FC2ブログ
2020
04.06

愛を胸に抱きしめて~続・春を往け~

「ねえ。梓に彼氏が出来たみたい」

「…..今、なんて言った?」

どんなに仕事が忙しくて遅くなっても会食がある以外は家で食事を取ると決めている男は、食後のコーヒーを飲みながら訊かされた妻の言葉に眉をひそめた。

「ん?だから梓に彼氏が出来たって言ったわ」

「つくし。梓ってのは、うちの梓のことか?」

「そうよ。あたしと司の間に生まれた娘のことよ?あたしたちの娘も年頃よ?恋をする年齢になったの」

それは聞き間違いでなければ司のひとり娘に男が出来たということ。
1年前に英徳の高等部を卒業し大学生になった息子には付き合っている女性がいるが、卒業式当日に妻から言われたのは、息子に好きな女の子が出来たということ。
そして、母親の勘からして想いは伝えてないだろうということ。
だが卒業式を終えた息子が帰宅したとき、制服のネクタイがなければ、それは好きな子から思い出の品としてネクタイが欲しいと言われ手渡したということ。
それが意味するのは共に思いは同じだということ。
つまり相思相愛ということになるが、あの日。息子はネクタイをしていなかった。そしてプロムに出掛けたが、会場まで息子を送った車の運転手は途中花屋に寄ったと言った。

司はあのとき息子が意中の女性の心を掴んだことを知った。
それは大学生になった息子に恋人が出来たことを意味するが、息子の母親は我が子に恋人が出来たことを喜んだ。

「ねえ。司。彼女ってどんな女の子なのかしらね?それに巧は私たちに紹介してくれるのかしらね?それとも恥ずかしくて紹介してくれないのかしら?でも相手のご両親にはちゃんとご挨拶しているわよね?だってよそ様のお嬢様とお付き合いするんですもの。ちゃんとご挨拶しないとご両親も心配するわよね?あ、もしかするとご両親は巧と付き合うことを許して下さらなかったのかしら。そうなるとちょっと辛いわよね。でもまさかあたしと司の時のように派手な妨害をされることはないわよね?」

と言って妻は笑ったが、あのとき司は妻の言葉を鼻で笑った。
それは、どこの親が道明寺財閥の後継者と付き合うことを反対するかということだが、今は息子のことはどうでもいい。
それに息子の交際は順調だという話は妻から訊いていた。

それよりも今、問題にしなければならないのは、ひとり娘の梓に彼氏が出来たこと。
それにしても17歳の娘に彼氏が出来たことに気付かなかった。
それは司が男親だからなのか。
だが確かに司は娘が普段どんな風に過ごしているか詳しくは知らない。
それに娘が髪型や服装にこだわりを見せるようになっているとしても、やはりそれは男親だから正直気付かなかったし分からなかった。
だから妻の話を訊きながらムッとしていたが、そんなしかめっ面をした夫に、

「ねえ、司。梓の彼氏ってどんな男の子なのかしらね?同級生からしら。それとも年上からしら?もしかして年下?でもあの子は年下って感じじゃないから同級生か年上だと思うわ。
でもまだ付き合い始めたばかりみたいだから、そのうち紹介してくれると思うんだけど、楽しみよね?」と嬉しそうに言ったが何が楽しみなものか。

だが司は当時16歳の妻に恋をした。
荒んだ目をして、荒んだ毎日を送っていた男の前に現れた少女。
はじめは生意気で、どうってことのないただの平凡な女だと思った。
いや、それ以下だと思った。
だがそんな女に気持が高まった。彼女の顏を見ると胸の鼓動が高まり落ち着かなくなった。
そして心の芯を絡め取られ、彼女の大きな黒い瞳に自分の姿だけを映して欲しいと思うようになった。彼女に会いたい、傍にいたいという思いを抑えきれなくなると彼女を追いかけたが、友人達はそのことを相当な圧をかけて彼女に交際を迫ったと言った。
だがそんな男は彼女の両親に対して早い段階で自分の思いを伝えた。
だから、妻が言った息子は付き合う相手の両親に挨拶をすべきだという言葉が正しいなら、娘の彼氏は司に挨拶をしに来なければならないということになるが、その男はまだ司の前に現れない。

男親にとっての娘とは娘であって娘ではない存在。
それは妻とも違う。だからと言って恋人ではない。
それならなんなのかと問われれば、それはまさに目の中に入れても痛くない存在であり、自分の血を分け与えた分身であり、自分のDNAを受け継ぐこの世界の中でただひとりの娘。
形容しようにもしようが無いかけがえのない存在。だからそんな大切な娘の彼氏という男がどんな男なのか気にならないはずがない。
そう思う夫の気持を察した妻は、

「ちょっと、司。まさかとは思うけど、その男の子のことを調べたりしないでしょうね?
分からないなら言うけど、そんなことをしたら梓に嫌われるからね?
それに心配しなくても大丈夫。そのうち紹介してくれるはずよ?だからそれまで待つの。いい?知らんぷりするの」

そう言われたが、司は父親という立場から譲れないものがあった。
というよりも譲りたくないものがある。
古い人間だと言われてもいい。それに司は昭和生まれだ。だから古くて結構。
そんな男が譲れないもの。それは娘には本当に好きな人と初めてを迎えて欲しいということ。つまり無駄な通過儀礼など必要ないということ。傷付いて欲しくないということ。

司はモテる男だった。
少年時代から彼の周りには大勢の女が自分を見て欲しいと秋波を送っていた。
だがあの頃の司は、女は薄汚い生き物で触れたいと思う存在ではなかった。
だから初めての相手は妻で、それは妻も同じ。
そして二人が初めての夜を迎えるまで相当な時間要したが、奥手といわれた女のことを思った司は、いくらでも待つと言った。そして実際に待った。相手の気持をどこまでも尊重した。
だからこそ、娘の彼氏もそういった男でいて欲しいと思った。いや、思うではない、そういった男であって欲しいと願っている。だから相手がどんな男が知りたいと思うのが男親だ。
それになにより娘はまだ17歳。つまり未成年であり親の保護下にある。
だから親が守ってやらなくてどうするというのだ。
それにしても放熱した「あの時」は、人生で一、二を争うほど幸せな瞬間だったが___

「司?いい?今は梓のことはそっとしておくのよ?まだ恋は始まったばかりで微妙な時期なんだからね?親が口を出して別れちゃったりしたらあの子から口を利いてもらえなくなるわよ?」












司は風呂に浸かりながら考えた。
妻からはそっとしておけと言われたが、司にすれば娘が交際を始めた男が誰であるかを調べることなど造作無い。
だが娘が口を利いてくれなくなることは怖い。まだ娘がベビーベッドの中にいた頃、帰宅した司の顏を見上げて見てニッコリ笑う様子は、まさに天使の微笑みで、絶対にこの子と離れるものかと思った。嫁になどやるものかと思った。だがそうはいかないことは分かっている。
そんな司に同調したのは司と同じように娘を持つあきらで、「娘を持つ男親の気持ってのは複雑だからな」と言った。

それにしても、気になるのは相手の男は本当に梓のことが好きなのかということ。
つまり相手の男が梓と交際を始めたのは、道明寺という名前に惹かれているからではないかということだが、梓の父親がどんな男か知っていれば軽率な行動はとらないはずだ。

道明寺ホールディングスと言えば日本経済をけん引する企業を幾つも所有するコングロマリットだ。つまり男の態度次第では、どんな圧力がかかるか分かったものじゃない。
だがそれをすれば、かつて自分の母親が妻の家族や周囲に対して行ったことと同じ。
もっとも、司はかつて自分たちが経験したようなことをするつもりはない、
だが、仮にそんなことをしたとして、相手の男が簡単に梓を諦めるようなら、そんな男は娘には相応しくない。娘をそんな根性無しの男と付き合わせるわけにはいかない。
そうだ。司は妻と交際をすることを決めたとき、全てを捨てるつもりでいた。
そして何があっても彼女を守ると決めると、そのために前を向いたが、今思えば必死だった。
だが若さに必死は付随するものであり、この年になれば若いとき必死にならなくてどうするという思いがある。
だから相手の男が本当に娘のことが好きなら、どんな困難が前にあろうと立ち向かう男であることが望ましい。
そんなことを思いながら風呂から上がった。







数日後の夜。
司は自宅で家族と食事を済ませ執務室で仕事をしていたが、扉をノックする音に読んでいた書類から顏を上げ「入れ」と答えたが、開かれた扉の向こうから顏を覗かせたのは娘の梓だ。

「パパ。今いい?話したいことがあるの」

司には3人の子供がいる。上ふたりの男の子は司のことを父さんと呼び、末の娘はパパと呼ぶがその声は、どこか緊張していた。
そして司は話したいことがある。その言葉に妻が言った彼氏のことだと思い、「ああ。いいぞ」と答えたが、そこにあるのは妙な緊張感。
だがその緊張感を見せる訳にはいかなかった。だから平常心で娘が話し始めるのを待った。

「あのねパパ。私、付き合い始めた人がいるの。それでね。彼がパパとママに挨拶したいって言うから……それでそのことをママに言ったら直接パパにも話しなさいって言われたの。だから今度ママと一緒にその人に会って欲しいの」

来た。
ついに来た。
娘から彼氏に会って欲しいと言われる日が。
そして心配していた相手の男についてだが、交際相手の両親に挨拶をしたいと望むということは、どうやらまともな男のようだ。だから受けて立つつもりだ。

「そうか」

「うん」

「それでいつだ?」

「え?」

「だからいつ会って欲しいんだ?」

「うん。自分は学生だからいつでも大丈夫だって。だからパパの都合のいい日でいいからって言ってるの」

娘はそこまで言うと少し間をおいて、「だからパパ。都合のいい日が決まったら教え欲しいの」と言葉を継ぐと部屋を後にした。






娘の彼氏に会う。
まさか自分にそんな日が来ようとは。
だがそれは娘が生まれた瞬間から分かっていたはずだ。
そして司が親になって初めて知った親が子を思う気持。
例えばよく言われることだが、親は我が子が罪を犯せばその罪を庇う。
子の代わりに罪を被ろうとまでする。どんなことをしても我が子を守ろうとするそれは血を分けた我が子に対する無償の愛というもの。
司が少年だった頃、親は司の素行の悪さを金で揉み消し解決したが、そのことを何とも思わなかった。そしてそんな親を親と考えたことはなく冷やかに見ていた。
親のすることは、なんでもムカついて腹が立った。
だからそんな態度を取り続けた自分の子供は、いずれあの頃の自分と同じように親となった自分を見るのではないかという思いがあった。
だがそれは違う。妻のおかげでそうなることはなかった。

妻は大きな愛で子供たちを育てた。それは水鳥が羽毛の暖かさで雛たちを育てるように、子供たちを自分の胸にしっかりと抱き込み、暖かさと守られているという愛を与え続けることをした。
そして司は、水鳥が安全に暮らせるように大空の上で大きな翼を広げ守った。
だから子供たちは自分が愛されていることを知っていて、あの頃の司のようにはならなかった。
だが子育ては数学のようにひとつの答えに行き着くものではない。突然泣き出したり駆け出したりして思い通りに行かないのか子育てだ。

だが、つがいの鳥は間もなく子育てを終える。
そして、春に道端で見られるタンポポの綿毛に息を吹きかければ、ふわふわと空へと舞い上がるように、子供たちはいずれ親の元を離れ大きな空へと飛び立つが、春に舞い上がる綿毛はどこを目指して飛んで行くのか。
子供たちがまだ小さかった頃、庭の片隅に生えていたタンポポの綿毛を吹いて飛ばして遊んだのはつい最近のことのように思えたが、そんなタンポポの花言葉のひとつが「別離」だと知ったのは、つい最近のこと。
あのとき妻は司に言った。

「タンポポはアスファルトの割れ目からでも芽を生やすことが出来る強い雑草よ。どんなに厳しい環境でも育つことが出来るのよ?だからこの綿毛もどんなに酷い環境に飛ばされても力強い根を張って育つわよ?」

かつて自分のことを雑草だと言った妻。
あのとき妻は、自分の子供たちを綿毛のように遠い地に飛ばすことも厭わないと言った。
その言葉には、子供たちに自分の人生を自由に生きて欲しいという思いが込められていた。
そして司もそのつもりだった。だから子供たちが選ぶ人生を否定することはしないつもりだ。

それにしても、男の子と女の子ではこうも違うのか。
それは男の子の場合は同性ということもありサバサバと接することが出来る。
だが女の子の場合そうはいかない。異性ということもあり親子なのに意外と気を遣う。
けれど、司は娘を信頼している。
それに我が娘は司が思っている以上にしっかりしている。
だから、そんな娘が選んだ彼氏という立場を勝ち得た男はどんな男なのか。
会うのが楽しみだった。




< 完 > *愛を胸に抱きしめて~続・春を往け~*
にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト



Comment:1
2020
04.03

幸福の黄色い絨毯

<幸福(しあわせ)の黄色い絨毯>









「それで?司の様子はどうなんだ?」

「あの子は大丈夫。ちょっと驚いただけよ」

「そうか。それにしても司が親になるとはな。何か信じられんような気もするが君はどう思う?」

「あなた。司は結婚したんですもの。それに妻となった女性を愛しているんですもの。
だから子供が出来ることに不思議はありませんわ。それにあなたもご存知の通り司はつくしさんに出会ってから変わりました。大学生の頃から早く結婚したいと口にしていたくらいですもの。それにしてもあの子が早く家庭を持ちたいと願うとは…昔のことを思えば信じられませんでしたわ」

「そうだな。司は道明寺の家など自分の代で潰してやる。どうなってもいいと言ったことがあったそうだが今の司はそうではない。それに今の司の顏は立派な男の顏だ。自分の立場を理解し家族を守ることを決めた男の顏だ。だから司がどんな親になるのか楽しみにしている。
だが私は司が子供の頃に傍にいることはなかった。親として何をしたかと言われれば何もしていない。そんな父親だがあの子は私を子供の祖父として受け入れてくれるだろうか?」

「あなた。受け入れるもなにも司は自分の父親のことを尊敬しています。それにあの子に拒否されると心配しているならそれは杞憂ですわ。あの子はつくしさんと出会ってから変わりました。つくしさんがいるから今のあの子がいるんです。だから司は父親であるあなたの事を迷惑だなんて思わないわ。喜んで祖父として受け入れてくれるはずです」

「そうか….そうだといいんだが….。
それにしても司の少年時代はわんぱく小僧だったが、今は副社長として立派に仕事をしている。それもこれもつくしさんに出会ったからだな。きっと司は彼女のためなら素手でライオンと戦うことも厭わんだろう」




楓は夫とジェットで太平洋の上を移動していた。
それは東京にいる息子の秘書からつくし奥様が破水して入院したという連絡を受けたから。
その連絡にすぐにジェットを用意しろと言ったのは夫だった。
道明寺財閥の総帥であり楓の夫である道明寺祐は病で命が危ぶまれたことがあった。
そのとき息子は財閥の跡取りとして渡米することを決めたが、我が子がひとりの女性のために自分を変えようとしたことを知った夫は、息子を変えた牧野つくしという少女に興味を持った。そして少女のことを調べ、彼女の人となりを気に入った。
それにしても、我が子の手に負えなかった少年時代をわんぱく小僧だと言って笑った夫は、自分の若かりし頃のことを息子に重ねているのか。
そう思う楓の脳裡にはまだ結婚する前の夫の姿が思い出された。










楓は美しさと聡明さを備えた娘だと言われていたが、自分の生き方を自由に選ぶことは出来ないと知っていた。
それは楓の家が旧家であり資産家だったから。だからその家柄に合う家へ嫁ぐことは分かっていた。そして女子大の卒業を間近に控えたある日。父親から道明寺家の長男と結婚することになったと告げられた。

親の決めた結婚相手に否とは言わなかった。
それに相手のことを知ろうとも思わなかった。
それは、これまで楓が誰かを好きになる。恋をするという経験をしてこなかったことから、結婚相手などどうでもいいと思っていたからだ。
だが道明寺家と言えば知らぬ者はいないと言われる資産家であり日本を代表する企業をいくつも所有する大財閥。その家の長男と結婚するということは、跡取りを生むという役目がある。つまり役目が果たせなければ、嫁としての立場が失われることも知っている。
夫になる男は楓に子供が出来なければ愛人を作るか。それとも楓とは縁を切ることを選び他の女性を妻として迎え入れることになるのか。どちらにしてもそれは旧家や資産家ではよくある話だ。

そしてその男と会う日。待ち合わせの料亭に現れたのは、ポマードでリーゼントを決めた頭に、鋲が打たれた黒い革ジャンとジーパン姿で大型バイクに跨った2メートル近い大きな男。
楓は思った。結婚する相手との顔合わせに砕けた服装で現れた人物は本当に道明寺家の跡取りなのかと。
だがその男の後ろに現れた黒縁の眼鏡をかけたスーツ姿の男性が慌てた様子で「専務。着替えをなさって下さい」と言ったことから、目の前の男が楓と結婚することになる道明寺祐だと知ったが、その風貌から街中を騒々しい音を立て走り回る暴走族だと思われてもおかしくはなかった。
それにバイクに現を抜かし、結婚相手との顔合わせの場で常識外れの格好をする男が道明寺家の跡取りだとすれば財閥の将来は見えたと思った。
だが男は言った。

「あなたが私と結婚する人ですか?申し訳ない。私はあなたと結婚するつもりはありません。いや失礼。あなたが嫌だと言うのではありません。いずれ私は誰かと結婚しなければならないことは分かっている。だが私はまだ自由でいたい。誰かに縛られるのはまだ早いと思う。だから今回のことは両親が決めたこととは言え無かったことにして欲しい。そのことを謝ろうと思いここに来ました。大変申し訳ない」

と言った男は頭を下げた。

「それにあなたもせっかくの休日を私のような男との会食に費やすよりもっと有意義なことにお使い下さい」

と言った男は楓に背を向けると立ち去ろうとした。
そのとき楓は咄嗟に男の革ジャンに手を伸ばし掴んでいた。
そして振り向いた男に言った。

「あの……バイク。後ろに乗せてくれませんか?」

少し沈黙があった。
男は「その恰好で?」と言った。
だから楓は「はい。この恰好ではダメですか?」と言ったが男は再び沈黙してから「いいよ」と言って笑った。







楓は男から、これを着てと革ジャンを渡されたことからワンピースの上に羽織ると、ハイヒールで大型バイクの後ろに乗ったが、初めて乗る大型バイクの後ろは、エンジンがかかると大きな音を立て、それと同時に振動が身体に伝わった。

「じゃあ行くよ。しっかり掴まって」

そう言われた楓はどこに掴まればいいのか分からなかった。
するとその躊躇いを感じ取った男は、「私の腰にだ」と言って楓の手を取り自分の腰に回させた。

初めて乗った大型のバイク。
いや、それ以前にバイクに乗ったことはない。だから風を切って走るのは初めてだ。
それに男の腰に腕を回し、しがみついたのも初めてだった。
そして大きな背中から伝わる温もりは、これまで感じたことのない温もりだった。

咄嗟に掴んだ男の革ジャン。
何故そうしたのか。
楓は自分が旧家の因習と保守。義務と責務に囚われているのに対し、道明寺祐は同じような家柄に有りながら、それらに反抗するようにリーゼント姿で大型バイクに乗っている。
だからその姿に自分に無い何かを感じた。

男がどこに向かうのか分からなかったが、バイクの後ろから黒塗りの車が追尾しているのは分かっていた。だから不安はなかった。
そしてバイクの後部座席から見る景色は、これまで幾度となく見た景色であり見慣れた景色。
けれど車の中から見える景色には色が付いてなかった。だが今こうして風を切って走るバイクの後部座席から見る景色には色があった。それは芽吹く木々の色。空の青さ。太陽の光りが反射するビルの窓。そして風の音と排気ガスの匂いだ。

やがてエンジン音を高鳴らせるバイクは混雑する都内を抜け、交通量の少ないどこかの街の中を通り抜け、くねくねと曲がる山道を通って行くと見晴らしのいい場所に出た。
そして男はバイクのエンジンを止めると後部座席から楓を降ろした。

「ここは?」

楓は隣に立つ道明寺祐に訊いた。

「ここは私のお気に入りの場所だ。ひとりになりたい時にここに来る。とは言っても厳密に言って私がひとりになれることはない」

振り向いたそこに見たのは黒塗りの車が2台。
それは道明寺家の車と楓の家の車。だが楓は車のことなどどうでもよかった。
それよりも目の前に広がるパノラマに心を奪われた。だから楓は静かに目に映る景色を眺めていたが、やがて訊いた。

「あの。ここにはいつもバイクで?」

「いや。車で来ることもある」

そう言った道明寺祐の視線が楓の横顔を見た。

「ここもいいけど、もっといい場所もあるが見るかい?」

「ええ」

楓は迷うことなく答えたが、連れて行かれたのは、そこから少し離れた日当たりのいい平坦な場所。目の前にあるのは三角定規の斜辺のような斜面。そこに見たのは黄色い花が絨毯のように広がる光景。

「この花はフクジュソウ。フクジュソウはスプリング・エフェメラル。春を告げる花と言うが、この花は一株に一輪しか花を付けない小さな花だ。それにスプリング・エフェメラルの名の通り花は初春に咲いて枯れる。春の短い命だ。だがまた来年には花を咲かせる。ここでね」

「きれいね」

楓は呟いた。

「それに可愛い花だわ」

「そう思うか?」

「ええ。でも可愛いだけじゃないわ。寒かった冬が終わって春が来る。そのとき一番に咲く黄色の花は力強いパワーを感じるわ。それに明るい未来を感じさせるわ。命の息吹を感じる。そう思わない?」

と言った楓は祐を見た。








あの日以来、楓は祐に誘われると、彼のバイクの後部座席に乗って出掛けるようになった。
それは、自分でも思いもしなかったことだが、祐にとっても同じだったようだ。
初めて会ったあの日。髪をリーゼントにしていたのは、その風貌を見た楓が彼との結婚話を断るようにするためだと言った。それに祐の髪は癖がある髪だったことから、ポマードを付けることでその癖を隠すことが出来るからだと言った。
そして女神アフロディーテに愛されたと言われるアドニスのような美しさを持つ男は、「私の髪は私と同じで扱いにくい髪なんだよ」と笑ったが、ポマードを付けない祐の髪は確かに癖の強い巻き髪だった。

そんな道明寺祐は頭のいい男性だった。
だがただ頭のいい男性ではなかった。
気骨のある、それでいて平気で冗談も言う男性は楓の心を掴んだ。

だがある晴れた日。祐は楓と一緒に出掛けた帰りに事故に遭った。
それは伊豆半島の道沿いにある駐車場から出ようとしたとき、楓が風で飛ばされたスカーフを追いかけ車道に出たことで起きた。
そのとき訊いたのは怒鳴り声。そして車の急ブレーキの音。
楓は気付けば車道の端にいたが、目の前には血を流した男性が倒れていて、それが祐であることに気付いたとき叫んでいた。

祐は走って来た車から楓を守ってはねられた。
幸い命は助かった。骨折はしたが折れた骨はいずれ繋がると言われた。
そして楓は見舞いのため何度も病院を訪れた。だが何度行っても会えなかった。
だから手紙を書いたが返事はなかった。
何故会えないのか。何故手紙の返事がこないのか。
やがて交通事故で入院していた道明寺祐が仕事に復帰したことが記事になった。
だから自宅にも会社にも電話をかけた。だが不在だと言われ繋いではもらえなかった。
そしてある日、父親から告げられたのは、道明寺祐との縁談は破談になったということ。
父親は理由を言わなかったが何かが起きたことだけは分かった。
そしてある日、楓はなんとかツテを頼って祐に会ったが、ホテルの部屋にいる彼はスーツ姿で窓辺に立っていた。

「祐さん。良かった。ご退院おめでとうございます。お身体が回復して本当に良かった」

楓は離れた場所でそう言葉をかけたが、本当はもっと近くへ行きたかった。
だが、そこにあるのはこれまでになかった遠慮。それは自分のせいで怪我をさせてしまった人への申し訳なさだ。

「楓さん。ご心配をおかけしました。お蔭様でこの通り元気になりました」

と答えた祐の態度はこれまでと変わらなかった。だがどこか違和感があった。
それは部屋の中にいるというのに祐の左手には革の手袋が嵌められていたからだ。

「ああ。これかい?バイクに乗ってきたからね」

楓の視線を感じた祐はそう言ったが、祐がスーツ姿で大型バイクに乗るとは考えられなかった。それに手袋はバイク用の手袋ではなく、しなやかで上品なブラウンの革手袋。それを片方だけ嵌めている。
楓は祐の傍に行くと、初めて会ったとき自分に背中を向けた男の革ジャンを咄嗟に掴んだのと同じように彼の左手を掴んだ。
するとその手には違和感があった。

「祐さん…….」

楓は言葉に詰まった。

「あなた…….」

「楓さん。そんな顏をしないでくれないか。これは君のせいじゃない。ただ私が上手く車をよけきれなかっただけの話だ。それにしても失敗したな。バイクに乗って来たなら片方だけの手袋じゃダメだ。両方嵌めるべきだった」と言った祐は笑みを浮かべた。

楓が祐の手袋が嵌められた左手に感じた違和感。
それは5本あるはずの指のうち小指の部分の指が感じられなかったこと。

「楓さん」

祐は楓の名前を呼ぶとひと呼吸おいてから言った。

「私の指が失われたからと言って、そのことで自分を責めないで欲しい。それに左手の指全部が無くなったんじゃない。無くなったのは小指の一部分だよ。
そんな指をあなたの目に触れさせたくなかった。だからこうして手袋を嵌めていたんだが、勘のいいあなたは部屋の中で手袋を嵌めている男をおかしいと思ったんだね」

楓は泣きたくなった。
祐は失ったのは小指の一部分と言ったが、楓を助けたことで失った指は第二関節から上の指。
自分のせいで好きになった人の大切な身体が傷つき、そして失われてしまった指を思えばどんなに謝っても許してはもらえないと思った。
そして結婚が破談になったのは、指を失うことになった女が許せないからだと思った。

「楓さん。泣かないで下さい。これは本当にあなたのせいじゃない」

「それなら!」

楓は思わず大きな声を上げていた。

「どうして私との結婚を止めたの?」

と言ったが祐に言われるまで自分が泣いていたことに気づかなかった。

「楓さん。私はあなたに私の怪我のことを悔いながら人生を送って欲しくない。
所詮私とあなたは親同士が決めた結婚相手だ。そんな私と無理に結婚する必要はない。それにもし罪の意識にかられて私と結婚するというなら、それは自分を犠牲にしているということになる。私は自分を犠牲にして結婚するような人とは結婚したくない」

と言った祐は左手を楓の手から引き離し、「何故なら私はあなたのことが好きだから。好きな人が私を見るたび辛い思をするなら結婚することは出来ないよ」と言葉を継いだが、その言葉に楓は涙が止まらなくなっていた。

「私は親が決めたからあなたと会っていたのではありません。それに罪の意識で結婚するんじゃありません。それにあなたにバイクで出掛けようと誘われて嬉しかった。だからいつも喜んで出掛けたわ。そんな私の気持をあなたは分かっていると思っていたわ」

楓は引き離された祐の左手を再び手に取った。

「私はあなたのことが好きだから結婚するんです。私はあなたと結婚したいんです!」










「楓。そろそろ東京に着くぞ」

「あら。もうそんなに時間が経ったの?」

楓は夫の声に瞳を開けたが、身体には毛布がかけられていた。

「ああ。君は目を閉じたと思ったら、そのまま寝てしまったようだが、微笑んでいたから何か楽しい夢でも見たのかね?」

そう言われた楓は笑みを浮かべて答えた。

「ええ。楽しい夢を見ました。私とあなたが出会った頃が夢に出てきたんです」

「そうか。懐かしい話だな」

「ええ。そうですわね。随分と懐かしい話ですわ。黄色いフクジュソウが沢山咲いていたあの場所。あの場所は今でもあるのかしら。もしそうなら今頃あの斜面には沢山の花が咲いているはずね?」

「そうだな。君と初めてあの場所に行ったのは丁度今頃の季節だったな。そう言えば、『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』という映画があったが、あそこは私たちにとっては幸せの黄色い絨毯だ。何しろフクジュソウの花言葉は幸せを招くと言うじゃないか。まさにその通りで私は君とあの場所を訪れて恋におちたんだからな。よし!孫に会った後、あの場所に行ってみるか?」

「ええ。いいわね。そうしましょう」

と言うと楓は自分の右側にいる夫の左手を握った。













暖かい風に乗って様々な匂いが香るようになった。
そして、世の中がどんなに殺伐としていても季節が廻れば花が咲く。
それはスイセンだったり桜だったりするが、このふたりの前に間もなく咲くのは小さな命の花。
いや。こうしている間に新しい命はもう咲いているかもしれないが、その命がこれから先どんなふうに花開くのか。
だがどんな花を咲かせようと、その命は尊いものであり、ふたりの命を受け継ぐかけがえのない命。そんな命の輝きは美しいはずだ。
だから、ふたりは会う前から小さな命の成長を心から楽しみにしていた。





< 完 > *幸福(しあわせ)の黄色い絨毯*
こちらのお話が、先が見通せない現在のこの状況に於いて癒しのひとつになれば幸いです。
そして皆様。張り詰めた毎日をお過ごしのことと存じますが、体調を崩されませんよう、どうぞご自愛下さい。   アカシア
にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
Comment:13
2020
03.30

金持ちの御曹司~She’s So Good~<後編>

「….つくしか。面白い名前だ」

司は女の背後に立ち鏡の中で目を合わせるとクックッと笑った。
妖しい香りを漂わせるこの場所は男の部屋。
司は美容整形外科医として一流の腕を持つ男。
彼の元にはハリウッドの大女優はもちろん大物政治家まで大勢の人間が美しくなりたい、若返りたい。老いた姿を世間に見せたくないと訪れるが、彼らは容姿にコンプレックスがあるのではない。自分が醜いと悲観しているのではない。その姿には彼らなりの美しさや見た目の素晴らしさがあった。
それならなんのために司の元を訪れるのか。
それは隣の芝生は青いと同じで何でも他人のものはよく見えるということ。だから他人と自分を比較してより良いものが欲しいと司の元を訪れていた。

もっときれいになりたい。
もっと美しくなりたい。
若々しい姿でいたい。
ただ、それだけで自分の身体にメスを入れることを躊躇わない人間たち。
そして皆こう言う。


今以上に美しく作り替えて欲しいと__。


だから司は彼らの願いを叶えるが、それは一度でも身体にメスを入れた人間の尽きる事のない欲望。
顏の一部分を治せば、次はここを治して欲しい。ここの脂肪を取って、ここを大きくしてこの顏に合う身体を作って欲しいときりがない。
だが司は美容整形外科だ。だから彼らの望み通り手術台に乗った身体が麻酔で動かなくなれば銀色のメスを握る手は迷うことなく肉を切り骨を削る。
そして目覚めた彼らは間違いのない美しさを手に入れる。
だが出来上がった美しさは永遠のものではない。年を取ればその美しさは自然なものとは異なった形で老いて行く。そして彼らはまた司の元を訪れるが、それを悪いとは言わない。
何しろ美容整形は保険が適用されないことからの現金払い。
だから一流の美容整形外科と言われる男の洗練された腕に支払われる金額は大きかった。

そんな男は独身だが恋人はいない。それに愛人もいない。
だから男が純粋な気晴らしのために呼んだ女はコールガール。
とはいえ、その女は彼だけに用意された女。
身体に別の男の色が染み付いていない女。
男は低い声で女の名前を呼んだが、その声はセクシーで女を惹き付ける声をしていた。
そして経験を積んだ男の目が女の顏と身体をゆっくりと眺めまわしたが、それは美容整形外科医の目。
もしメスが入っていれば一目で分かる。見破ることが出来る。
だが司の前に立ち鏡を見ている女の顏にその痕跡はなったが、身体は服を脱ぐまで分からない。
つまり豊胸や脂肪吸引といったものをしている可能性はあるが、身体の線を強調しない、ゆったりとしたワンピースからその身体を推し量ることは出来なかった。
だが胸のふくらみが小さいことは見て取れた。

「服を脱げ」

そう言った司の唇の端がかすかに上を向いた。
女は言われた通り着ていたワンピースを脱いだが、下着はシンプルな白で飾り気が無かった。



司は裸になると女の身体を自分の身体で押すようにしてベッドに倒した。
男の指は長くて美しいと言われる指。
その指が女の乳首に触れ、下腹部へと滑ったが、目の前の身体にメスが入った痕跡はなく滑らかで美しい身体をしていたが、それはまさに無垢な純白といっていい身体だった。
そして処女だとういう女。

「お前。本当に初めてか?」

その言葉に女は小さく「え、ええ」と言ったがその声には戸惑いが感じられたが、もし処女が本当なら司が初めての男になる。だから緊張しているのか。
だが女の言葉を全て信じるほど司はバカではない。それに司は好きなだけ女に無理強い出来る。だから抱く前に無垢だという女に淫らなポーズを取らせてみたいと思った。
それは裸の女の身体など見慣れた男の奇妙な欲望だ。

司は女を抱き上げると風呂場に連れていった。
鏡の前に腰を据えると、両膝の上に女を座らせ、それからアスレチックジムに置かれている器具のように膝を大きく広げ薄い陰毛に隠れていたピンク色の性器を露出させたが、それは卑猥で淫靡な光景。
だから女は恥ずかしいのか。顏は紅潮し目は伏せられていた。

「なるほど。ここはそれほど使われてないように見える」

女の言葉が本当なら、そこはまだ誰も踏み入れたことがない純潔を示す薄い膜が張られている場所。目で見て確かめるには女の股の間に顏を突っ込むことになるが、そうするよりも鏡の前で自分のあられもない姿を見せる方が楽しそうだ。
だからその存在を確かめるため指を1本挿れた。

「ああっ!!」

声が上がると同時に開かれた大きな黒い瞳。
その瞳は揺れていて、指の先には処女の証と言われる膜が確かにあった。
だが処女膜は人の手によって再生することが出来る。だから本物の処女かどうか分からなかった。
けれど、今こうして鏡の前で男の手で開脚された姿は、快楽にふけった経験があるようには思えなかった。
それに司が指を挿れた瞬間、身体が強張り鏡の中の女の顏は歪んで指を締め付け、親指で神経が集まった小さな蕾を愛撫し、こすれば締め付けが強くなり更に身体が強張った。
そして漏れる喘ぎ声。

「ハアっ…」

「どうした?気持いいか?それならもっとしてやろうか?」

司は指を締め付ける場所の探索を始めたが、いっそのことこの指で膜を突き破ろうかと思うも、楽しみは後に取っておくではないが、感じやすい襞を指で弄び続けた。
するとこれまで強張っていた身体が弛緩してきたのが感じられた。

「….は…ああっ…」

指で中を掻き混ぜて抜くと同時に溢れた生あたたかい液体が手のひらまで流れ司を刺激した。
それは男のはっきりとした性欲の表れである硬くそそり立つペニス。
大きく膨らんだ亀頭。そしてその先端に光る雫。
それらが女を欲しいと言っていた。

「つくし。鏡を見ろ。ここを見ろ」

言うと女と鏡の中で目を合わせたが、広げられた足の間にあるそこは、ぬらぬらと光りピンクが艶めいていた。

「お前のここはこれから俺のものになる。ここを何度も俺が出入りしてお前は俺の女になる。今はピンクだが使えば使うほど濃くなる。つまりここは俺の色に染まってくる。
お前はきっとこれが好きになる。それからお前のここはうっ血したようになって俺を欲しがるようになる。挿れて欲しいと強請るようになる」

司は女の腰を持ち上げると、一気に素早くペニスを女の身体に収めながら座らせた。

「あぁぁ__っっ!」

膜が破られたと同時に上がる叫び声と反り返る背中。
だからその身体を掴み、容赦なく女の腰を上下させた。

「….は….あっ……あっ….」

膜の向こうにあるのは狭い胎内。
その最奥にある場所を目指し普段なら取らない体位で女を責めた。

「どうだ?感じるか?俺を感じるか?」

「…..ぁ…..っつあ….はぁぁ…….あん!ああっ!」

女は苦痛なのか。快楽なのか。
言葉にならない喘ぎ声を上げているが、司を包み込んだ胎内はねじ込まれた異物に纏わりつき濡らしていく。

「そうか。お前はこれが好きか?こうされるのが好きなんだな」

司は女の腰に手を掛け、もっと深く、さらに深く女の中へ入ろうと身体を持ち上げては引き下ろしていた。

「あっ!あっ!ん…..ああっ!」

女はすすり泣くような喘ぎ声を上げるだけで司の問いに答えることはなかったが、今は話すことも考えることも出来ないのだろう。それに鏡に映った女の顏は嫌いだとは言ってはいない。
だからもっと激しく突き上げたが、突き上げるたびに揺れる小さな胸の先端は固く尖り、脚の間から聞こえるヌチャヌチャとした水音は、一層湿り気を増しグチョグチョという音に変わった。

「ハァ….っああっ!」

「いいぞ。いい。お前の身体は俺に合うように作られてる」

事実司の身体は身体の奥から女を求める蠢きを止めることが出来なかった。
それに女の身体を持ち上げるたびに迸る液体が女のものか。それとも司のものか。そんなことはどうでもいいとペニスは飢えた獣のような凶暴さで女を突き上げ続けた。

「はぁ、ああっ!あっ!アッ、アッ!ああっ_____!」

女がイッたのが分かった。
だから司も女の悲鳴がのぼりつめたその先をのぼり、手を離すと女の顏に触れ、喘ぎ声を吸い取るように唇を重ねた。













「支社長」

司はその声に現実に引き戻されパッと瞳を開いた。
そして目の前に現れた秘書に毒づいたが、秘書は司の機嫌が良かろうが悪かろうが関係ないといった態度で言った。

「書類に目を通していただけたのでしょうか?」

「あ?ああ。全部見た」

「ありがとうございます」

秘書はそう言うと司の前に湯気の立つコーヒーを置いた。
だからそのコーヒーを口に運んだが、思った以上に熱く再び毒づいたが、秘書はそんな司に言った。

「ところで牧野様は最近ドイツ語教室に通い始めました」

「ドイツ語教室?」

それは初耳だった。

「はい。牧野様は仰いました。オリンピックが延期になったことでチャンスが出来た。この状況を前向きに捉えたいからドイツ語を習うことにしたと」

今年開催予定だったオリンピックが来年に延期になったことは周知の事実だが、何故秘書は司が知らない恋人の思いを知っている?

「牧野様は小川様が話す言葉を理解したい。出来ることなら言葉を習得して来年ボランティアとして参加したいと仰いました。
それから支社長が出張から戻られた時には少しでもドイツ語で会話が出来ればと毎日のように通われているそうです。何しろ支社長はドイツ語をお話になられますので、ご自分もと思われたようです。それに支社長を驚かそうと思われたようです」

隠し事が苦手な女の隠し事が言語学習だったことは確かに驚いた。

「それに我社は手厚い福利厚生があり自己啓発を社員に勧めております。
語学習得手当が年間30万。健康増進手当も年間3万まで補助が出ます。牧野様はその語学習得手当を申請されております。ちなみにその教室の教師はドイツ人女性で彼女のご自宅が教室となっております」

と言って秘書は書類を差し出したが、そこに書かれていた住所はあのマンションの住所。
それにしてもいつも冷静な秘書は司の頭の中までお見通しなのか。
恋人の素行を気にしている男に求めていた答えを示していた。
そして恋人が理解したいと言った小川様の小川というのはドイツ語では「バッハ」。
そこにはオリンピックを楽しみにしていた恋人の気持が見て取れた。

「ちなみに牧野様が学習を始めたのは支社長がドイツへご出張される少し前からですが、さすがティーン・オブ・ジャパンの準優勝者。集中力は素晴らしいものがあります」

その言葉に恋人が心ここにあらずといった状況だったのを理解した。
何しろ恋人はこうと決めたら、それを自分のものにすることに努力を惜しまない女なのだから。







今年東京で開催される予定だったオリンピックが諸般の事情で延期になったことは残念だが、来年の楽しみが出来たと思えばいい。
それにきっとその頃には延期されることになった理由も去り世界は落ち着いているはずだ。
そう思う司の健康法は好きな人に会って、その人の笑顔を見ること。
その人と一緒に食事をして笑い合うこと。
そして、心の免疫力を高めるのは恋人の存在。
彼女がいるだけで世の中のすべてのことがバラ色に見える。

「西田。アイツを迎えに行く。車を用意しろ」

だから会ったら言おう。

『 Ich libe dich 』(イッヒ リーベ ディッヒ)

ドイツ語で愛してると。



にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
Comment:8
2020
03.29

金持ちの御曹司~She’s So Good~<前編>

妄想に酔いしれる癖がある男。
彼は日本で最もサングラスが似合う男三人のうちの一人だと言われるが、そんな男が黒いメガネの奥からひとりの女性を見つめていた。

「怪しい」

「だから何が怪しいんだ?」

「何がって見りゃ分かるだろ?」

「いや。司。怪しいってどこが怪しいんだ?それにお前が言う怪しいってのは当てにならねえことが多いからな。だから何が怪しいか具体的に言え。それに俺に言わせりゃ俺らの方がよっぽど怪しいぞ」

あきらは親友から大変なことが起きた。すぐに来てくれてと言われ仕事が終わると親友の執務室に駆けつけるように立ち寄ったが、そこで昔テレビで見た刑事ドラマの刑事がかけるようなサングラスを渡され、行くぞと言われた。
それにしても、ド派手なカーアクションで有名な、なんとか軍団の団長のようにいきなりショットガンをぶっ放すようなことはしないだろうが、「いいか。俺たちの行動は極秘だ。だから俺のことはタカと呼べ。お前のことはユージと呼ぶ」と意味不明なことを言われた。
だが親友のジャケットの袖口から覗くダブルカフスの手が拳銃を持てば、まさに横浜を舞台にしていた、あぶないと言われた刑事のドラマのようだと思った。
だからあきらの脳裡に流れたのはそのドラマのオープニングの曲だった。

それにしても、日暮れにサングラスをかけたスーツ姿の男ふたりが女の後を付けるなど怪しいことこの上ない。それも地下鉄の階段を降りる女の後を追うサングラス姿の男など下手をすれば職務質問をされてもおかしくない状況だが、ホームに降りたふたりの男は女が電車に乗り込むと女とは別の車両に乗り込んだ。やがて女が3つ目の駅で降りると同じように降りた。
そして地上に出た女の後をつけたが、女は瀟洒なマンションに入った。

「おい。司。牧野はこのマンションに何の用があるんだ?」

ふたりの男が尾行していたのは司の恋人の牧野つくし。

「あきら....いや、ユージ。俺は司じゃない。タカだ。それにそれを俺に訊くな」

「訊くなって言われても、俺はお前にこうして連れ出されてここにいるんだ。だから何があったかくらいは教えてくれたっていいはずだ」

「あいつ、愛しの彼氏が2週間の出張から戻って来たってのにそっけない」

あきらは何事かと思ったが、やはりそんなことかと思った。
それにしてもこの男は何年たってもひとりの女に夢中で、その女のこととなるとビジネスそっちのけになるのだから周りにいる人間はたまったもんじゃないと思った。
だがあきらはそんな男とは幼馴染みで親友だ。だから男の思いに付き合うことにした。

「司…..じゃないタカ。牧野は元々ベタベタするのが苦手な女だ。だからそっけないのは性分だ」

そんな女は男に甘えるのが下手で物事を真剣に考え過ぎる。
だからある意味で優柔不断な面があった。そして恋に臆病な女だった。
そしてそんな女を好きになった男は周囲を気にすることなく真っ直ぐに女に向かっていく男。初めての恋になりふり構わない男。格差社会の頂点にいる男の恋路の過程には乗り越えなければならない苦難もあったが純粋だった。
そして男は未だに彼女のことになると目の色が変わる。

「けどな。あいつ、俺からの電話に出なかった。それにメールを送ったが返事がない。思えば出張に行く前、キスしてる時あいつは考え事をしていた。心ここにあらずで頭の中に俺以外のことがあった。だから俺を避けてるように思えてならねえ」

司は、そう言うと恋人が入っていったマンションのエントランスを見つめていたが、オートロックのマンションへの訪問は慣れた形の訪問に思えた。

「おい、牧野がお前を避けてるって言うが、お前まさか牧野が浮気をしてるとでも思ってるのか?だから俺たちは牧野を尾行したのか?」

あきらは親友の恋人の牧野つくしが浮気をしているということに、まさか。嘘だろ。という思いで言った。それにあの牧野つくしが司を裏切るとは思えなかった。

「俺は牧野が浮気するような女だとは思えねえ。電話に出なかったのもメールに返事がなかったのも携帯を家に忘れてきたからだ。それにキスしてる時、考え事をしていたのは歯が痛かったからでキスどころじゃなかったんじゃねえのか?きっと歯医者の予約しなきゃとか考えてたんだ。それからお前が避けてると感じたのは、きっとニンニク料理を食べた後で自分自身が臭かったから避けたんじゃねえのか?」

あきらは諭すではないが、司の気持ちをなだめるためにそう言ったが、言われた本人はマンションのエントランスを直視したままじっとしていた。

「それにな、司….いや、タカ。大丈夫だ。牧野はお前を裏切ってない。あいつはひとりの男と付き合いながら、他の男と付き合うような器用さはない。俺や総二郎と違ってあいつはお前と同じで二股は絶対無理だ」

とは言え高校生の頃。類と牧野が海辺でキスをしているところを見た男がいた。
そんなあきらの思考が伝わったかのように隣にいる男は「いや、だが類のことがある」と言ったが、あれは随分と昔の話で今はそんなことはない。
だが何故か男は恋人の不実を疑っていた。

「それでこれからどうする?このままここで牧野が出て来るのを待つのか?」

「いや。今日は帰る」

「おお。そうしろ。きっとこのマンションには牧野の友達が住んでて、もちろんその友達は女で、その友達に会うためにここに来たんだ。それにもしここでお前が待ってることをアイツが知ったら、あたしのことを尾行してたのって怒るぞ?だから帰ろう。そうだ。帰った方がいい」










司はあきらと別れると、やり残した仕事を片付けるため車を呼び会社に帰ったが、あきらを呼び出したのは、決定的な瞬間をひとりで目撃するのが怖かったからかもしれない。
それはどんなに金持ちだとしても、カッコいい男と言われても、彼の心を掴んで離さない唯一無二の女性が自分ではない他の男のことが好きということを知るのが怖かったから。
つまり強気だと言われる男も、こと恋人のことに関してだけは気弱になることがあるということだ。

そして広がる妄想が司を縛り付けた。
それは目の前に置かれたストローの袋。
それにしても何故ここにストローの袋がある?
そう言えば出掛ける前に野菜ジュースを持って来させたが、その時にストローが付けられていたことを思い出した。
そして思い出した。いつだったか。あきらはその袋をよじって人の型をふたつ作るとそれを重ね合わせた。
そしてニヤッと笑って「面白いものを見せてやるよ」と言うと重ねた人の形をした袋に水を垂らした。するとよじられた袋は水を含んで膨れ男と女が愛し合うように、くねり始めた。
あの時はそれを見て笑ったが、今ストローの袋でそんなものを作られたらテーブルごと破壊してしまうはずだ。

寝ても覚めても彼女が好き。
だから自分の知らない彼女の行動が胸を切り裂く。
彼女のことになると冷静さが失われ不安だけが心に残る。
そしてその不安が司を呑み込み良からぬ妄想が脳裡に浮かんだ。
それはストローの袋のようにあのマンションのどこかの部屋で男と女が重なる姿。
司の知らない男の背中になまめかし声を上げて爪を立てる恋人の姿。
汗ばんだ身体で男に抱かれている恋人の姿。

「冗談じゃねえぞ!」

司は声を荒げるとストローの袋をちぎってゴミ箱に捨てた。
そして良からぬ妄想を打ち消すため目を閉じた。



にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
Comment:4
2020
03.28

『Love and Tenderness』更新のお知らせ

『Deception 68話』をUPしました。


にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
Comment:0
back-to-top