つくしは何が起こっているのか分からなかった。
なぜ目の前に駅前にいた男性がいて、自分をじっと見ているのか。
それに自分は一体どこにいるのか。いや、何故ベッドの上にいるのか。
それも見たこともない部屋のベッドの上になぜブラウス姿でいるのか。着ていた上着はどこにいったのか。水たまりに足を踏み入れて水浸しになったハイヒールはどこにあるのか。
鞄はどこにいったのか。頭の中を次々に過ぎる疑問を解消するため口を開いたが、まるで呼吸困難のように言葉が出てこない。それは金魚が酸素を求めて水面に顏を出しパクパクとしているのと同じだ。
だが言葉が出ないということは、これは現実ではない。
きっと今の自分は眠っていて夢を見ているのだ。そうだ。これは夢だ。幻覚だ。
だから目を閉じれば男性は消える。次に目を開いたときには男性は消えている。そんな思いからぎゅっと目を閉じた。そして5秒数えてから目を開いたが、男性は消えることなくそこにいて、つくしをじっと見つめていた。と、いうことは、これは夢ではなく現実ということになる。それに気付いたとき、それまでこの状況を否定していた頭が高速回転を始めた。
そして今度は高い声が出た。悲鳴を上げた。
「あ、あなたどうしてここにいるのよ!もしかして….あなた私を誘拐したの?
でも無駄だから!あのね、私はしがない会社員で普通の人間なの!それに両親だって普通の人間でお金持ちでも何でもないから!だから私を誘拐してもお金は取れないわよ!それに….ええっと、とにかく私からはお金は取れないから!それから、もし私を今すぐ解放してくれたらこのことは警察には言わないから。それにあなたと会ったことは忘れるから」
つくしは恐怖を隠しながら喋っていた。
ベッドの足元に立ち、つくしをじっと見ている男性は駅前でタクシーだと勘違いした車の持ち主だ。それが分かるのは、印象的な目だ。漆黒の鋭い目。そして端正な顔立ちだ。
その人がまさか自分を誘拐するとは思いもしなかったが、この男性は高級な外車に乗っていた。それも自分の車だと言ったがハンドルを握っていたのは別の人間だった。と、いうことは、男性は運転手付きの車に乗ることが出来る身分や地位の持ち主なのか。だがそうだとすれば、そんな男性が身代金目的に女性を誘拐するだろうか。いや。それはないはずだ。
それなら考えたくはないが、これは身代金目的の誘拐ではなく乱暴目的なのか。
だから上着が脱がされブラウス姿なのか。だがそれなりの地位にいる人間が乱暴目的で女性を誘拐するだろうか。地位があるならお金もある。つまりこの男性はお金持ちの男性ということになる。そんな男性なら女性を誘拐しなくても、ほっといても近づいてくるはずだ。
それでも、魔が差して衝動的にこういったことをしたのか。
いや。もしかすると男性は猟奇的な殺人を楽しむ人間なのかもしれない。女性を乱暴した後で殺すことを楽しむ異常者かもしれない。
そんな人間の乗った車をタクシーだと勘違して同乗させて欲しいばかりに、ここまで迎えに来てくれる知り合いはいないと個人的なことを話してしまった。だからつくしが同居家族のいない独り暮らしだと察したはずだ。
まったく何という日だろう。
残業続きの日々を終えた週末。食事をすればワインを飲み過ぎて電車を乗り過ごして山の中の駅まで来たが、引き返す電車もなければ泊まる所もない。
そんな状況でタクシーを捕まえることが出来たと思えば、それはタクシーではない。
そしてタクシーだと思った車の持ち主の男に誘拐され、今日で人生が終わるなら、今日はこれまでの人生で最低の日だ。そして振り返れば無難な人生だった。こんなことなら人生をもっと楽しんでおけば良かった。
それにしても、一体ここはどこなのか。男性の家なのか。
つくしは視線を左右に動かした。すると近くのテーブルの上に見たのは、「リバーサイドホテルのご利用について」と書かれた冊子。
ここはホテル?もしかしてここは駅前のホテルなのか。門限を過ぎて閉ざされていた扉を無理矢理開けさせたのか。いや。違う。あのホテルは駅前でそんな名前ではなかった。
それにあの小さなホテルにはこんなに大きなベッドはないはずだ。
そして、この男性が犯罪者なら犯行現場として駅前の目立つ所にあるホテルを選ぶことはないはずだ。
それならこのホテルは一体......。
つくしは自分をじっと見つめる男性が動いたことでビクッとした。
そして無意識にベッドの上で後ずさったが、右手が硬い何かに触れた。
すると天井の灯りが色を変えて赤になった。
「え?」
右手はそのままだったが、灯りは勝手に赤から青に変わった。
だから慌てて手を離した。すると右手は別の何かに触れるとベッドの真正面。男性の後ろにあるテレビが絡み合う裸の男女の姿を映し出し室内に大袈裟な喘ぎ声が流れ始めた。
「ここ.....」
言葉にはしなかったが、ここがラブホテルであることはすぐに分かった。
どうしよう、どうしよう。ここで乱暴されて殺されてどこかに捨てられてしまうのか。
ここがリバーサイトホテルというなら傍には川が流れているのだろう。それなら川に突き落とされて流されてしまうのか。それとも谷底に投げ落とされるのか。もしかして山に埋められる?いや。ダムに沈められるのかもしれない。
嫌だ。怖い。怖い。まだ死にたくない。
「おい。ブツブツ呟くのは止めろ。それより服を脱いで風呂に入れ」
ああ、やっぱりそうだ。
この男性はここでつくしを犯してから殺すつもりだ。
だがその前に風呂に入れと言うのだから、強姦魔でありながらきれい好きなのか。
それに男性は上着を着ていない。ネクタイは外されワイシャツ姿だ。もしかするとつくしが風呂に入るのを待って後から一緒に入るつもりなのか。
ベッドの上ではなく浴室で始めるつもりなのか。
「それにしてもよく喋る女だな」男性は呆れたように言うと、「いいか。よく訊け。俺は強姦魔じゃない。それに犯罪者じゃない。それから俺はお前と一緒に風呂に入るつもりはないから安心しろ。ここに来たのは緊急避難だ」と言葉を継いだ。
「き、緊急避難?」
つくしの頭は恐怖で混乱していたが、その言葉だけは掬い取っていた。
「ああそうだ。お前は目の前の車がタクシーじゃないと分かるとショックを受けて俺の前で倒れて気を失った。俺は真夜中にそんな人間を放置するほど鬼畜じゃない。それにもしそうすればお前は確実に風邪をひいて肺炎になっていた。恐らくだが誰にも気づかれず朝まであの場所に倒れたままで下手をすれば死んでもおかしくはない。だから車に乗せた」
つくしは、その言葉にしばらくの間、男性を凝視した。
男性の言葉が正しければ、自分は男性に助けられたということになる。
だがそれでも何故ここにという疑問が残るが、その疑問に答えるかのように男性は言った。
「それからここに入ったのは、びしょ濡れのお前を風呂に入れて温めることが必要だと考えたからだ。それにこの先の道は落石で通行止めになったからだ。つまり前には進めない。それに雨は激しく降っている。だから夜が明けない限り復旧は無理だ。それにここは山の中でまわりには何もない。暗闇が広がるだけの場所だ。そんなところに車を止めて狭い車内に閉じ込められるよりもここで休んだ方がいいと判断した」
その口ぶりから窺うことが出来るのは、男性は仕方なくとは言え、自分の前で倒れた女をそのままにすることは良心が許さなかったということだ。
「それで?熱はなさそうだったが大丈夫か?」
そして、つくしの身体を気遣ってくれるその言葉は、駅前でのやり取りが嘘のように思えた。

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なぜ目の前に駅前にいた男性がいて、自分をじっと見ているのか。
それに自分は一体どこにいるのか。いや、何故ベッドの上にいるのか。
それも見たこともない部屋のベッドの上になぜブラウス姿でいるのか。着ていた上着はどこにいったのか。水たまりに足を踏み入れて水浸しになったハイヒールはどこにあるのか。
鞄はどこにいったのか。頭の中を次々に過ぎる疑問を解消するため口を開いたが、まるで呼吸困難のように言葉が出てこない。それは金魚が酸素を求めて水面に顏を出しパクパクとしているのと同じだ。
だが言葉が出ないということは、これは現実ではない。
きっと今の自分は眠っていて夢を見ているのだ。そうだ。これは夢だ。幻覚だ。
だから目を閉じれば男性は消える。次に目を開いたときには男性は消えている。そんな思いからぎゅっと目を閉じた。そして5秒数えてから目を開いたが、男性は消えることなくそこにいて、つくしをじっと見つめていた。と、いうことは、これは夢ではなく現実ということになる。それに気付いたとき、それまでこの状況を否定していた頭が高速回転を始めた。
そして今度は高い声が出た。悲鳴を上げた。
「あ、あなたどうしてここにいるのよ!もしかして….あなた私を誘拐したの?
でも無駄だから!あのね、私はしがない会社員で普通の人間なの!それに両親だって普通の人間でお金持ちでも何でもないから!だから私を誘拐してもお金は取れないわよ!それに….ええっと、とにかく私からはお金は取れないから!それから、もし私を今すぐ解放してくれたらこのことは警察には言わないから。それにあなたと会ったことは忘れるから」
つくしは恐怖を隠しながら喋っていた。
ベッドの足元に立ち、つくしをじっと見ている男性は駅前でタクシーだと勘違いした車の持ち主だ。それが分かるのは、印象的な目だ。漆黒の鋭い目。そして端正な顔立ちだ。
その人がまさか自分を誘拐するとは思いもしなかったが、この男性は高級な外車に乗っていた。それも自分の車だと言ったがハンドルを握っていたのは別の人間だった。と、いうことは、男性は運転手付きの車に乗ることが出来る身分や地位の持ち主なのか。だがそうだとすれば、そんな男性が身代金目的に女性を誘拐するだろうか。いや。それはないはずだ。
それなら考えたくはないが、これは身代金目的の誘拐ではなく乱暴目的なのか。
だから上着が脱がされブラウス姿なのか。だがそれなりの地位にいる人間が乱暴目的で女性を誘拐するだろうか。地位があるならお金もある。つまりこの男性はお金持ちの男性ということになる。そんな男性なら女性を誘拐しなくても、ほっといても近づいてくるはずだ。
それでも、魔が差して衝動的にこういったことをしたのか。
いや。もしかすると男性は猟奇的な殺人を楽しむ人間なのかもしれない。女性を乱暴した後で殺すことを楽しむ異常者かもしれない。
そんな人間の乗った車をタクシーだと勘違して同乗させて欲しいばかりに、ここまで迎えに来てくれる知り合いはいないと個人的なことを話してしまった。だからつくしが同居家族のいない独り暮らしだと察したはずだ。
まったく何という日だろう。
残業続きの日々を終えた週末。食事をすればワインを飲み過ぎて電車を乗り過ごして山の中の駅まで来たが、引き返す電車もなければ泊まる所もない。
そんな状況でタクシーを捕まえることが出来たと思えば、それはタクシーではない。
そしてタクシーだと思った車の持ち主の男に誘拐され、今日で人生が終わるなら、今日はこれまでの人生で最低の日だ。そして振り返れば無難な人生だった。こんなことなら人生をもっと楽しんでおけば良かった。
それにしても、一体ここはどこなのか。男性の家なのか。
つくしは視線を左右に動かした。すると近くのテーブルの上に見たのは、「リバーサイドホテルのご利用について」と書かれた冊子。
ここはホテル?もしかしてここは駅前のホテルなのか。門限を過ぎて閉ざされていた扉を無理矢理開けさせたのか。いや。違う。あのホテルは駅前でそんな名前ではなかった。
それにあの小さなホテルにはこんなに大きなベッドはないはずだ。
そして、この男性が犯罪者なら犯行現場として駅前の目立つ所にあるホテルを選ぶことはないはずだ。
それならこのホテルは一体......。
つくしは自分をじっと見つめる男性が動いたことでビクッとした。
そして無意識にベッドの上で後ずさったが、右手が硬い何かに触れた。
すると天井の灯りが色を変えて赤になった。
「え?」
右手はそのままだったが、灯りは勝手に赤から青に変わった。
だから慌てて手を離した。すると右手は別の何かに触れるとベッドの真正面。男性の後ろにあるテレビが絡み合う裸の男女の姿を映し出し室内に大袈裟な喘ぎ声が流れ始めた。
「ここ.....」
言葉にはしなかったが、ここがラブホテルであることはすぐに分かった。
どうしよう、どうしよう。ここで乱暴されて殺されてどこかに捨てられてしまうのか。
ここがリバーサイトホテルというなら傍には川が流れているのだろう。それなら川に突き落とされて流されてしまうのか。それとも谷底に投げ落とされるのか。もしかして山に埋められる?いや。ダムに沈められるのかもしれない。
嫌だ。怖い。怖い。まだ死にたくない。
「おい。ブツブツ呟くのは止めろ。それより服を脱いで風呂に入れ」
ああ、やっぱりそうだ。
この男性はここでつくしを犯してから殺すつもりだ。
だがその前に風呂に入れと言うのだから、強姦魔でありながらきれい好きなのか。
それに男性は上着を着ていない。ネクタイは外されワイシャツ姿だ。もしかするとつくしが風呂に入るのを待って後から一緒に入るつもりなのか。
ベッドの上ではなく浴室で始めるつもりなのか。
「それにしてもよく喋る女だな」男性は呆れたように言うと、「いいか。よく訊け。俺は強姦魔じゃない。それに犯罪者じゃない。それから俺はお前と一緒に風呂に入るつもりはないから安心しろ。ここに来たのは緊急避難だ」と言葉を継いだ。
「き、緊急避難?」
つくしの頭は恐怖で混乱していたが、その言葉だけは掬い取っていた。
「ああそうだ。お前は目の前の車がタクシーじゃないと分かるとショックを受けて俺の前で倒れて気を失った。俺は真夜中にそんな人間を放置するほど鬼畜じゃない。それにもしそうすればお前は確実に風邪をひいて肺炎になっていた。恐らくだが誰にも気づかれず朝まであの場所に倒れたままで下手をすれば死んでもおかしくはない。だから車に乗せた」
つくしは、その言葉にしばらくの間、男性を凝視した。
男性の言葉が正しければ、自分は男性に助けられたということになる。
だがそれでも何故ここにという疑問が残るが、その疑問に答えるかのように男性は言った。
「それからここに入ったのは、びしょ濡れのお前を風呂に入れて温めることが必要だと考えたからだ。それにこの先の道は落石で通行止めになったからだ。つまり前には進めない。それに雨は激しく降っている。だから夜が明けない限り復旧は無理だ。それにここは山の中でまわりには何もない。暗闇が広がるだけの場所だ。そんなところに車を止めて狭い車内に閉じ込められるよりもここで休んだ方がいいと判断した」
その口ぶりから窺うことが出来るのは、男性は仕方なくとは言え、自分の前で倒れた女をそのままにすることは良心が許さなかったということだ。
「それで?熱はなさそうだったが大丈夫か?」
そして、つくしの身体を気遣ってくれるその言葉は、駅前でのやり取りが嘘のように思えた。

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Comment:2
コメント
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司*****E様
わはは!良からぬ考えだけが頭の中を駆け巡る!
それはもうこんな状況に置かれたらそうなるでしょう(笑)
そしてブツブツ呟く女。
つくしは喋っているつもりはなくても漏れているようです。
そして最後につくしを気遣い優しい言葉をかけてくれる男。
さあ、このふたり。どうなるのでしょう(^^ゞ
コメント有難うございました^^
わはは!良からぬ考えだけが頭の中を駆け巡る!
それはもうこんな状況に置かれたらそうなるでしょう(笑)
そしてブツブツ呟く女。
つくしは喋っているつもりはなくても漏れているようです。
そして最後につくしを気遣い優しい言葉をかけてくれる男。
さあ、このふたり。どうなるのでしょう(^^ゞ
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.06.03 22:31 | 編集
