病院が好きな人間はどこにもいない。
それはつくしにも言えた話であり、今こうしてベッドに横たわり治療を受けていると、あの時のことを思い出してしまうのは仕方がないのかもしれない。
それは沖縄の海で負った深い傷のこと。
海には馴れていたとはいえ、何も考えず飛び込んだのは判断が甘かったとしか言えなかった。それはまさに馴れた場所であり、馴れた人たちといた場所での浅はかな行動。
夏の沖縄の海の水温は暖かかったが、足に触れたのは南洋独特の魚ではなく金属の冷たい刃物で足に大きな傷跡を残した。スクリューで怪我をして退院するまでの間、病室の窓から見上げる空は青に染まっていた。
あのことをいつまでも自分のせいだと言う親友の気持ちは痛いほど理解している。
あの日。病室を訪ねて来た三条桜子は、『私が帽子のことを言ったばかりに先輩は_』
と言うと下を向いた鼻の先から涙が零れていた。
だがそれは何も考えずに行動したつくしが悪い。
すぐそばには、自分達のため出航を準備していたボートがいたというのに迂闊にも海に飛び込んで帽子を取ろうとした自分が悪かったのだ。
だから誰かを責めることではない。
あくまでも自分に責任があったのだから。
「いたっ….」
「牧野さん。大丈夫ですよ。立てないほど痛かったようですが骨は折れていません。捻挫です。しかし複雑に捻挫をしているようですので3日間は安静にして下さい。それから2週間は松葉杖を使って下さい。そうすれば良くなるはずです。ただし2週間が過ぎたからといって用心しなくていいという訳ではありません。複雑に捻挫した場所は癖になる恐れがありますから気を付けて下さいね?」
見た目から50代と思われる女性の整形外科医はそう言って看護師に指示すると、つくしの右足の膝から下にテーピングをして足関節専用の装具で足首を固定した。
「大丈夫ですよ。捻挫ですから無理をしなければ良くなりますからね?」
「ありがとうございます。お世話になりました」
ベッドの上で頭を下げたが、右足は捻挫にしては大袈裟過ぎるのではないかと思われるほど処置が施されていた。
「いいえ。いいんですよ。それよりあなたは道明寺副社長のお知り合いのようだから皆の気の使いようは大変なものね?何しろ副社長が抱えて来られるなんて余程のことでしょ?その理由として考えられるのはふたつ。あの方があなたに怪我をさせたか。それともあなたがあの方の恋人ならそれもありえるわね?どう?私の予想はこんなところだけど違うかしら?」
女性医師はそう言って笑っていたが、つくしは慌てて否定した。
「違います。私はあの方に怪我をさせられた訳でもありませんし、恋人でもありません。私は副社長のブレーンであって今回あの方に抱えてこられたのは、偶然の出来事…いえたまたま副社長がそこにいらっしゃったに過ぎません」
つくしにしてみれば、どうして道明寺司が図書館に現れたのか。そのことは気になったが、それを訊くよりも足の痛みの方に気を取られそれは二の次だった。
だが医師は、その言葉に納得したとは言えない表情を浮かべ言葉を継いだ。
「そうなのね?偶然の出来事とか、たまたまとかにしても、道明寺副社長はかなり深刻な顔をしていらっしゃったわよ?だから私たち治療する側の人間はちょっと緊張したわ。だってあなたがもし副社長の恋人なら粗相があったら大変だもの」
と、おもしろそうに言ったことから、医師がそれほど道明寺司の存在を恐れているとは思えなかったが、その理由を話し始めた。
「私は副社長がまだ少年の頃喧嘩をしてここに運ばれて来た頃のことを知ってるの。今は大人で立派な男性だけど若い頃はやんちゃでねぇ。喧嘩をしても負けることがなかったの。でも一度だけ深い傷を負って病院に来たことがあるのよ?本人はかすり傷程度だって言うけどあの時はみんな慌てたわ。何しろ道明寺財閥の後継者でしょ?治療に当たった人間は傷口を縫う手が震えたった言ってたのを覚えてるわ」
医師はそこで一旦口を閉ざし言葉を選びながらゆっくりと言葉を継いだ。
「牧野さん。人はあなたの傷を見て哀れんだり嫌悪したりするかもしれないわね。その傷のせいで心が傷つけられたかもしれないわね?」
医師は足首の捻挫のことを言っているのではない。
それはつくしの大腿部にある傷のことを言っているのだが、傷跡はジグザグに走った部分や、えぐれたように深くなっている所もあり、肌が引きつった部分もあった。
「でも身体に傷があってもその傷は所詮身体の傷であって人間の人格にある傷ではないわ。それに人は誰でも多かれ少なかれ心に傷を抱えているわ。ひとつも傷のない人間なんて世の中にはいないわ。だから傷のある人間を嫌悪する人間は相手にしなくていいのよ。それに世の中には愛する人の身体の傷も愛おしいと思ってくれる人がいるのも事実よ」
医師はつくしの顔をしっかりと見つめ言ったが、その言葉の意味は誰を言わんとしているのか。つくしはもう一度医師に勘違いをしていると言いたかったが、それはここで言っても仕方がないことであり、それよりもこれから向かい合わなければいけない男性について考えていたが、医師はまるでそんなつくしの考えを読んだように言った。
「それから私は少年の頃の彼を知っているから言えることがあるの。道明寺副社長は並大抵の人間ではないわ。彼は色んな意味で普通の人間とは違うわ。さあ。処置は終わったわ。お友達はあなたのことを本当に心配してたわよ?それは道明寺副社長も同じね?とにかくあのふたりは今頃待合室であなたの治療が終わるのを待ってるわ」
そう言われたつくしは、医師の手を借りベッドの上から車椅子に移ると、看護師に押されて処置室から外へ出た。

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それはつくしにも言えた話であり、今こうしてベッドに横たわり治療を受けていると、あの時のことを思い出してしまうのは仕方がないのかもしれない。
それは沖縄の海で負った深い傷のこと。
海には馴れていたとはいえ、何も考えず飛び込んだのは判断が甘かったとしか言えなかった。それはまさに馴れた場所であり、馴れた人たちといた場所での浅はかな行動。
夏の沖縄の海の水温は暖かかったが、足に触れたのは南洋独特の魚ではなく金属の冷たい刃物で足に大きな傷跡を残した。スクリューで怪我をして退院するまでの間、病室の窓から見上げる空は青に染まっていた。
あのことをいつまでも自分のせいだと言う親友の気持ちは痛いほど理解している。
あの日。病室を訪ねて来た三条桜子は、『私が帽子のことを言ったばかりに先輩は_』
と言うと下を向いた鼻の先から涙が零れていた。
だがそれは何も考えずに行動したつくしが悪い。
すぐそばには、自分達のため出航を準備していたボートがいたというのに迂闊にも海に飛び込んで帽子を取ろうとした自分が悪かったのだ。
だから誰かを責めることではない。
あくまでも自分に責任があったのだから。
「いたっ….」
「牧野さん。大丈夫ですよ。立てないほど痛かったようですが骨は折れていません。捻挫です。しかし複雑に捻挫をしているようですので3日間は安静にして下さい。それから2週間は松葉杖を使って下さい。そうすれば良くなるはずです。ただし2週間が過ぎたからといって用心しなくていいという訳ではありません。複雑に捻挫した場所は癖になる恐れがありますから気を付けて下さいね?」
見た目から50代と思われる女性の整形外科医はそう言って看護師に指示すると、つくしの右足の膝から下にテーピングをして足関節専用の装具で足首を固定した。
「大丈夫ですよ。捻挫ですから無理をしなければ良くなりますからね?」
「ありがとうございます。お世話になりました」
ベッドの上で頭を下げたが、右足は捻挫にしては大袈裟過ぎるのではないかと思われるほど処置が施されていた。
「いいえ。いいんですよ。それよりあなたは道明寺副社長のお知り合いのようだから皆の気の使いようは大変なものね?何しろ副社長が抱えて来られるなんて余程のことでしょ?その理由として考えられるのはふたつ。あの方があなたに怪我をさせたか。それともあなたがあの方の恋人ならそれもありえるわね?どう?私の予想はこんなところだけど違うかしら?」
女性医師はそう言って笑っていたが、つくしは慌てて否定した。
「違います。私はあの方に怪我をさせられた訳でもありませんし、恋人でもありません。私は副社長のブレーンであって今回あの方に抱えてこられたのは、偶然の出来事…いえたまたま副社長がそこにいらっしゃったに過ぎません」
つくしにしてみれば、どうして道明寺司が図書館に現れたのか。そのことは気になったが、それを訊くよりも足の痛みの方に気を取られそれは二の次だった。
だが医師は、その言葉に納得したとは言えない表情を浮かべ言葉を継いだ。
「そうなのね?偶然の出来事とか、たまたまとかにしても、道明寺副社長はかなり深刻な顔をしていらっしゃったわよ?だから私たち治療する側の人間はちょっと緊張したわ。だってあなたがもし副社長の恋人なら粗相があったら大変だもの」
と、おもしろそうに言ったことから、医師がそれほど道明寺司の存在を恐れているとは思えなかったが、その理由を話し始めた。
「私は副社長がまだ少年の頃喧嘩をしてここに運ばれて来た頃のことを知ってるの。今は大人で立派な男性だけど若い頃はやんちゃでねぇ。喧嘩をしても負けることがなかったの。でも一度だけ深い傷を負って病院に来たことがあるのよ?本人はかすり傷程度だって言うけどあの時はみんな慌てたわ。何しろ道明寺財閥の後継者でしょ?治療に当たった人間は傷口を縫う手が震えたった言ってたのを覚えてるわ」
医師はそこで一旦口を閉ざし言葉を選びながらゆっくりと言葉を継いだ。
「牧野さん。人はあなたの傷を見て哀れんだり嫌悪したりするかもしれないわね。その傷のせいで心が傷つけられたかもしれないわね?」
医師は足首の捻挫のことを言っているのではない。
それはつくしの大腿部にある傷のことを言っているのだが、傷跡はジグザグに走った部分や、えぐれたように深くなっている所もあり、肌が引きつった部分もあった。
「でも身体に傷があってもその傷は所詮身体の傷であって人間の人格にある傷ではないわ。それに人は誰でも多かれ少なかれ心に傷を抱えているわ。ひとつも傷のない人間なんて世の中にはいないわ。だから傷のある人間を嫌悪する人間は相手にしなくていいのよ。それに世の中には愛する人の身体の傷も愛おしいと思ってくれる人がいるのも事実よ」
医師はつくしの顔をしっかりと見つめ言ったが、その言葉の意味は誰を言わんとしているのか。つくしはもう一度医師に勘違いをしていると言いたかったが、それはここで言っても仕方がないことであり、それよりもこれから向かい合わなければいけない男性について考えていたが、医師はまるでそんなつくしの考えを読んだように言った。
「それから私は少年の頃の彼を知っているから言えることがあるの。道明寺副社長は並大抵の人間ではないわ。彼は色んな意味で普通の人間とは違うわ。さあ。処置は終わったわ。お友達はあなたのことを本当に心配してたわよ?それは道明寺副社長も同じね?とにかくあのふたりは今頃待合室であなたの治療が終わるのを待ってるわ」
そう言われたつくしは、医師の手を借りベッドの上から車椅子に移ると、看護師に押されて処置室から外へ出た。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
司が女性を抱えて病院に現れる!病院関係者は間違いなくつくしのことを司の大切な女性だと思ったことでしょうねぇ。
女性医師の言葉は一般論であるとしても、自分の傷を受け入れてくれる人がどこかにいるとすれば....。
そんなことを考えたこともあるはずです。
さて。図書館での出来事は偶然なのか。それとも故意なのか。
謎が残るところですが続いて行きます。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
司が女性を抱えて病院に現れる!病院関係者は間違いなくつくしのことを司の大切な女性だと思ったことでしょうねぇ。
女性医師の言葉は一般論であるとしても、自分の傷を受け入れてくれる人がどこかにいるとすれば....。
そんなことを考えたこともあるはずです。
さて。図書館での出来事は偶然なのか。それとも故意なのか。
謎が残るところですが続いて行きます。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.02.08 23:03 | 編集
