食事を楽しむことを決めたが、相手はつくしのことを好きだと公言した男だ。
そんな男を前に食事を楽しむためには、ただひたすら料理のことだけを話せばいい。
だが会話を弾ませる必要なない。ただ言えるのは棘のある言葉を発しないこと。
そうすれば必要以上に個人的なことを口走ることはなく、礼儀正しく食事が出来るはずだ。
だからつくしは務めて料理に関してだけ話をした。
ロブスターはぷりぷりとした歯ごたえがあって絶品だとか、リゾットはお米の炊き加減が丁度いいとか、グリル野菜のホワイトアスパラガスは甘いとか、クラムチャウダーは、しっかりとアサリの旨味が感じられ美味しかったと言ったが、ニューヨークのクラムチャウダーは赤いと訊かされた。
赤いクラムチャウダー?と言われ思い浮かんだのはミネストローネだが、ミネストローネはイタリアの野菜スープでありクラムが意味するアサリやハマグリといった貝は入らない。
けれどニューヨークはイタリア系住民が多いことからトマトソースが使われるようになったのではないかと想像することが出来た。そんなトマトスープに鶏肉やベーコンが入っていて、それがマンハッタン風だと言われた。
「道明寺副社長は、どちらがお好きですか?」
それは会話の流れからして訊いたに過ぎず、目の前の男がどちらのチャウダーを好きだろうと関係なかったが、料理のこと以外の話をしないために必要な会話だった。
つくしはウッズホールを訪問するためボストンには来たことがあったが、ニューヨークを訪れたことはなかった。
だから教授の副島からボストンもいいがニューヨークのアメリカンミュージアムも行く価値があると言われその気になりもしたが、ボストンからニューヨークまで飛行機で1時間半はかかる。つまり行って戻って来る時間を考えた時、近場のハーバード大学の博物館へ行くことに決めた。
「そうだな。特にこだわりがあるって訳じゃないが、ニューヨークにいればマンハッタン風を口にすることが多い。それにニューヨークで暮らしていた頃、通いの料理人がよく作ったのはマンハッタン風だ。だから食べ慣れていると言えばそっちだが、俺は牛乳をベースにしたボストンスタイルの方が好きだ」
そう言って男は、つくしが量の多さから注文することを躊躇っていたロブスターと魚介の鍋というトマトスープで仕上げた料理を口に運んでいるが、それはつまりひとつの料理をシェアして食べているということ。
そしてその様子は特段気取ったこともなく、周りにいるアメリカ人と同じように食事をしていた。
それにしても、ロブスターのさばき方は慣れていると思ったが、ここで改めて思うのは、仕事にしても女性の扱い方にしても同じように手慣れているのだろうということ。
だがそれは年齢からして当たり前のことだと思える。それに道明寺司のように社会経験が豊か過ぎる男は場数を踏んでいるから当然だ。
そして、こうした食事の場面での流れるような仕草は生まれ持っての品を感じさせた。
つくしは男性のことをここまで真剣に観察したことはない。
それは、付き合っている男性がいないこともあるが、過去の経験から男性を受け入れることが出来なかったからだ。だが電話の男性に対しては、その人はどこか違うと思えた。
そしてその男性は、今こうして一緒に食事をしている道明寺司だが、杉村と名乗り電話で語られていたことは嘘であり、その動機は、つくしを自分の女性に対しての価値観を認識するためだった。
だがそんな男は、自分の嘘を侘び好きだと自分の気持ちを伝えてきた。
そして諦めないから、そのつもりでいてくれと言った。
つまり、つくしは諦めない男を相手に自分の意志を通さなければならなかった。
「どうした?」
「え?」
「ムール貝に何かあったか?」
そう言われたつくしは皿のムール貝に目を落とした。
だがムール貝には何もない。
いや。あるはずがない。ムール貝の黒い殻からはオレンジ色の身がのぞいていて、美味しそうだということを別にすれば何もなかった。
「べ、別に何も」
「それなら食え。良く喋ると思ったら急に無口になる。それも料理について必死に喋ろうとしているが、そんなに俺と話すのが嫌か?」
見透かされていた。
だが考えてみれば相手は人の心を読むことが得意な男だ。
そしてつくしは、男の方から俺と話すことが嫌かと言ったのだから、今なら言いたいことが言えると思った。
それは、あなたと付き合うつもりはないということ。
「あの道明寺副社長。私はあなたと__」
「いや。答える必要はない。俺が嘘をついたことが許せない。そんな男を好きになれないと言いたいんだろ?だがな。お前が許せないと言ってるのは本当に俺か?牧野つくしという人間は、否を認めた人間をいつまでも恨んだり憎んだりする女じゃない。そうだろ?何しろ川上真理子のことをどうしたいと訊いたとき、お前は法の裁きに任せると言った。
そんなお前が俺に対してだけいつまでも頑なな態度を取る理由は俺が許せないからじゃない。それに俺は少なくとも嘘をついていたことをお前に詫びた。殴られても蹴られてもいいと言った。お前が許せないのは、傷跡っていう殻を脱することが出来ない自分じゃないのか?お前は自分で自分の心に足枷を作ってそこから抜け出せないだけだ。それに俺は言ったはずだ。俺はお前の傷跡なんぞ気にしてねぇってな」

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そんな男を前に食事を楽しむためには、ただひたすら料理のことだけを話せばいい。
だが会話を弾ませる必要なない。ただ言えるのは棘のある言葉を発しないこと。
そうすれば必要以上に個人的なことを口走ることはなく、礼儀正しく食事が出来るはずだ。
だからつくしは務めて料理に関してだけ話をした。
ロブスターはぷりぷりとした歯ごたえがあって絶品だとか、リゾットはお米の炊き加減が丁度いいとか、グリル野菜のホワイトアスパラガスは甘いとか、クラムチャウダーは、しっかりとアサリの旨味が感じられ美味しかったと言ったが、ニューヨークのクラムチャウダーは赤いと訊かされた。
赤いクラムチャウダー?と言われ思い浮かんだのはミネストローネだが、ミネストローネはイタリアの野菜スープでありクラムが意味するアサリやハマグリといった貝は入らない。
けれどニューヨークはイタリア系住民が多いことからトマトソースが使われるようになったのではないかと想像することが出来た。そんなトマトスープに鶏肉やベーコンが入っていて、それがマンハッタン風だと言われた。
「道明寺副社長は、どちらがお好きですか?」
それは会話の流れからして訊いたに過ぎず、目の前の男がどちらのチャウダーを好きだろうと関係なかったが、料理のこと以外の話をしないために必要な会話だった。
つくしはウッズホールを訪問するためボストンには来たことがあったが、ニューヨークを訪れたことはなかった。
だから教授の副島からボストンもいいがニューヨークのアメリカンミュージアムも行く価値があると言われその気になりもしたが、ボストンからニューヨークまで飛行機で1時間半はかかる。つまり行って戻って来る時間を考えた時、近場のハーバード大学の博物館へ行くことに決めた。
「そうだな。特にこだわりがあるって訳じゃないが、ニューヨークにいればマンハッタン風を口にすることが多い。それにニューヨークで暮らしていた頃、通いの料理人がよく作ったのはマンハッタン風だ。だから食べ慣れていると言えばそっちだが、俺は牛乳をベースにしたボストンスタイルの方が好きだ」
そう言って男は、つくしが量の多さから注文することを躊躇っていたロブスターと魚介の鍋というトマトスープで仕上げた料理を口に運んでいるが、それはつまりひとつの料理をシェアして食べているということ。
そしてその様子は特段気取ったこともなく、周りにいるアメリカ人と同じように食事をしていた。
それにしても、ロブスターのさばき方は慣れていると思ったが、ここで改めて思うのは、仕事にしても女性の扱い方にしても同じように手慣れているのだろうということ。
だがそれは年齢からして当たり前のことだと思える。それに道明寺司のように社会経験が豊か過ぎる男は場数を踏んでいるから当然だ。
そして、こうした食事の場面での流れるような仕草は生まれ持っての品を感じさせた。
つくしは男性のことをここまで真剣に観察したことはない。
それは、付き合っている男性がいないこともあるが、過去の経験から男性を受け入れることが出来なかったからだ。だが電話の男性に対しては、その人はどこか違うと思えた。
そしてその男性は、今こうして一緒に食事をしている道明寺司だが、杉村と名乗り電話で語られていたことは嘘であり、その動機は、つくしを自分の女性に対しての価値観を認識するためだった。
だがそんな男は、自分の嘘を侘び好きだと自分の気持ちを伝えてきた。
そして諦めないから、そのつもりでいてくれと言った。
つまり、つくしは諦めない男を相手に自分の意志を通さなければならなかった。
「どうした?」
「え?」
「ムール貝に何かあったか?」
そう言われたつくしは皿のムール貝に目を落とした。
だがムール貝には何もない。
いや。あるはずがない。ムール貝の黒い殻からはオレンジ色の身がのぞいていて、美味しそうだということを別にすれば何もなかった。
「べ、別に何も」
「それなら食え。良く喋ると思ったら急に無口になる。それも料理について必死に喋ろうとしているが、そんなに俺と話すのが嫌か?」
見透かされていた。
だが考えてみれば相手は人の心を読むことが得意な男だ。
そしてつくしは、男の方から俺と話すことが嫌かと言ったのだから、今なら言いたいことが言えると思った。
それは、あなたと付き合うつもりはないということ。
「あの道明寺副社長。私はあなたと__」
「いや。答える必要はない。俺が嘘をついたことが許せない。そんな男を好きになれないと言いたいんだろ?だがな。お前が許せないと言ってるのは本当に俺か?牧野つくしという人間は、否を認めた人間をいつまでも恨んだり憎んだりする女じゃない。そうだろ?何しろ川上真理子のことをどうしたいと訊いたとき、お前は法の裁きに任せると言った。
そんなお前が俺に対してだけいつまでも頑なな態度を取る理由は俺が許せないからじゃない。それに俺は少なくとも嘘をついていたことをお前に詫びた。殴られても蹴られてもいいと言った。お前が許せないのは、傷跡っていう殻を脱することが出来ない自分じゃないのか?お前は自分で自分の心に足枷を作ってそこから抜け出せないだけだ。それに俺は言ったはずだ。俺はお前の傷跡なんぞ気にしてねぇってな」

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
つくしは余計な話はしたくないと料理の話に徹していましたが、そんな態度は見抜かれていました(笑)
そして嘘をつかれていたことを知った初めの頃は、そのことに酷く腹を立てていましたが、時間が経つにつれ、その感情も緩やかにですが変わって来たような気がします。
殻に閉じこもっているようなことを言われた女。
その言葉が自分自身を見つめ直すきっかけとなるのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
つくしは余計な話はしたくないと料理の話に徹していましたが、そんな態度は見抜かれていました(笑)
そして嘘をつかれていたことを知った初めの頃は、そのことに酷く腹を立てていましたが、時間が経つにつれ、その感情も緩やかにですが変わって来たような気がします。
殻に閉じこもっているようなことを言われた女。
その言葉が自分自身を見つめ直すきっかけとなるのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.04.24 21:46 | 編集
