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2020
05.14

青の絶景 <中編> ~続・烈日~

Category: 烈日(完)
「彼女から絵画教室で親しくしている若いお嬢さんがいると訊いてはいましたが、あなたが山崎理香さんですか」

「はい。つくしさんとはお茶をご一緒したり、一緒に展覧会に行ったりしていました。旅行に行ったからとお土産をいただいたこともあります。ご自宅で咲いたバラの花をいただいたこともありました」

私の前に現れた男性の顏には、葬儀の日に目撃した険しさはなく優しさが感じられた。
それに年齢相応の皺があった。けれど、少年の頃から眉目秀麗と言われていた男性は今でもその言葉通りで、日曜ということもありスーツではなくラフな服装をしているが、紳士的で品がよく見えるのは男性が道明寺司だからだ。
そしてここは世田谷の大きなお邸。一体どれくらいの広さがあるのか。まったく見当がつかない広さの邸の主は黒革のソファに腰を下ろすと、「どうぞ」とコーヒーを勧めてくれた。

私は読んでもらえるかどうか分からなかったが男性に手紙を書いた。
それは、突然お手紙を差し上げる非礼をお許し下さい。この手紙はあなたを困らせるものではありません。進藤つくしさんが描いた絵が絵画教室に残されていました。本来ならその絵は遺族に渡されるものですが、多分受取りを拒否されると思います。
現在その絵は私の元にあります。これは私の勝手な想いですが、その絵は私の元にあるよりも、道明寺さんの元にある方がつくしさんも喜ぶのではないでしょうか___。

と、いった内容に私と彼女との関係を書き加えた。するとすぐに男性の秘書から連絡があった。そしてその絵を持参してもらえないかと言われ、迎えの車が差し向けられ男性の元へ絵を持って来たが、男性は私のことを知っていた。

それは男性が口にした通り彼女が私のことを話していたからだろう。
そうでなければ、この国の経済を支える産業を牽引するグループのトップに立つ男性に、こんなに簡単に会えるはずがない。
そうだ。まさかこんなにも早く会えるとは思いもしなかった。
何しろ男性に手紙を書いたはいいが、自宅の住所は分からなかった。
だから、会社宛に送ったが、手紙は秘書が事前に開封して目を通しているはずで、必要ないと思われる手紙は男性の目に触れることはなく処分される。だが私の手紙は処分されることなく男性の手に渡った。

そして私は日本で一番の権力を持つと言われる男性に、彼女とのこれまでのことを話したが、言葉が途切れたとき、葬儀の日。あなたのすぐ近くにいましたと言った。だが男性は申し訳ない。気付かなかったと謝った。
だがそれもそのはずだ。あの時の男性の視線は彼女の遺影にだけ向けられ、周りのことなど気に留めてはいなかったのだから。
けれど、そんな男性が甚く興味を示したのは、私が彼女からバラの花をもらった話だ。

「彼女はあなたに自宅で咲いたバラをあげると言って渡したんですね?」

「はい」

「色は何色だったか覚えていますか?」

「え?赤です。とても素敵な赤いバラです。それを大きな花束にして持ってきてくれたんです。まるで花屋で作ったような花束でした。だからつくしさん、バラの花を育てるのもラッピングも上手ですね?花屋が出来ますよ?と言ったんですが笑っていました」

私がそう答えると男性は小さく笑って言った。

「そうでしたか。恐らくだが彼女があなたに渡したバラは私が彼女に最後に会ったときプレゼントしたバラでしょう。なにしろ彼女が住んでいた家は数寄建築の家で日本庭園はあったがバラの木は1本も植えられてない。それに彼女はバラを育てたことはないはずだ」

そうだったのか。あの花は男性から彼女に贈られたものだったのか。
だから私は自分が何も知らなかったとはいえ、持ち帰ってしまったことを謝った。
それにしても、何故彼女は最愛の男性から貰った花束を私にくれたのか。
だが男性は納得した表情で言った。

「いや。あなたが謝る必要はない。彼女はあんな男でも夫がいる身だった。だから私からの花を自宅に持ち帰ることが躊躇われたんだろう。だが捨てることは出来ない。それであなたに差し上げることに決めたんでしょう」

名目だけの妻だった彼女には、やはり名目だけの夫がいた。
それも堂々と浮気を繰り返す夫が。それでも彼女は夫を気遣った。
だから彼女は男性から贈られたバラの花を自宅に飾ることはしなかった。

「昔ばなしだが」

男性はそう言って懐かしそうに話し始めた。

「私たちがまだ高校生だった頃、私は彼女に思いを伝えたくて彼女が暮らしていた狭いアパートにバラの花を大量に届けさせたことがあった。あの時「こんなに沢山のバラの花をどうするのよ!」と酷く怒られた。だが彼女は私の気持を理解してくれた。結局バラは1本だけ残して後は全て病院に寄付することにしたんだが、あれ以来バラの花を贈るとき気を付けていた。それは贈り過ぎないこと。だが長い間彼女と離れていたことからそのことを忘れていたようだ」

想いを形に表すことは出来ないとは言わないが難しい。
だが男性はそれを花で表すことにした。
あの時、私が彼女から受け取った赤いバラの花びらは肉厚でベルベットのような質感を持ち美しかった。
それに甘い匂いがしたが、あのバラは男性が彼女に贈ったものなら、あの匂いは男性の彼女に対する欲望の表れで、赤は再会した女性と再び愛を深めることを決めた男性の情熱の色だ。

「それに人妻の彼女に花を贈ってはいけないと気付けばよかったんだが、あの時は久し振りに彼女に会える嬉しさで冷静さを欠いてしまったようだ」

そう言った男性の顏が少し悲しげに歪んだ。
それは、謝る必要はないと言ったものの、彼女に贈られたはずのバラを私が持ち帰ったことで、自分の彼女に対する熱い思いを伝えきれなかったのではないかという思いがあるのだろう。
だが私は、あのとき彼女が花を1本だけ持ち帰ったことを覚えている。それを不思議に思ったが、男性の話を訊いて何故そうしたのかが分かった。
それは高校生の頃、男性から贈られた沢山のバラの花の中で1本だけ残したのと同じことをしたということ。
つまり彼女は、持ち帰った1本のバラに男性からの想いを見ていたはずだ。
だから私は彼女がバラを1本だけ持ち帰ったことを男性に話すことにした。そうだ。これは彼女のためにも話すべきことだ。
彼女は高校生だった頃のあなたがしたことを懐かしく思い、あの時と同じことをしたんです。だから、あなたの思いは伝わっていましたと。それにきっと彼女はあなたのどんな思いも知っていたと思いますと。

「あの、道明寺さん。あの時つくしさんは思い出したように、ごめんね。1本だけ抜いてもいい?と私に訊いたんです。私はもちろん構わないと言いました。だってそれはつくしさんが持って来たバラですから。あの時は何か不都合があったのかと思いましたが、理由は訊きませんでした。ただつくしさんは、もう一度ゴメンね。と言って花束の中から1本だけ抜いてそれを大事そうに持ち帰ったんです。それからつくしさんは私にどんなにあなたのことを愛しているか。その思いを話してくれました。短い間だったかもしれませんが、あなたとの時間はつくしさんにとってかけがえのないものだったはずです」

男性は私の言葉にゆっくりと目を閉じた。
そして開くと、「そうか。バラは1本だけ持ち帰ったのか」と言ったが、その表情はどこか嬉しそうだった。



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コメント
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dot 2020.05.14 07:36 | 編集
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dot 2020.05.14 10:50 | 編集
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dot 2020.05.14 11:47 | 編集
ふ*******マ様
おはようございます^^
つくしは司の隣に座って笑っている。
そうですねえ。きっとそのはずです。今生では結ばれなかったふたりですが、心はいつも一緒のはずですから。
短編の続編です。あと一話で終わりますのでお付き合い下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.14 22:38 | 編集
つ***ぼ様
本当に自分を愛してくれる人に最後に会えたことが、彼女の人生の救いだったことでしょう。
今生では結ばれることがなかったふたりですが、来世ではきっと...
そう願いましょう^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.14 22:44 | 編集
司*****E様
こんにちは^^
つくしとの思い出を語るふたりですが、最後に司は何を感じるのでしょう。
あと1話で終わりますが楽しんでいただければと思います^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.05.14 22:54 | 編集
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