいいウエディング姿にぼっちゃんデレデレ!(笑)
え?|д゚)何ですって!
駿君の青春謳歌も類達の反応も気になる!
確かに青春を謳歌する駿は気になります。
ぼっちゃんに似てる息子は、間違いなく女性にモテる!!
そして苗字が道明寺になると周囲の態度も色々と変わるんでしょうねえ。
それを考えると色々と楽しそうです(笑)
拍手コメント有難うございました^^
今の四十路は若い!(笑)
そしてかわいいウエディング姿にぼっちゃんデレデレ!(笑)
え?|д゚)何ですって!
駿君の青春謳歌も類達の反応も気になる!
確かに青春を謳歌する駿は気になります。
ぼっちゃんに似てる息子は、間違いなく女性にモテる!!
そして苗字が道明寺になると周囲の態度も色々と変わるんでしょうねえ。
それを考えると色々と楽しそうです(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2022.02.19 21:08 | 編集
