「牧野。このシチュエーション懐かしいとは思わないか?」
「何が懐かしいなよ。こんなことしてアンタは記憶が後退しちゃったわけ?」
「記憶が後退?ああ。お前を思い出すことが出来たのは記憶が後退したからだ。だから記憶の後退には感謝しねえとな」
司はそう言って彼女のことを思い出した瞬間を振り返った。
執務室で書類にサインをしているとき突然頭の中に降って湧いた少女。
その瞬間、それまで抱えていた得体の知れないモヤモヤとしていた感情が消え、心の中に澄み切った風が吹いた。そして窓の外に見えるニューヨークの街並みに光りが差し、昨日までは見えなかった風景がそこに見えた。それは東の空に浮かんだ飛行機雲と、その雲のずっと先にいるであろう大人になった少女の姿だ。
「何が記憶の後退に感謝よ。今のアンタは記憶が後退しただけじゃなくてやることも後退してるわよ!市長の前でバカなことを言い出したかと思ったら今度は大統領の前でもあんなこと言って道明寺の副社長が高校生の頃に戻ってどうするのよ?
それにあたしの意思に反してこんなところに連れてくるなんてアンタは何がしたいのよ?」
つくしは男に抱きかかえられキスされると車に運ばれ、あっと言う間にどこかの屋敷に連れてこられ、暖炉のある豪華な内装の部屋にいたが、この状況は高校生の頃、学校帰りにこの男に拉致され道明寺邸に連れてこられた時と同じだ。
つまりつくしは誘拐されたということ。
すなわち、この状況は大統領と男の会話の中に出てきた男が罪を犯したということだ。
「何がしたいってそんなこと決まってるだろうが。俺はお前とゆっくり話したい。ただそれだけだ」
司の頭の中にあるのは揺蕩うことのない彼女への思いを伝えたいということ。
「話をするだけの理由ならこんなことする必要ないでしょ?それに帰りの飛行機の中でも話せるはずよ?」
あの時のつくしは、あたしはお金で買える女じゃないと言って邸を後にした。
だがここはキルギスで、つくしは外国人で、手元に自分の鞄がないこともだが、パスポートがなければこの国を出ることは出来ない。
だから男を前にして出来ることは……はっきり言って何もない。
「いや。理由はある。俺がお前をここに連れてきたのは、お前には人の話を訊こうって態度が見られねえからだ。冷静さに欠けている。だから_」
「よく言うわよ!あたしが冷静さに欠けてるって、アンタの方が余程_」
「牧野。その態度が冷静さに欠けてるってことだ。俺はまだ話している途中だ。ひとの話は最後まで訊け。それにお前は会った瞬間から俺の話を拒もうとした。それに俺の言葉をことごとく遮ろうとする。だからお前とじっくりと膝を交えて話をするためにここに連れてきた。だがお前の意思に反してここに連れてきたことは謝る」
司はそこまで言うと、「まあ座れ」と彼女に座るように勧め自分もソファに腰をおろした。
するとまるでその光景を見ていたかのように扉がノックされるとコーヒーが運ばれて来た。
だがつくしは座らなかった。
そんなつくしに対し、男は手を伸ばしてテーブルの上のカップを手に取り、ひと口飲むと「美味いぞ。牧野、お前も飲め」とコーヒーを勧めた。
つくしは躊躇った。
頭の中ではコーヒーなんて飲みたくない。断れという声がした。
だが「牧野、頼むから座ってくれ。座ってコーヒーを飲んでくれ」と言った男の口ぶりは、これまでとは違い男らしくない必死さが伝わった。
だから腰をおろすとカップを手に取った。
司は彼女がカップを口に運ぶのを見ていた。
視線を落として目を閉じた彼女がコーヒーを味わう間、口を開くことはなく、ただ彼女を見つめていた。そして彼女が目を開いたとき口を開いた。
「牧野。俺は市長の前でも大統領の前でも言ったが、お前のことが好きだ。
お前のことを忘れていた16年については悪かったと謝ることしか出来ない。
出来れば過去に戻って、何もかもやり直せたらと思う。だが起こったことを変えることは出来ねえ。けどお前のことを思い出してからは、すぐにお前に会いに行こうと思った。
俺の性格からして待つのは性分じゃない。俺は好きな女が振り向いてくれるのを待つような男じゃない。惚れた女をただぼんやりと眺めて満足する男でもない。それにその女の姿を想像して喜んでるような男じゃない。惚れた女は抱きしめたいしキスしたい。
だから一刻も早く、一分一秒でも早くお前に会いたくて仕事は全てキャンセルしてきた。お前のことを思い出したその瞬間から俺の心はお前が欲しいと言った。牧野。俺はお前のことが好きだ。その気持ちはあの頃と同じだ」
目を閉じていても感じられた強い視線。
つくしは自分がコーヒーを口に運んでいる間、男が自分をじっと見つめていることを感じていた。
それに男が口を開くまでに1分以上の時が流れたことも。
そんな男が口を開いたのは、つくしが目を開いたからだが、この男は世界を相手にビジネスをしてきた男だ。
だから相手の瞳に映る感情の動きを読み取ることで心の動きを知ることが出来る。
そんな男がつくしの目をじっと見つめて言った。
「それにしても牧野。お前は昔と変わってねえな」
司は笑って言った。
「な、何よ!何が昔と同じなのよ?どうせこう言いたいんでしょ?顏は童顔だし胸は小さいし、いつまでたっても幼児体型だってね!」
「あほう。俺はそんなことを言ってるんじゃない」
「じゃあ何よ?」
「お前が俺に向かってムキになって喋るところだ」
「え?」
「お前のその態度は初めて会った時から変わらねえ。俺はそんなお前を好きになった。今俺の前にいる牧野つくしは、あの時と同じ牧野つくしだ。それにお前の顏は可愛い。俺はお前の真っ直ぐなその瞳が俺を見つめる顏が好きだ」

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「何が懐かしいなよ。こんなことしてアンタは記憶が後退しちゃったわけ?」
「記憶が後退?ああ。お前を思い出すことが出来たのは記憶が後退したからだ。だから記憶の後退には感謝しねえとな」
司はそう言って彼女のことを思い出した瞬間を振り返った。
執務室で書類にサインをしているとき突然頭の中に降って湧いた少女。
その瞬間、それまで抱えていた得体の知れないモヤモヤとしていた感情が消え、心の中に澄み切った風が吹いた。そして窓の外に見えるニューヨークの街並みに光りが差し、昨日までは見えなかった風景がそこに見えた。それは東の空に浮かんだ飛行機雲と、その雲のずっと先にいるであろう大人になった少女の姿だ。
「何が記憶の後退に感謝よ。今のアンタは記憶が後退しただけじゃなくてやることも後退してるわよ!市長の前でバカなことを言い出したかと思ったら今度は大統領の前でもあんなこと言って道明寺の副社長が高校生の頃に戻ってどうするのよ?
それにあたしの意思に反してこんなところに連れてくるなんてアンタは何がしたいのよ?」
つくしは男に抱きかかえられキスされると車に運ばれ、あっと言う間にどこかの屋敷に連れてこられ、暖炉のある豪華な内装の部屋にいたが、この状況は高校生の頃、学校帰りにこの男に拉致され道明寺邸に連れてこられた時と同じだ。
つまりつくしは誘拐されたということ。
すなわち、この状況は大統領と男の会話の中に出てきた男が罪を犯したということだ。
「何がしたいってそんなこと決まってるだろうが。俺はお前とゆっくり話したい。ただそれだけだ」
司の頭の中にあるのは揺蕩うことのない彼女への思いを伝えたいということ。
「話をするだけの理由ならこんなことする必要ないでしょ?それに帰りの飛行機の中でも話せるはずよ?」
あの時のつくしは、あたしはお金で買える女じゃないと言って邸を後にした。
だがここはキルギスで、つくしは外国人で、手元に自分の鞄がないこともだが、パスポートがなければこの国を出ることは出来ない。
だから男を前にして出来ることは……はっきり言って何もない。
「いや。理由はある。俺がお前をここに連れてきたのは、お前には人の話を訊こうって態度が見られねえからだ。冷静さに欠けている。だから_」
「よく言うわよ!あたしが冷静さに欠けてるって、アンタの方が余程_」
「牧野。その態度が冷静さに欠けてるってことだ。俺はまだ話している途中だ。ひとの話は最後まで訊け。それにお前は会った瞬間から俺の話を拒もうとした。それに俺の言葉をことごとく遮ろうとする。だからお前とじっくりと膝を交えて話をするためにここに連れてきた。だがお前の意思に反してここに連れてきたことは謝る」
司はそこまで言うと、「まあ座れ」と彼女に座るように勧め自分もソファに腰をおろした。
するとまるでその光景を見ていたかのように扉がノックされるとコーヒーが運ばれて来た。
だがつくしは座らなかった。
そんなつくしに対し、男は手を伸ばしてテーブルの上のカップを手に取り、ひと口飲むと「美味いぞ。牧野、お前も飲め」とコーヒーを勧めた。
つくしは躊躇った。
頭の中ではコーヒーなんて飲みたくない。断れという声がした。
だが「牧野、頼むから座ってくれ。座ってコーヒーを飲んでくれ」と言った男の口ぶりは、これまでとは違い男らしくない必死さが伝わった。
だから腰をおろすとカップを手に取った。
司は彼女がカップを口に運ぶのを見ていた。
視線を落として目を閉じた彼女がコーヒーを味わう間、口を開くことはなく、ただ彼女を見つめていた。そして彼女が目を開いたとき口を開いた。
「牧野。俺は市長の前でも大統領の前でも言ったが、お前のことが好きだ。
お前のことを忘れていた16年については悪かったと謝ることしか出来ない。
出来れば過去に戻って、何もかもやり直せたらと思う。だが起こったことを変えることは出来ねえ。けどお前のことを思い出してからは、すぐにお前に会いに行こうと思った。
俺の性格からして待つのは性分じゃない。俺は好きな女が振り向いてくれるのを待つような男じゃない。惚れた女をただぼんやりと眺めて満足する男でもない。それにその女の姿を想像して喜んでるような男じゃない。惚れた女は抱きしめたいしキスしたい。
だから一刻も早く、一分一秒でも早くお前に会いたくて仕事は全てキャンセルしてきた。お前のことを思い出したその瞬間から俺の心はお前が欲しいと言った。牧野。俺はお前のことが好きだ。その気持ちはあの頃と同じだ」
目を閉じていても感じられた強い視線。
つくしは自分がコーヒーを口に運んでいる間、男が自分をじっと見つめていることを感じていた。
それに男が口を開くまでに1分以上の時が流れたことも。
そんな男が口を開いたのは、つくしが目を開いたからだが、この男は世界を相手にビジネスをしてきた男だ。
だから相手の瞳に映る感情の動きを読み取ることで心の動きを知ることが出来る。
そんな男がつくしの目をじっと見つめて言った。
「それにしても牧野。お前は昔と変わってねえな」
司は笑って言った。
「な、何よ!何が昔と同じなのよ?どうせこう言いたいんでしょ?顏は童顔だし胸は小さいし、いつまでたっても幼児体型だってね!」
「あほう。俺はそんなことを言ってるんじゃない」
「じゃあ何よ?」
「お前が俺に向かってムキになって喋るところだ」
「え?」
「お前のその態度は初めて会った時から変わらねえ。俺はそんなお前を好きになった。今俺の前にいる牧野つくしは、あの時と同じ牧野つくしだ。それにお前の顏は可愛い。俺はお前の真っ直ぐなその瞳が俺を見つめる顏が好きだ」

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
想いを伝える男。
それに怒る女。当たり前ですよねえ(笑)
高校生の頃のようにクスリを嗅がせての拉致とまではいきませんが、大統領に犯罪を黙認してくれと取引を持ち掛ける男ですからねえ(笑)
司。頑張ってつくしを落として下さい!
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
想いを伝える男。
それに怒る女。当たり前ですよねえ(笑)
高校生の頃のようにクスリを嗅がせての拉致とまではいきませんが、大統領に犯罪を黙認してくれと取引を持ち掛ける男ですからねえ(笑)
司。頑張ってつくしを落として下さい!
コメント有難うございました^^
アカシア
2020.03.06 22:58 | 編集

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