結局昨日の夜はブローチを返すことが出来なかった。
化粧室から戻ると覚悟を決めテーブルに着いたが、コーヒーを飲みデザートに出されたアイスクリームを掬いながらの会話は、言い過ぎたと慎みを覚えたとは思えないが、足の傷については、あれ以上何も言わなかった。
だが何か言われるのではないかという気持ちはあった。
だから食事を終えホテルまで戻る途中で何か言われるのではないかと構えていたが、男は大人しくつくしを部屋まで送り届けると、「ゆっくり休め」とだけ言って直ぐに背を向けた。
その時、張りつめていた神経が緩みホッとした気持ちになった。
そして、返すつもりで持ち出したブローチが鞄の中に入れられたままになっていることに気付いた。
だから、あれほど強い決意をもって返そうとしたブローチは今朝になってもまだつくしの手元にあった。
つくしは自分に言い聞かせた。
道明寺司という男は長い間恋愛という感情から遠ざかっていた自分にとって脅威だ。
あの男の言葉と行動には気を付けなければ、道明寺司という大波に呑み込まれてしまう。
そして、つくしの感情の隙を突いて来る男は大胆で危険な男だ。
現にこのアメリカの旅を考えてみれば、大きな波となってつくしをアメリカ東海岸のこの地まで連れ去ったようなものだ。それに権力があり様々な方面に力のある男は、つくしを好きなように弄ぶことが出来る。
そんな男を相手に闘って勝てるのか。だが自分は何と闘おうとしているのか。
そう思った瞬間ドアチャイムが鳴る音がした。
つくしは資料を詰めたブリーフケースを持ちドアへと向かったが、予定の時刻より早くウッズホールへ行く迎えの車の運転手が呼びに来たのだと思った。
それは、車は好きなように使えばいいと道明寺司が言った通り、海洋生物学の研究所があるウッズホールとホテルとの送迎をしてくれるということだが、ドアを開けたそこにいたのは運転手ではなかった。
「お忙しい道明寺副社長がウッズホールにご用があるとは知りませんでした」
司は開かれたドアの向こうから現れた女が、既に出掛ける準備を終えていることを知ると笑みを浮かべた。
それは女という生き物は大概約束の時間を守らないと決まっているからだ。
だがそれはかつて付き合った女たちを基準としていて、こうして早い時間に尋ねた牧野つくしについては当てはまらなかった。
そんな女にウッズホールに一緒に行くと伝えると眉間に皺が寄った。
そしてどうしてですかと理由を尋ねられ、「迷惑か?」と言った。
すると、「迷惑です」ときっぱりとした声で返された。
だが車の持ち主である司が行くということに断ることは出来なかった。
二人は後部座席に並んで座り、司はのんびりとした姿勢でくつろいでいたが、牧野つくしは鞄の中から取り出した箱を司に突き付けた。
「これ。昨日お返しする予定でしたけどお返しするのを忘れていました」
女は司がドアの外に立っているのを見つけると、すぐに部屋の中に取って返ったが、それはブローチの箱を取りに戻っていたということ。そして司に箱を突き付けたまま、受け取ろうとしない男を睨んだ。
「早く受け取って下さい」
「それはお前に贈ったものだ。所有権はお前にある。だから俺は受け取るつもりはない」
「それなら私はその所有権を放棄します。所有権は元の持ち主に戻りました」
と言った女は、自分と司の間にその箱を置いた。
司はその箱を見つめると手に取った。
「そうか。気に入らなかったか。残念だ」
その声を耳だけで訊いていたつくしは、男の方から風が流れて来るのを感じた。
だから顔をそちらに向けた。すると開けられた窓から男が箱を投げ捨てようとしている所を見た。
「ちょっと!何するんですか!」
「何ってお前が気に入らないならこの箱の中身に用はない。だから捨てるんだ」
「捨てるのは構いません。でも走っている車から物を捨てて後ろの車に当たって事故を起こしたらどうするつもりですか?フロントガラスに当たってドライバーがハンドル操作を誤って事故を起こしたらどう責任を取るつもりですか?それにアメリカではどうか知りませんが日本では車の窓から物を捨てることは道路交通法違反になりますから」
そこまで言った女は、短く息を継いでプイっと前を向いて呟いた。
「まったくお金持ちは常識に欠けたところがあるって訊いたけど、窓から物を捨てることの善悪がつかないってどうかしてるわよ」
司は、その言葉に笑った。
そして、牧野つくしがブローチ惜しさに何とか理由を付けて投げ捨てるのを止めさせたとは思ってない。
「それで?私と一緒にウッズホールに行く理由は何ですか?」
牧野つくしは努めたという落ち着いた声で司に訊いた。
「ああ。仕事は昨日で終わった。だから少し休暇を取ろうと思ってな。丁度俺の傍にはサメの研究者がいて、向かう場所が世界的な海洋生物学の研究所だ。教養を深めるには悪くないと思ってな」
司は牧野つくしにそう言って笑みを浮かべた。

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化粧室から戻ると覚悟を決めテーブルに着いたが、コーヒーを飲みデザートに出されたアイスクリームを掬いながらの会話は、言い過ぎたと慎みを覚えたとは思えないが、足の傷については、あれ以上何も言わなかった。
だが何か言われるのではないかという気持ちはあった。
だから食事を終えホテルまで戻る途中で何か言われるのではないかと構えていたが、男は大人しくつくしを部屋まで送り届けると、「ゆっくり休め」とだけ言って直ぐに背を向けた。
その時、張りつめていた神経が緩みホッとした気持ちになった。
そして、返すつもりで持ち出したブローチが鞄の中に入れられたままになっていることに気付いた。
だから、あれほど強い決意をもって返そうとしたブローチは今朝になってもまだつくしの手元にあった。
つくしは自分に言い聞かせた。
道明寺司という男は長い間恋愛という感情から遠ざかっていた自分にとって脅威だ。
あの男の言葉と行動には気を付けなければ、道明寺司という大波に呑み込まれてしまう。
そして、つくしの感情の隙を突いて来る男は大胆で危険な男だ。
現にこのアメリカの旅を考えてみれば、大きな波となってつくしをアメリカ東海岸のこの地まで連れ去ったようなものだ。それに権力があり様々な方面に力のある男は、つくしを好きなように弄ぶことが出来る。
そんな男を相手に闘って勝てるのか。だが自分は何と闘おうとしているのか。
そう思った瞬間ドアチャイムが鳴る音がした。
つくしは資料を詰めたブリーフケースを持ちドアへと向かったが、予定の時刻より早くウッズホールへ行く迎えの車の運転手が呼びに来たのだと思った。
それは、車は好きなように使えばいいと道明寺司が言った通り、海洋生物学の研究所があるウッズホールとホテルとの送迎をしてくれるということだが、ドアを開けたそこにいたのは運転手ではなかった。
「お忙しい道明寺副社長がウッズホールにご用があるとは知りませんでした」
司は開かれたドアの向こうから現れた女が、既に出掛ける準備を終えていることを知ると笑みを浮かべた。
それは女という生き物は大概約束の時間を守らないと決まっているからだ。
だがそれはかつて付き合った女たちを基準としていて、こうして早い時間に尋ねた牧野つくしについては当てはまらなかった。
そんな女にウッズホールに一緒に行くと伝えると眉間に皺が寄った。
そしてどうしてですかと理由を尋ねられ、「迷惑か?」と言った。
すると、「迷惑です」ときっぱりとした声で返された。
だが車の持ち主である司が行くということに断ることは出来なかった。
二人は後部座席に並んで座り、司はのんびりとした姿勢でくつろいでいたが、牧野つくしは鞄の中から取り出した箱を司に突き付けた。
「これ。昨日お返しする予定でしたけどお返しするのを忘れていました」
女は司がドアの外に立っているのを見つけると、すぐに部屋の中に取って返ったが、それはブローチの箱を取りに戻っていたということ。そして司に箱を突き付けたまま、受け取ろうとしない男を睨んだ。
「早く受け取って下さい」
「それはお前に贈ったものだ。所有権はお前にある。だから俺は受け取るつもりはない」
「それなら私はその所有権を放棄します。所有権は元の持ち主に戻りました」
と言った女は、自分と司の間にその箱を置いた。
司はその箱を見つめると手に取った。
「そうか。気に入らなかったか。残念だ」
その声を耳だけで訊いていたつくしは、男の方から風が流れて来るのを感じた。
だから顔をそちらに向けた。すると開けられた窓から男が箱を投げ捨てようとしている所を見た。
「ちょっと!何するんですか!」
「何ってお前が気に入らないならこの箱の中身に用はない。だから捨てるんだ」
「捨てるのは構いません。でも走っている車から物を捨てて後ろの車に当たって事故を起こしたらどうするつもりですか?フロントガラスに当たってドライバーがハンドル操作を誤って事故を起こしたらどう責任を取るつもりですか?それにアメリカではどうか知りませんが日本では車の窓から物を捨てることは道路交通法違反になりますから」
そこまで言った女は、短く息を継いでプイっと前を向いて呟いた。
「まったくお金持ちは常識に欠けたところがあるって訊いたけど、窓から物を捨てることの善悪がつかないってどうかしてるわよ」
司は、その言葉に笑った。
そして、牧野つくしがブローチ惜しさに何とか理由を付けて投げ捨てるのを止めさせたとは思ってない。
「それで?私と一緒にウッズホールに行く理由は何ですか?」
牧野つくしは努めたという落ち着いた声で司に訊いた。
「ああ。仕事は昨日で終わった。だから少し休暇を取ろうと思ってな。丁度俺の傍にはサメの研究者がいて、向かう場所が世界的な海洋生物学の研究所だ。教養を深めるには悪くないと思ってな」
司は牧野つくしにそう言って笑みを浮かべた。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
つくしは司といると疲れる!(笑)
確かに疲れてますね。それも緊張とはまた別の感覚で疲れているはずです。
今夜の食事さえ終われば帰国まで顔を合わせることはないと思っていたらドアの外にいたのは司。
つくしは道明寺司という大波に呑み込まれるのでしょうか?
そして気付けば沖に流され...。
司の恋の駆け引きは始まっているのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
つくしは司といると疲れる!(笑)
確かに疲れてますね。それも緊張とはまた別の感覚で疲れているはずです。
今夜の食事さえ終われば帰国まで顔を合わせることはないと思っていたらドアの外にいたのは司。
つくしは道明寺司という大波に呑み込まれるのでしょうか?
そして気付けば沖に流され...。
司の恋の駆け引きは始まっているのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.04.25 22:47 | 編集
