「牧野。朝飯を一緒に食おう」
土曜日の朝早くから部屋のチャイムが鳴った。
インターフォンの画面に映し出されたのは上のフロアの住人。
かつて朝が苦手だった男だが今は違うようだ。
無視しようと思ったが、出なければいつまでもチャイムが鳴らされることは既に経験済みだ。それにこの部屋を用意したのはこの男で恐らくだが合鍵を持っていることは間違いない。つまり出なければ踏み込まれる可能性がある。
だからそうなる前に扉を開けたが、そこにいる男は食材を抱えた使用人とメープルのコックを従えていた。
「あのねえ。この前も言ったけど何で私があんたと一緒に朝ご飯を食べなきゃならないのよ」
それはこの部屋で暮らし始めた翌日の朝の出来事。
男はチャイムを鳴らした。だがつくしは無視をした。すると男は執拗に鳴らし続けた。
だから仕方なく応答して扉を開けた。すると男の後ろには今日と同じように食材を抱えた使用人とコックがいた。そして「メシ。一緒に食わないか?」と言ったが、あの時は既に食事を済ませちょうど出掛けるところだった。だから「朝食は済んだの。それにもう出かけるから」と言って男を押しのけエレベーターに向かった。
だが今日は、あの日よりも早い時間に現れた。
「何でって俺はお前の愛人だ。だからお前にメシを食わせ養う義務があるだろ?」
つくしは男の後ろに立つ使用人とコックに向けていた視線を男に向けた。
「あのねえ。私は働いてちゃんとお給料をもらってるの。この部屋があんたの物だとしても、あんたに養われなくても自分で生きていくことが出来るの。それに今までもそうして来た。
だからあんたに朝ご飯を食べさせてもらう理由はないしあんたが私を養う義務もない。
だから朝っぱらから訪ねてきて食事を一緒に食べようって言うの、止めてくれる?」
ここに住むことにしたのは引っ越すのが面倒だからだが、タダで住んでいるのではない。
つくしはベトナムへ転勤する前に暮らしていた賃貸マンションと同じだけの家賃を男に支払うことを決めると、男にそれを受け取ることを認めさせた。だからここは借りているのであって、つくしは男に養われてはいない。
それに男を愛人として受け入れてもいない。
だが男はそんなつくしの言葉を無視して言った。
「遠慮するな。今日は今朝焼いたばかりのロールパンを持ってきた」
と男が言うと、コックは手にしていたバスケットの覆いを取りパンを見せた。
すると、それまで微かに漂っていた小麦の香ばしい匂いが玄関に広がった。
「それにうちのコックの作る朝食は美味いぞ。チーズとハムとマッシュルームが入ったオムレツはふんわりして口の中でとろける美味さだ。それから今日のスープだがアスパラガスのスープを用意した。お前、アスパラ好きだろ?昔お前が作ってくれた弁当の中にベーコンに巻かれたアスパラがあったよな?」
「ベーコンに巻かれたアスパラ?」
「そうだ。学校の屋上で食べた弁当の中に入っていただろ?あれは美味かった」
学校の屋上で食べた弁当。
それは、ふたりが付き合い始めて間もない頃、つくしが作った弁当を英徳の屋上で食べた時のことを言っていた。
「ベーコンに巻かれたアスパラが美味しかったの?」
「そうだ。お前が作ってくれたアスパラのベーコン巻きは俺がこれまで食べたどんなアスパラ料理よりも美味かった」
「本当に?」
「ああ。本当だ。あれ以上に美味いアスパラ料理は食べたことがない」
男はそう言うと真剣な表情でつくしを見つめている。
だがあのときベーコンに巻かれていたのはアスパラではない。
あのときベーコンに巻かれていたのは…..
「......違うわよ」
「違う?」
「そうよ。あのとき私が巻いていたのはアスパラじゃない。私はアスパラなんて巻いてないの」
と、言ったつくしは思い出すような感じで目を細めたが、すぐに男に視線を合わせた。
「えのきよ」
「えのき?」
男の言い方からして、えのきが何であるか理解していないのは明らかだ。
そしてそれはあの時と同じだ。
「そうよ。私はベーコンでえのきを巻いたの。あの時あんたは、えのきを見てイソギンチャクかと訊いたわ。それにコレ食えるのかって訊いたの。だからあんたが美味しいって言ったのは私が作ったお弁当じゃない……あんたが美味しいって言ったのは海ちゃんが作ったお弁当よ!」と、言って男を玄関から押し出し扉を閉めた。
「何が思い出したよ…..えのきとアスパラは全然違うわよ」

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土曜日の朝早くから部屋のチャイムが鳴った。
インターフォンの画面に映し出されたのは上のフロアの住人。
かつて朝が苦手だった男だが今は違うようだ。
無視しようと思ったが、出なければいつまでもチャイムが鳴らされることは既に経験済みだ。それにこの部屋を用意したのはこの男で恐らくだが合鍵を持っていることは間違いない。つまり出なければ踏み込まれる可能性がある。
だからそうなる前に扉を開けたが、そこにいる男は食材を抱えた使用人とメープルのコックを従えていた。
「あのねえ。この前も言ったけど何で私があんたと一緒に朝ご飯を食べなきゃならないのよ」
それはこの部屋で暮らし始めた翌日の朝の出来事。
男はチャイムを鳴らした。だがつくしは無視をした。すると男は執拗に鳴らし続けた。
だから仕方なく応答して扉を開けた。すると男の後ろには今日と同じように食材を抱えた使用人とコックがいた。そして「メシ。一緒に食わないか?」と言ったが、あの時は既に食事を済ませちょうど出掛けるところだった。だから「朝食は済んだの。それにもう出かけるから」と言って男を押しのけエレベーターに向かった。
だが今日は、あの日よりも早い時間に現れた。
「何でって俺はお前の愛人だ。だからお前にメシを食わせ養う義務があるだろ?」
つくしは男の後ろに立つ使用人とコックに向けていた視線を男に向けた。
「あのねえ。私は働いてちゃんとお給料をもらってるの。この部屋があんたの物だとしても、あんたに養われなくても自分で生きていくことが出来るの。それに今までもそうして来た。
だからあんたに朝ご飯を食べさせてもらう理由はないしあんたが私を養う義務もない。
だから朝っぱらから訪ねてきて食事を一緒に食べようって言うの、止めてくれる?」
ここに住むことにしたのは引っ越すのが面倒だからだが、タダで住んでいるのではない。
つくしはベトナムへ転勤する前に暮らしていた賃貸マンションと同じだけの家賃を男に支払うことを決めると、男にそれを受け取ることを認めさせた。だからここは借りているのであって、つくしは男に養われてはいない。
それに男を愛人として受け入れてもいない。
だが男はそんなつくしの言葉を無視して言った。
「遠慮するな。今日は今朝焼いたばかりのロールパンを持ってきた」
と男が言うと、コックは手にしていたバスケットの覆いを取りパンを見せた。
すると、それまで微かに漂っていた小麦の香ばしい匂いが玄関に広がった。
「それにうちのコックの作る朝食は美味いぞ。チーズとハムとマッシュルームが入ったオムレツはふんわりして口の中でとろける美味さだ。それから今日のスープだがアスパラガスのスープを用意した。お前、アスパラ好きだろ?昔お前が作ってくれた弁当の中にベーコンに巻かれたアスパラがあったよな?」
「ベーコンに巻かれたアスパラ?」
「そうだ。学校の屋上で食べた弁当の中に入っていただろ?あれは美味かった」
学校の屋上で食べた弁当。
それは、ふたりが付き合い始めて間もない頃、つくしが作った弁当を英徳の屋上で食べた時のことを言っていた。
「ベーコンに巻かれたアスパラが美味しかったの?」
「そうだ。お前が作ってくれたアスパラのベーコン巻きは俺がこれまで食べたどんなアスパラ料理よりも美味かった」
「本当に?」
「ああ。本当だ。あれ以上に美味いアスパラ料理は食べたことがない」
男はそう言うと真剣な表情でつくしを見つめている。
だがあのときベーコンに巻かれていたのはアスパラではない。
あのときベーコンに巻かれていたのは…..
「......違うわよ」
「違う?」
「そうよ。あのとき私が巻いていたのはアスパラじゃない。私はアスパラなんて巻いてないの」
と、言ったつくしは思い出すような感じで目を細めたが、すぐに男に視線を合わせた。
「えのきよ」
「えのき?」
男の言い方からして、えのきが何であるか理解していないのは明らかだ。
そしてそれはあの時と同じだ。
「そうよ。私はベーコンでえのきを巻いたの。あの時あんたは、えのきを見てイソギンチャクかと訊いたわ。それにコレ食えるのかって訊いたの。だからあんたが美味しいって言ったのは私が作ったお弁当じゃない……あんたが美味しいって言ったのは海ちゃんが作ったお弁当よ!」と、言って男を玄関から押し出し扉を閉めた。
「何が思い出したよ…..えのきとアスパラは全然違うわよ」

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き**様
坊っちゃんがアワアワする姿が見たい!(≧▽≦)
つくしに拒否されていますが、これから先もこんな状況が続くのでしょうかねえ(笑)
コメント有難うございました^^
坊っちゃんがアワアワする姿が見たい!(≧▽≦)
つくしに拒否されていますが、これから先もこんな状況が続くのでしょうかねえ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.11.14 22:23 | 編集

ふ**ん様
愛人司。アスパラとえのきを間違えました!(´艸`*)
結果。焼きたてのロールパンはつくしの口に入りませんでした!
愛人司。汚名挽回できるのでしょうかねえ(笑)
コメント有難うございました^^
愛人司。アスパラとえのきを間違えました!(´艸`*)
結果。焼きたてのロールパンはつくしの口に入りませんでした!
愛人司。汚名挽回できるのでしょうかねえ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.11.14 22:31 | 編集

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と****マ様
こんばんは^^
まさかの海ちゃん。でも司は海ちゃんと言われても?だったと思います(笑)
そして食べ物で釣る!
使用人とコックは司の背後でどこを見たらいいのかと視線の定め先を悩んだかもしれませんね。
そして食べられなかった食材はどうなったのか。
う~ん。どうなったのでしょうねえ(笑)
アカシアは焼き立てのロールパンが勿体ない!と思ってしまいました(^^ゞ
冬が近づいてきましたが寒さは一休みでしょうか。
しかし今年の冬はいつも以上に様々なことに気を付けながら過ごしたいと思っています。
と****マもご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
こんばんは^^
まさかの海ちゃん。でも司は海ちゃんと言われても?だったと思います(笑)
そして食べ物で釣る!
使用人とコックは司の背後でどこを見たらいいのかと視線の定め先を悩んだかもしれませんね。
そして食べられなかった食材はどうなったのか。
う~ん。どうなったのでしょうねえ(笑)
アカシアは焼き立てのロールパンが勿体ない!と思ってしまいました(^^ゞ
冬が近づいてきましたが寒さは一休みでしょうか。
しかし今年の冬はいつも以上に様々なことに気を付けながら過ごしたいと思っています。
と****マもご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.11.16 23:06 | 編集
