司は牧野つくしと館内を巡りながら彼女の様子を見ていた。
そして気付いた。
徐々にだが司に対して向けられていた態度が変わって来たことを。
ニューヨークの観光スポットは、どこも人が多いが、この博物館も同じだ。
初めは少なかった来館者もいつの間にか国内外から来た大勢の観光客で溢れていた。
聞こえる言語は多言語だが、司はその中の言葉の幾つかを理解することが出来た。
それは母親が子供に教える海の生物についてといったところから、大人同士の会話の中身は展示物とは関係がない話もあった。
司は牧野つくしの隣に立ち、ひとつの標本を見ていた。
それはシーラカンスの胎仔の標本。
そこで牧野つくしに訊いた。
「シーラカンスは深海に棲む古代魚だが、サメと同じくらい深い海に暮らしてるんだろ?」
「そうよ。シーラカンスは深海に暮らしていてイカや魚を食べてるの。私はサメの研究者であまり詳しくはないけど、それでも同じ深海に棲む魚だから知ってるわ。でもシーラカンスは魚って言われてるけど退化した肺を持っているからクジラや人間と同じ哺乳類だったことがあると言われてるのよ?クジラの先祖は陸で暮らしていた恐竜って言われてるけど、シーラカンスも遠い昔は陸で暮らしていて脚があったんじゃないかって。もしくは陸に近い場所で暮らしていたと思われてるの。その証拠としてヒレの付け根には骨があって脚に似た動きをするからヒレは足が退化したものじゃないかとも言われてるの。そんなシーラカンスは生物の進化の謎を解く鍵を握っているって言われてるけど、どれくらいの個体数がいるのか不明だし謎の多い魚であることは間違いないの」
「なあ」
「え?」
「シーラカンスが陸で暮らしていたとしたら、どうして海に棲み処を変えた?」
司のその問いかけに、牧野つくしは隣に立つ男を見た。
そして、「さあ、それは私の専門分野じゃないから分からないけど_」と言って考える様子でいたが、司は牧野つくしが返す言葉を探している間に、自身が投げかけた問いに言葉を継いだ。
「シーラカンスが海に棲み処を変えたのは、辛いことがあったからじゃねぇのか?
生命の誕生は海だと言われているが水の中で暮らしていた魚は進化して陸上で暮らすようになった。だが海に戻った者もいた。その中のひとつがシーラカンスってことだが、シーラカンスが陸上で暮らすのを止め海で暮らすことを選んだのは辛かったからだ。あいつらは陸で暫く暮らしたが、誰かに傷付けられた。だから深い海に潜って静かに暮らすことを選んだ。それはお前が脚に傷を負って恋をすることに臆病になったのと同じだ」
司の知るシーラカンスについての知識は深海に暮らす古代魚だということだけ。
それは万人が知っていることだが、そんな魚を牧野つくしにたとえたのは、シーラカンスが海に戻った理由はなんなのかという意味のない話をするためではない。
そしてそれは、自分を否定する女がいることにプライドが傷ついているからではない。
司は心の裡を見せようとしない女の頑なさと、脚に傷を負い男に捨てられ凍結した心をいつまでも深い海に沈めている女の時間を変えたいと思ったからだ。
それにこの場所にいる牧野つくしは自分の言葉で喋り気取りがない。
だから司は、ここなら彼の言葉に耳を傾ける女の姿を見ることが出来ると思った。
「俺は嘘をついたことに対し謝った。それに自分の気持ちも言った。だがお前は俺のことは興味がないと言った。けど俺は、それは違うと思っている。お前のその態度は無関心を装っているだけだと思っている。いや。無関心を装うとしているだけだ。そうだろ?違うか?お前は今まで深海で暮らすシーラカンスのように心おきなく狭い岩場に隠れていた。だがな。静かな深海に暮らすことが幸福かと訊かれたら、あいつらの中には昔のように陸に戻ってみたいと思う奴もいるはずだ」
司は、三条桜子と交わした会話を思い出していた。
それは、『あなたは女性にとって男性には見られたくないものを見られた女性に対してどう言葉をかけるおつもりですか?』の言葉。
その時、司は言った。かける言葉はただひとつで決まっていて、いつかその言葉をかけるつもりだと。だからその言葉を口にすることにした。
「誰かに何かを言われたとしても、誰もがその言葉と同じことを言うとは限らないはずだ。
それに見えるものが全てじゃない。昔も今もそうだが俺の評価は俺の形と俺の周りにあるモノで評価をされる。だがそんなものはどうでもいい。それに俺の前にあるのは常に現在で過去はどうでもいい。だから牧野つくし。俺が言いたいのは傷が人生の全てを変えてしまうとは思えないってことだ。それに小さなかすり傷程度で好きな女と別れるような男なら別れて正解だ」

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そして気付いた。
徐々にだが司に対して向けられていた態度が変わって来たことを。
ニューヨークの観光スポットは、どこも人が多いが、この博物館も同じだ。
初めは少なかった来館者もいつの間にか国内外から来た大勢の観光客で溢れていた。
聞こえる言語は多言語だが、司はその中の言葉の幾つかを理解することが出来た。
それは母親が子供に教える海の生物についてといったところから、大人同士の会話の中身は展示物とは関係がない話もあった。
司は牧野つくしの隣に立ち、ひとつの標本を見ていた。
それはシーラカンスの胎仔の標本。
そこで牧野つくしに訊いた。
「シーラカンスは深海に棲む古代魚だが、サメと同じくらい深い海に暮らしてるんだろ?」
「そうよ。シーラカンスは深海に暮らしていてイカや魚を食べてるの。私はサメの研究者であまり詳しくはないけど、それでも同じ深海に棲む魚だから知ってるわ。でもシーラカンスは魚って言われてるけど退化した肺を持っているからクジラや人間と同じ哺乳類だったことがあると言われてるのよ?クジラの先祖は陸で暮らしていた恐竜って言われてるけど、シーラカンスも遠い昔は陸で暮らしていて脚があったんじゃないかって。もしくは陸に近い場所で暮らしていたと思われてるの。その証拠としてヒレの付け根には骨があって脚に似た動きをするからヒレは足が退化したものじゃないかとも言われてるの。そんなシーラカンスは生物の進化の謎を解く鍵を握っているって言われてるけど、どれくらいの個体数がいるのか不明だし謎の多い魚であることは間違いないの」
「なあ」
「え?」
「シーラカンスが陸で暮らしていたとしたら、どうして海に棲み処を変えた?」
司のその問いかけに、牧野つくしは隣に立つ男を見た。
そして、「さあ、それは私の専門分野じゃないから分からないけど_」と言って考える様子でいたが、司は牧野つくしが返す言葉を探している間に、自身が投げかけた問いに言葉を継いだ。
「シーラカンスが海に棲み処を変えたのは、辛いことがあったからじゃねぇのか?
生命の誕生は海だと言われているが水の中で暮らしていた魚は進化して陸上で暮らすようになった。だが海に戻った者もいた。その中のひとつがシーラカンスってことだが、シーラカンスが陸上で暮らすのを止め海で暮らすことを選んだのは辛かったからだ。あいつらは陸で暫く暮らしたが、誰かに傷付けられた。だから深い海に潜って静かに暮らすことを選んだ。それはお前が脚に傷を負って恋をすることに臆病になったのと同じだ」
司の知るシーラカンスについての知識は深海に暮らす古代魚だということだけ。
それは万人が知っていることだが、そんな魚を牧野つくしにたとえたのは、シーラカンスが海に戻った理由はなんなのかという意味のない話をするためではない。
そしてそれは、自分を否定する女がいることにプライドが傷ついているからではない。
司は心の裡を見せようとしない女の頑なさと、脚に傷を負い男に捨てられ凍結した心をいつまでも深い海に沈めている女の時間を変えたいと思ったからだ。
それにこの場所にいる牧野つくしは自分の言葉で喋り気取りがない。
だから司は、ここなら彼の言葉に耳を傾ける女の姿を見ることが出来ると思った。
「俺は嘘をついたことに対し謝った。それに自分の気持ちも言った。だがお前は俺のことは興味がないと言った。けど俺は、それは違うと思っている。お前のその態度は無関心を装っているだけだと思っている。いや。無関心を装うとしているだけだ。そうだろ?違うか?お前は今まで深海で暮らすシーラカンスのように心おきなく狭い岩場に隠れていた。だがな。静かな深海に暮らすことが幸福かと訊かれたら、あいつらの中には昔のように陸に戻ってみたいと思う奴もいるはずだ」
司は、三条桜子と交わした会話を思い出していた。
それは、『あなたは女性にとって男性には見られたくないものを見られた女性に対してどう言葉をかけるおつもりですか?』の言葉。
その時、司は言った。かける言葉はただひとつで決まっていて、いつかその言葉をかけるつもりだと。だからその言葉を口にすることにした。
「誰かに何かを言われたとしても、誰もがその言葉と同じことを言うとは限らないはずだ。
それに見えるものが全てじゃない。昔も今もそうだが俺の評価は俺の形と俺の周りにあるモノで評価をされる。だがそんなものはどうでもいい。それに俺の前にあるのは常に現在で過去はどうでもいい。だから牧野つくし。俺が言いたいのは傷が人生の全てを変えてしまうとは思えないってことだ。それに小さなかすり傷程度で好きな女と別れるような男なら別れて正解だ」

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ま**ん様
ほんの少しだけ柔らかくなったつくしに語りかける司。
そうなんです。司に嘘をつかれてはいましたが、電話だけの彼に好意を抱いていたことは確か。
会うつもりはなかった相手に会いたいと思ったのは好意があったから。
つくし。真摯に自分のことを話す司の今を見てあげてと言いたいんですが、何しろ彼女は頑なです(^^;)
つくし~司に落ちろ~(≧▽≦)
本当にねぇ(笑)
サメ司はシーラカンスが隠れる狭い岩の間に鼻先を突っ込んで出て来いと誘っているようですが、古代魚は臆病ですね?(笑)
コメント有難うございました^^
ほんの少しだけ柔らかくなったつくしに語りかける司。
そうなんです。司に嘘をつかれてはいましたが、電話だけの彼に好意を抱いていたことは確か。
会うつもりはなかった相手に会いたいと思ったのは好意があったから。
つくし。真摯に自分のことを話す司の今を見てあげてと言いたいんですが、何しろ彼女は頑なです(^^;)
つくし~司に落ちろ~(≧▽≦)
本当にねぇ(笑)
サメ司はシーラカンスが隠れる狭い岩の間に鼻先を突っ込んで出て来いと誘っているようですが、古代魚は臆病ですね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.05.18 22:40 | 編集

司*****E様
つくしをシーラカンスにたとえた男。
シーラカンスはひっそりと深海に暮らしていますが、そんなシーラカンスに臆病になるなと言うサメ司。
そして陸に上がって来いと言いますが、古代魚はずっと深海ですから、そう言われてもねぇ。
それに肺があったとしても息の仕方を忘れているかもしれません。
恋に対して臆病な女に惚れた男は、真摯な態度で接していますが、彼の言葉はつくしの心にどう伝わったのでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
つくしをシーラカンスにたとえた男。
シーラカンスはひっそりと深海に暮らしていますが、そんなシーラカンスに臆病になるなと言うサメ司。
そして陸に上がって来いと言いますが、古代魚はずっと深海ですから、そう言われてもねぇ。
それに肺があったとしても息の仕方を忘れているかもしれません。
恋に対して臆病な女に惚れた男は、真摯な態度で接していますが、彼の言葉はつくしの心にどう伝わったのでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.05.18 22:54 | 編集
