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2020
03.05

また、恋が始まる 13

ふたりの男性の声だけで会話が成り立つのは、通訳にとっては楽だと言えた。
だからつくしは拍子抜けをしたとまでは言わないが、手持ち無沙汰だった。
そして大統領には大統領の男性通訳がいて、膝の上に置かれたノートに何やら書いてはいるが大したことは書いていないだろう。

二人の男性が交わしている言葉の内容は、中央アジアの情勢から道明寺グループの事業展開について。ひとりの男は国が発展することを願い道明寺に投資を呼びかけ、呼びかけられた男は、この国の繁栄と発展を望んでいると答えたが、国のトップと企業のトップに立つ男たちは置かれた立場こそ違っても、どちらも明確な言葉で自分が何をすべきかを口にしていた。そして話題は多岐にわたっていた。

つくしは自分の右斜め前に座っている男の左側の顔を見ていた。
突然の再会から数日。こうして男をじっくりと見る時間はなかったが、通訳としての仕事がない今、こうして男を見つめていた。
癖のある髪は一流のヘアスタイリストによってカットされているのだろう。
あの頃とは違いビジネスマンらしく整えられていた。
だが出会った頃は、その髪型がまるで鳥の巣のようでおかしくて笑った。鳥が間違って卵を産んでもおかしくないと思った。
そしてその髪は濡れるとストレートになり乾くとまた元のような巻き髪に戻るが、その髪をストレートにしたことがあった。

だがその髪は数時間で元に戻り、そのことを嘆いていたが、それは生まれ持ったものを変えることは難しいということ。
だから大人になった男の性格は昔と変わっていない。あの頃、我儘で自分勝手だった少年は大人になった今でも自分勝手だ。
そうだ。自分勝手だから相手のことを考えずに行動する。
相手の気持ちを考えることなく自分の思いだけを一方的に伝えようとする。
だから、それを伝えられた相手がどんなに悩んで苦しんだかなど気づきもしなかった。

だがそれは普通ではない道明寺財閥の後継者という男が自分の周りにはいなかった平凡な人間が思うことなど分かるはずがないということ。
だからふたりの思いは何度もすれ違った。すれ違って、それから周りを巻き込んで気持ちが擦り切れそうになって雨の中で別れを告げたことがあった。
それは随分と昔の懐かしい話だが、そんなことを思い出しながら男の左側の顏を見ていたが、男が大統領の言葉に一瞬笑ったその表情は、つくしが知っている男の顏。
いつも不機嫌な顏をしていた男も、つくしが焼いたクッキーに大きな笑みを浮かべたあの時の顏は輝いて見えた。

そしてつくしは男が車の中で言った言葉を思い出していた。
『なんでまだひとりなんだ?もしかして俺のことを待ってたのか?』
その言葉に対してノーだと言った。
つくしはただひたすら男を待つ女じゃない。
だから男が言いかけた言葉を遮るように、『16年もあたしを忘れていた男にあたしがどうして結婚してないって訊く権利なんてない』と言ったが、自分のことを待っていたように言った男の言葉の先にあるのは恐らくこうだ。
『お前。まだ俺のことを愛しているんだろ?』
きっとそう言うつもりだったはずだ。

「冗談じゃないわよ……どれだけ自分勝手なのよ…..16年も待つだなんてあたしのことをウィスキーが何かと同じにしないでよ….」

つくしは呟いたが、右斜め前にいる男の顏が少しだけ左に動いたことから、男の耳がつくしの呟きに反応したのは間違いない。
だが振り返ってつくしを見ることはなかった。

やがて決められた時間が終わりを迎えようとしていた。
だからつくしは膝の上に広げられていたノートを書く言葉はないと閉じたが、そのとき男の口から出た言葉にギョッとした。

「大統領。実はこちらにいる通訳の牧野つくしと私はかつて付き合っていました。
しかし16年前ある事件に巻き込まれた私は彼女のことを忘れていました。
ですがある日突然彼女のことを思い出したのです。そして彼女がカザフスタンにいることを知った私は何もかも投げ出して彼女に会いに来ました。彼女に今でも彼女を愛していると丁寧に自分の気持ちを伝えました。しかしながら彼女は受け入れてくれませんでした。彼女は16年も自分のことを忘れていた男を許せなかったのです」

「ち、、、ちょっと!アンタ何言ってるのよ!」

つくしは焦った。
まさかこの場でもバカなことをするとは思いもしなかった。
だから立ち上がると慌てて男の言葉を遮ったが、男も立ち上がると左斜め後ろにいるつくしの方へ向いた。

「何って訊いた通りだ。俺のお前への思いを大統領に訊いてもらってるところだが悪いか?」

「悪いかって…..なんでこの国に大統領にあたしたちの恋愛……..違う….あたしたちの昔ばなしをしなきゃならないのよ?それに自分に都合のいいことばっかり言わないでよ!」

「自分の都合のいいこと?」

「そうよ!何が丁寧によ。アンタはあたしが不倫をしてると思ったじゃない!妻子ある男と付き合っても未来はないってあたしを非難したわよね?勝手に決めつけて勝手に責めたわよね?」

「牧野。それについては悪かったって謝ったはずだ」

「謝ったって….」

「何だよ?謝っただろうが!もうその話は終わったはずだ。蒸し返すな!しつこいぞ牧野!」

「よく言うわよ!しつこいのはアンタの方でしょう?あたしがアンタのことを避けても避けても追っかけてきて…..そのせいであたしがどんな目に遭ったか….」

まるでストーカーのようにつくしのことをつけ回した男がいた。
そしてどこへ逃げようと地獄の果てまで追いかけて行くと言ったことがあった。
だが結局追いかけてくることはなかった。いや。今はそんなことはどうでもいい。
それよりも今はこの男の発言を止めなければという思いでいるが、自分でも何を言っているのかという思いの方が強い。

「仕方ねえだろうが!俺はお前のことが好きになったんだ。だから好きな女を追っかけるのは当たり前だろうが!」

「当たり前って….」

「まあまあおふたりとも冷静になって下さい。それに道明寺副社長。ここで言い争っても解決にはなりませんよ?」

ふたりの間に割って入ったのは、この国の大統領。
ふたりの言い合いは日本語だったが、大統領の通訳がここぞとばかりに自分の仕事をしたことから会話の内容は大統領に筒抜けだった。

「おふたりとも少し冷静になってはいかがですか?もしよろしければお部屋をご用意しますが、そちらでおふたりだけでゆっくりとお話をされてはいかがですか?」

と言った大統領はふたりの顏を交互に見た。

「お申し出を感謝します。ですがこの女…..いえ。彼女は頑固な女性で人の話を訊こうという気がありません。ですが、ひとつお願いがあります。あなたはこの国の大統領です。閣下がこれから私のすることを不問に付して下さるなら、この国に投資をしましょう。いかがですか?」

「不問?」

「はい」

「ほう…..不問に付すことを望まれるということは、副社長は我が国で罪を犯そうとしているということですかな?」

「ええ。これから彼女の気持ちを取り戻すために罪を犯すつもりでいます。ですが閣下が許して下さるなら罪ではない」

そう言われたこの国の大統領は少し考えていたが、「なるほど。いいでしょう。道明寺グループが我が国に投資をして下さるなら、これから副社長がなさることに我が国は関知しません。好きなようになさって下さい」と言ってからひと呼吸おいて「それにしてもあなたのように女性にモテる方がそこまでするということは、余程彼女のことがお好きなんですな」と言って意味ありげに笑った。

司は、「ありがとうございます。では早速ですが失礼して始めさせていただきます」と言うと部屋の外に待機させていたボディガードを呼び、自分を見上げる女を抱き上げた。
そして「ちょっと!何するのよ!降ろしてよ!ちょっと道明寺!降ろしなさ….」と言って暴れ出した女を黙らせるためにキスをしたが、16年ぶりに味わった唇は甘かった。













司がこの国に投資することを条件に大統領が許したのは、キルギス語で「アラカチュー」と言う誘拐婚。
それは男が嫌がる女性を自宅に連れていき、一族総出で女性を説得して無理矢理結婚させるという習慣だが、女性は承諾するまで部屋に閉じ込められ説得され続けることになる。
だが今その習慣は女性の人権を無視していることから法律で禁止されてはいるが未だ行われていて、警察や裁判所は黙認しているところがある。
司は高橋からキルギスのその習慣を訊き、彼女をこの国に連れてくることに決めた。
そして大統領の承諾を得たことから、彼女を文字通り誘拐することにした。




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コメント
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dot 2020.03.05 05:16 | 編集
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dot 2020.03.05 06:03 | 編集
み**様
はじめまして^^
キルギスの誘拐婚。テレビで御覧になられたのですね?
世界には衝撃的な習慣がある。そのことを実感させられる誘拐婚。
司はそれを利用したようですが、ご安心下さい。
こちらは愛のあるお話になることは間違いありません(^^)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.06 22:28 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
大統領の前で愛を語る男。
そして投資を条件にこれから犯す罪を不問にしてくれという男。
この男。自分の力の使い方をよく分かっているようです(笑)
誘拐婚。駐在員の高橋はとんでもない習慣を教えたようですが、司はニヤリとしたことでしょう。
とにかく二人の時間を持つことが必要ですから、司には手に入れた時間で16年の溝を埋めていただきましょう。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2020.03.06 22:37 | 編集
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