前を走るタクシーは運転手の言った通り魚津に入ったが、魚津市は富山県東部に位置し富山湾に面した街で蜃気楼の見える街として有名だった。
タクシーは海岸近くで停車すると男性を降ろした。だから僕も、「ここで止めて下さい」と言って支払いを済ませたが、その時「蜃気楼。見えるといいですね?」と運転手が言った。
天気は良かった。風も弱く気温も高くなってきた。
蜃気楼が見える条件は様々なことが要因だと言われるが、すっきりとした青空が広がる海は蜃気楼が見えるかもしれない。僕はそんな思いと共にタクシーを降りると、先にタクシーを降りた男性の姿を探した。するとその男性は防波堤の傍にいて海を眺めていた。
だからさり気なく男性の近くに行き、少し距離を置き隣に並んだ。
そしてそこにいる誰もがするように海を見つめた。
「ミラージュか」
誰ともなしに男性の口から出た言葉の意味は蜃気楼。
そして、「君も蜃気楼を見に来たのか?」と、男性は言ったが、その言葉は明らかに僕に向けられていた。何故なら継がれた話の内容は僕のことだからだ。
「どうした?違うのか?ここにいる人間は皆蜃気楼目当てだ。だが君は蜃気楼より私に用がある。そうだろ?君は羽田空港にいた。それから同じ機内もいた。そして同じホテルのラウンジでコーヒーを飲みながら私のことを気にしていた。私がタクシーに乗ると同じようにタクシーに乗り後を付けてきた。そして私がここで降りると君も降りた。偶然にしてはあまりにも出来すぎだ。君は探偵か?だが探偵だとすれば新米探偵か?下っ端か?そんな尾行じゃ相手にまるわかりだ」
矢継ぎ早に言われ気圧された僕は、「違います。僕は探偵ではありません」と即答したが、男性が信用していないのは明らかだった。だから「それに探偵ならもっと探偵らしい格好をしているはずです」と言葉を継いだ。すると男性はジーンズ姿の僕を見ながら、「それなら君は何者だ?身分は何だ?」と言った。
だから「僕の肩書は大学生です。あ、いえ。今は卒業したので無職です。でも4月から社会人です。会社員になる予定です」と答えた。
すると男性はその答えに、「社会人1年生か」と言い視線を海に戻した。
間を置かずの会話は、そこで途切れた。
それから僕はその男性の隣で同じように海を眺めていたが、暫くして口を開いた男性は、「いい天気だな」と言って微笑んだ。
それから「君は探偵じゃないと言った。それなら君は何をしにここに来た?4月から社会人になる君はどういった理由でここにいる?」と言った。
だから僕は大学を卒業し働き始める前に旅がしたかったからと言った。
そして富山湾の春の風物詩と言われる蜃気楼が見たいと思いここに来たと話した。
すると、「学生生活の最後。自由になる時間を過ごす場所としてここを選んだという訳か?」と言われるとそうだと答えたが、本当は新たな人生のスタートラインに立つ自分が、どこか落ち着かない気持ちでいることは話さなかった。それは僕の話が嘘か本当かなど男性に分かるはずがないと思っていたからだが、男性は僕より少しだけ高い背丈から見下ろしながら言った。
「それで。本当は何を求めてここに来たんだね?人は何か考え事があると海を見たくなると言う。海を見てその向うにある何かを感じたいと思う。もしかするとこの海の向こうには自分が求めている何かがあるのではないかと考える。自分の力ではどうすることも出来ない自然に向かい合うことで心にあるものを納得させようとする。波が全てを運び去り海を浄化しようとするように君も何かを浄化させようとしているんじゃないのか。それに君は一人旅なんだろ?それなら何か考えることがあったからここに来た。そうじゃないのか?」
男性の言葉はまるで僕の心の中を読んだように思えた。
そして、「女にフラれたか?それでここに来たんじゃないのか?」と言ったが、「恋人はいません」と答えると笑った。
「そうか。恋人がいないのか。それならフラれる心配はないな。それにしても君の年で恋人がいないとは残念だな。私が君の頃には付き合っている人がいた。だがその人とは遠距離恋愛だった。私は海外で彼女は日本。眠りを知らない街での生活は大変だった」と言った。
そして男性は海に視線を向けると暫く黙っていた。そしてふいに「いなくなったんだよ」と言ったが、何の話をしているのか直ぐには分からなかった。だがその男性が言いたかったのは、僕の年齢の頃に付き合っていた女性の話だと気付いた。
「いなくなったんだよ。私の前から。ある日突然だ。久し振りに日本に帰国して彼女が住んでいるアパートを訪ねたがいなかった。それっきりだ。彼女は私の前から姿を消したんだよ」

にほんブログ村
タクシーは海岸近くで停車すると男性を降ろした。だから僕も、「ここで止めて下さい」と言って支払いを済ませたが、その時「蜃気楼。見えるといいですね?」と運転手が言った。
天気は良かった。風も弱く気温も高くなってきた。
蜃気楼が見える条件は様々なことが要因だと言われるが、すっきりとした青空が広がる海は蜃気楼が見えるかもしれない。僕はそんな思いと共にタクシーを降りると、先にタクシーを降りた男性の姿を探した。するとその男性は防波堤の傍にいて海を眺めていた。
だからさり気なく男性の近くに行き、少し距離を置き隣に並んだ。
そしてそこにいる誰もがするように海を見つめた。
「ミラージュか」
誰ともなしに男性の口から出た言葉の意味は蜃気楼。
そして、「君も蜃気楼を見に来たのか?」と、男性は言ったが、その言葉は明らかに僕に向けられていた。何故なら継がれた話の内容は僕のことだからだ。
「どうした?違うのか?ここにいる人間は皆蜃気楼目当てだ。だが君は蜃気楼より私に用がある。そうだろ?君は羽田空港にいた。それから同じ機内もいた。そして同じホテルのラウンジでコーヒーを飲みながら私のことを気にしていた。私がタクシーに乗ると同じようにタクシーに乗り後を付けてきた。そして私がここで降りると君も降りた。偶然にしてはあまりにも出来すぎだ。君は探偵か?だが探偵だとすれば新米探偵か?下っ端か?そんな尾行じゃ相手にまるわかりだ」
矢継ぎ早に言われ気圧された僕は、「違います。僕は探偵ではありません」と即答したが、男性が信用していないのは明らかだった。だから「それに探偵ならもっと探偵らしい格好をしているはずです」と言葉を継いだ。すると男性はジーンズ姿の僕を見ながら、「それなら君は何者だ?身分は何だ?」と言った。
だから「僕の肩書は大学生です。あ、いえ。今は卒業したので無職です。でも4月から社会人です。会社員になる予定です」と答えた。
すると男性はその答えに、「社会人1年生か」と言い視線を海に戻した。
間を置かずの会話は、そこで途切れた。
それから僕はその男性の隣で同じように海を眺めていたが、暫くして口を開いた男性は、「いい天気だな」と言って微笑んだ。
それから「君は探偵じゃないと言った。それなら君は何をしにここに来た?4月から社会人になる君はどういった理由でここにいる?」と言った。
だから僕は大学を卒業し働き始める前に旅がしたかったからと言った。
そして富山湾の春の風物詩と言われる蜃気楼が見たいと思いここに来たと話した。
すると、「学生生活の最後。自由になる時間を過ごす場所としてここを選んだという訳か?」と言われるとそうだと答えたが、本当は新たな人生のスタートラインに立つ自分が、どこか落ち着かない気持ちでいることは話さなかった。それは僕の話が嘘か本当かなど男性に分かるはずがないと思っていたからだが、男性は僕より少しだけ高い背丈から見下ろしながら言った。
「それで。本当は何を求めてここに来たんだね?人は何か考え事があると海を見たくなると言う。海を見てその向うにある何かを感じたいと思う。もしかするとこの海の向こうには自分が求めている何かがあるのではないかと考える。自分の力ではどうすることも出来ない自然に向かい合うことで心にあるものを納得させようとする。波が全てを運び去り海を浄化しようとするように君も何かを浄化させようとしているんじゃないのか。それに君は一人旅なんだろ?それなら何か考えることがあったからここに来た。そうじゃないのか?」
男性の言葉はまるで僕の心の中を読んだように思えた。
そして、「女にフラれたか?それでここに来たんじゃないのか?」と言ったが、「恋人はいません」と答えると笑った。
「そうか。恋人がいないのか。それならフラれる心配はないな。それにしても君の年で恋人がいないとは残念だな。私が君の頃には付き合っている人がいた。だがその人とは遠距離恋愛だった。私は海外で彼女は日本。眠りを知らない街での生活は大変だった」と言った。
そして男性は海に視線を向けると暫く黙っていた。そしてふいに「いなくなったんだよ」と言ったが、何の話をしているのか直ぐには分からなかった。だがその男性が言いたかったのは、僕の年齢の頃に付き合っていた女性の話だと気付いた。
「いなくなったんだよ。私の前から。ある日突然だ。久し振りに日本に帰国して彼女が住んでいるアパートを訪ねたがいなかった。それっきりだ。彼女は私の前から姿を消したんだよ」

にほんブログ村
スポンサーサイト
Comment:2
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

司*****E様
多くを語れないのが短編です。
そして深読みするお話ではありません。
結末はすぐそこです^^
コメント有難うございました。
多くを語れないのが短編です。
そして深読みするお話ではありません。
結末はすぐそこです^^
コメント有難うございました。
アカシア
2019.04.28 23:14 | 編集
