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2018
09.22

想い出の向こう側 2

姉の部屋へ向かっていた少年は、途中何人かの使用人に出会った。
するとそのたび立ち止まって頭を下げられるが、いつものことで気に留めなかった。
生まれた時から見慣れたそこは、どこまで歩いても行き止まることがないのではと思える長い廊下。だから本当に行き止まることがないのかを確かめるため、廊下の端から端まで走ったことがあったが、いくら走っても左右の壁が途切れることはなく、やっぱり行き止まることは無いのかと思っていたが、やがて着いた場所は天井が高くシャンデリアがいくつも吊り下げられた広くがらんとした部屋だった。

そして廊下のテーブルに置かれた花瓶や壁に飾られている絵画は、少年でも描けるような線だけの絵だったり、溶けていく時計の絵だったり、黄色い大きなひまわりが描かれているものだったりするのだが、彼には価値があるようには思えなかった。

それよりも実物を正確に再現して作られたミニカーの方が少年にとっては価値があった。
そして将来は、そのミニカーの本物に乗ると決めていた。つい最近もスピードの出る本物のスポーツカーに乗せてもらったばかりで、景色が高速でどんどん後ろへ流れて行く様子に心臓がドキドキした。
だが今は手にしたウサギを姉の部屋へ持って行くことだけを考えていたが、それは家庭教師の1人から訊かされた話しを思い出していたからだ。



『ウサギは仲間がいないと寂しくて死ぬことがあります。
大勢の仲間と一緒に仲良く遊ぶのがウサギです』


そんな話を訊かされていたのだから、たとえそれがぬいぐるみで本物のウサギではなくても、早く仲間の元へ返してやろうと思っていた。
そしてその時、誰かに名前を呼ばれたような気がして振り返った。
だがそこには誰もおらず長い廊下が続いているだけで、気のせいだった。


「ねーちゃん。部屋にいるかな?」

少年の姉は中等部1年だ。
だがすでに高等部の勉強をしていて頭がいい。だから家庭教師は姉のことを凄いと褒める少年にとっては自慢の姉だ。
それに幼い頃いつも傍にいてくれたのは姉と使用人頭のタマだった。
そこで少年は思った。もしかすると姉は勉強しているかもしれない。もしそうなら邪魔をしてはいけない。すると少年の足は自ずと止まった。そして考えた。そうだタマの部屋へ持っていこう。タマならこのぬいぐるみを預かってくれるはずだ。それに確かタマの部屋には陶器で出来たウサギがあった。だからこのウサギも寂しくないはずだ。
そうだ。そうしよう。少年はそう決めると向かう先をタマの部屋へと変更するため回れ右をした。

するとその時、また誰かに名前を呼ばれたような気がして、少年は振り向くとあたりを見回した。だが廊下には誰もいなかった。

そして手にしたウサギのぬいぐるみに目を落とした。
するとウサギの目に何かを慈しみたいといった表情が浮かんだように思えたが、気のせいだと思った。ただのプラスチックの赤い目にそんなものが浮かぶはずもなく、そこには少年の顔が映っているだけだった。






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2018
09.21

想い出の向こう側 1

どの子供にも大切にしているおもちゃがあるはずだ。
だが少年にはそういったおもちゃが無かった。
いや無かったのではない。沢山ありすぎてたったひとつの大切な物を見つけることが出来なかったという方が正しいはずだ。

少年は裕福すぎるほど裕福な家に生まれ、誰もが羨む生活を送っていた。
我儘は我儘とは言われず、当たり前の行動として受け止められ、欲しいものがあれば直ぐに手に入れること出来た。だがその生活は決して楽しいとは言えず、家庭教師が何人もいる生活に自由は無かった。


「あなたはこの家の跡取りよ。将来は会社の社長になるの。そのためには今から学ぶべきことが沢山あるわ」

そう言った母親は忙しい人で傍にいることはなかった。
鉄の女と呼ばれている自分の母親はビジネス優先で、子供のことなどどうでもいいと思っているのか。彼の誕生日だろうと、高熱で苦しもうと傍にいることはなかった。

そんなあるとき少年は沢山のおもちゃの中から、ふわふわとした手触りの白いウサギのぬいぐるみを見つけた。
それは初めて見るぬいぐるみで、白いウサギにはプラスチックで出来た赤い小さな目がついていて、まっすぐ少年を見つめていた。

少年は思った。
おかしいな。こんなぬいぐるみ見た事ないぞ。いったい誰がここに置いたんだ?
それに少年は初等部2年生で、ぬいぐるみで遊ぶような年齢ではない。
ましてやウサギのぬいぐるみなど男の子が持つものではないと思っている。それなら彼の仲間の誰かが持ち込んだものなのか?だが彼の仲間たちの中には、ぬいぐるみで遊ぶような人間はいない。いやかつて類がクマのぬいぐるみを大切にしていたが、今はもう違う。
だとすれば、このぬいぐるみは一体誰のものなのか?だが少年はピンときた。

「そうか!これはねーちゃんのものだ!」

少年には姉がいて、こういったぬいぐるみを幾つか持っていたことを思い出した。
だが何故そのぬいぐるみがこの部屋にあるのか。ここは少年の部屋の奥にあるおもちゃが沢山置かれている小部屋。棚には超合金で出来た変形するロボットや航空機のミニチュア。そしてミニカーが数多く飾られている男の子らしい部屋だ。そんな金属やプラスチックのおもちゃの中にポツンと置かれていたウサギのぬいぐるみは、まったく雰囲気にそぐわない異質の存在で、ウサギも異空間に迷い込んだと感じているはずだ。

「ねーちゃん、なんでこのウサギ。こんなところに置いてったんだ?」

そう呟いた少年は、白いウサギを手に部屋を出た。




こちらのお話は短編です。

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2018
09.19

大人の喧嘩が終るまで<後編>~出逢いは嵐のように 番外~

司はつくしが働き始めたホームセンターに顔を出すのは今日で5日目。
だが妻がここで働き始めて6日経っていた。
来ることが出来なかった1日というのは初めの1日だけ。何をバカなことを。いきなり近くのホームセンターでパートタイムで週3日働くと言い出した時は冗談だと思っていた。
それにすぐに辞めると高を括っていた。そして当然だが周りは驚いた。
道明寺つくしとなった女がパートで働く?誰がそんなことを考える?
どう考えてもまともだとは思わないはずだ。だが本気だと気付いたのは2日目の朝。
司が出かける支度を終える頃、同じように出かける支度をしている妻の顔は確固たる決意を持っていた。だからすぐにそのホームセンターに手を回し、旧姓で雇われた女が誰であるかを告げ身分を明らかにしてボディーガードを配置した。

それに働きたいなら財閥の仕事をすればいい。彼女がやりたいと望む仕事ならどんなものでも用意してやることが出来る。だがホームセンターがいいと言った妻の意図は今では十分理解していた。

ゼウスにお嫁さんを、と言った妻の言葉にいいぞと言えなかった男は、何故あの時ダメだと言ってしまったのか。
それは売り言葉に買い言葉。




「俺よりゼウスの方が大切なのか?」

「ええそうよ。司よりゼウスの方が可愛いわよ。それにゼウスを去勢したら子供が出来なくなるじゃない。彼の人生を奪わないでよ!」

「ゼウスはヤリたい年頃だ。お前があの犬を甘やかすから付け上がってんだ!」

「付け上がってなんかないわよ。私とゼウスは相性がいいのよ!あの子がああいった行動を取るのは嬉しいからよ。….それにお嫁さんがいれば違うわよ!」

それにしても犬を去勢することで喧嘩になった夫婦というのが世の中にいるのだろうか。
だがこの喧嘩の原因が犬の去勢についてではないことを二人は知っていた。


「赤ちゃんが欲しい」

それが彼女の望み。
一晩で何度ものぼり詰めるようなセックスをしていたが、まだ子供は出来なかった。
非常に矛盾する話だが、牧野つくしと出会うまで結婚など考えたことなどなかった男は、当然だが子供のことなど考えたこともなかった。だが結婚し、それまでの考え方やライフスタイルが変われは、すればすぐにでも子供が出来ると思っていた。

だが1年近く経つがその気配が見られなければ不妊を疑うのは当然で、妊娠の可能性は35歳で急激に下がると言われているが、34歳で結婚した女はゼウスを去勢すると言ったとき、彼の人生を奪わないでと言ったが、その言葉に含まれた彼女の思いを理解出来ない訳ではなかった。

子供が出来るチャンスがあるなら与えてあげたいと思う女が、ゼウスの子供が生まれることで、寂しさを紛らわそうとしているのではないか。
そして道明寺という家に嫁いだ女は自分が存在する意味を考えたとき、子供が出来ないことに申し訳ないといった気持ちを持っている。
そして由緒ある家なら言われる血縁の絶対化。つまり血の繋がりを考えている妻が夫の子供を宿すことが出来ないことを悩み始めていることは気付いていた。
だが妻だけに責任があるとは言えない。不妊の原因の3割は夫にあると言われているからだ。

どことなく感じていた妻の家族に対する思い。
犬と言えど今では家族の一員のようにゼウスを可愛がっている妻にすれば、犬でもいいから家族が増えることを望んでいる。そう考えてもおかしくはないはずだ。
だから司は彼女の気持を汲んでやるつもりでここに来た。
売れずに残っているメスのドーベルマンを買い、ゼウスの妻として迎え入れるつもりでここに来た。



「つくし。お前の気持は分かった。ゼウスに嫁さんをって気持ちは分かった。だからここのペットショップにいるドーベルマンをゼウスに連れて帰ってやろう。あいつを去勢することはしない。あいつにも家族を持たせてやればいい。何匹でも仔犬を産めばいい」

司はそう言ったが、しゃがみ込んだ姿勢の女は顏を上げることはなく苗が入ったポットを並べていた。

「つくし。悪かった。俺が悪かった。お前にとって、いや俺たちにとってゼウスは大切な家族の一員だっていう思いは十分理解しているつもりだ。それなのに去勢すればいいと言った俺が悪かった。あいつは家族だ。それに俺がいない間いつもお前の傍にいてお前を守ろうとしているあいつは立派な番犬だ。自分の役割を心得た立派な犬だ」

司が長い出張に出たとき、妻が同行することもあったが、世田谷の邸で待つことが殆どだ。そんなとき傍にいたのはゼウスだ。

司は妻の現状に向き合っているつもりだったが、子供が出来なことをふたりで真剣に話し合ったことはなかった。だから伝えていなかった。たとえふたりに子供が出来なかったとしても愛している、愛し合っていることに変わりはないのだから、ふたりの遺伝子が受け継がれなくてもいいと思っていた。ふたりで同じ人生を歩むことが重要であり、生命の誕生は自分たちの存在があってのことであり、子供を誕生させることが運命として背負わされているのではないということを伝えたかった。

「つくし…..」

そう言いかけたとき、しゃがんでいた妻が立ち上がり司の方を見た。

「司。私ね、私たちの間に赤ちゃんが出来ないのは私のせいだって思ってる。私たちの組み合わせが悪いんだと思えてならないの。だから私じゃなくって他の人。若い女性なら違うような気がする。このままじゃ司の跡を継ぐ人間がいなくなっちゃう。そのことを考えたらお母様に申し訳なく感じるの。それに司にも申し訳ないと思えるの」

そこで言葉は途切れ、そして瞳はいつもより弱々しく司を見ていた。

「つくし。俺たちは子供がいなけりゃどうにかなるような関係じゃないはずだ。それにそんなに真剣に考えるな。もっと気楽に思えばいい。お前は俺と結婚したんであって家と結婚したんじゃねぇだろ?お前は子供を産むための機械じゃない。それにたとえお前がおっぱい一個になったとしても俺は全然構わねぇ。もしそうなったとしても、その姿で何十年でも一緒いたいと思う。いいか?俺はお前という人間と結婚したんであって一緒に過ごせることが幸せだと思ってる。実際俺たちは今までそれで良かったろ?だから子供のことは気にするな。子供がいることが人生の全てじゃないはずだ」

司は結婚するまで夫婦としての在り方といったものが何であるかなど考えたことがなかった。だがそれはどこの男も同じはずだ。だが今は違う。夫婦のどちらかが精神的に満たされていない状況で過ごすことがいいはずがない。だからその状況を改善するためならどんなことでもすると決めていた。そして今は自分の思いが妻の心に届いてくれることを祈った。

「男と女の関係は家族になったとしても変わらないはずだ。子供を産むことだけが本当の夫婦になることじゃないはずだ。それに子供がいなくても深い絆で結ばれている夫婦はいる。子供がいなきゃふたりの間に安定化が図れない夫婦ならそれは夫婦じゃないはずだ」

そこまで言って司は黙って自分を見つめる女に、
「もし誰かにお子さんはって言われたら、余計なお世話だって言ってやれ」
と吐き捨てるように言って今度は優しく言葉を継いだ。

「子供のいない夫婦の在り方を他人に指図されるつもりはない。それに子供を間に挟まなくても夫婦として、男と女として一対一で向かい合うことが出来ることは悪いことじゃないはずだ。だから子供のことは気にするな。お前はお前でいてくれればそれでいい」

その言葉に曇っていた表情がわずかに和らいだのが感じられた。
そしてその顏には話し始めた時と違って幸福感が感じられ、口を開いた女は「うん」と言って小さく頷いたが、それは彼の言葉が妻の心に届いた証拠。そんな妻を司はぎゅっと抱きしめたが、胸に押し付けられた顔からは涙が流れていた。
そして暖かい小さな身体は背中を撫でる夫の手のやさしさに、こらえていたものを吐き出していた。











「あきらさん。どうやら大人の喧嘩は終わりを迎えたようです」

「お!そうだな。それにしてもホームセンターであの二人が抱き合う姿を見るとは思わなかったな。それにどんな会話が交わされたか知らねぇけど、司がやることは相変わらず派手だ。見ろよアレ。彼女を抱上げたぞ。おいおい。あのまま車まで行くようだぞ?今日の彼女の仕事はどうなるんだ?」

あきらが見つめる先にいるふたりは番(つがい)のオオカミよろしく互いの顔を突き合わせじゃれ合っているように見えた。そして妻を抱いた男はボディーガードたちを従え堂々とした足取りであきらと桜子の視界から消えた。














戌の日の水天宮の境内は、大勢の参拝客でごった返していた。
そんな中、本殿の前で背の高さと美貌がひと際目立つ男が手を合せていた。
妻が妊娠していることが分かったのは、ゼウスの花嫁のキナコが妊娠していることが分かったのとほぼ同じ。犬は安産の神様と言われているが、どうやらキナコが二人に赤ん坊を運んで来てくれたようだ。そしてキナコは7匹の仔犬を産んだ。

司は合掌を解くと、隣に立つ妻に目をやったが、まだ手を合せ瞑目している妻は我が子が丈夫で安全に生まれることを祈っていた。
妊娠5ヶ月の戌の日に行われた安産祈願。
晴れた休日の空に輝く太陽は、手を取り合い境内を歩く二人の姿を柔らかく包んでいた。





< 完 >

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2018
09.18

大人の喧嘩が終るまで<前編>~出逢いは嵐のように 番外~

「知ってたら教えて欲しいんだが?」

「はい。何でしょう?お答えできることならお答えしますけど」

「多分知ってるはずだ。桜子は彼女のストーカーだったんだろ?」

「いえ。そういった訳ではありません。でも遠からずも当たってますね。私としても自覚は十分ありますから」

「そうだろうな。桜子は彼女のことにはやけに詳しいもんな。それでどうして道明寺ホールディングス副社長夫人がこんなところで働いてるんだ?」

「こんなところとは?」

「だからなんで彼女がホームセンターで働いてるのかってこと。それも彼女の周りにいるのは客じゃなくてボディーガードだろ?服装こそカジュアルだが、あれはどう見ても商品を見てるっていうよりも彼女を見てる….つまり彼女を見張ってるってバレバレだ」

あきらが指差した方向にいるのは、四人の男性と二人の女性。
全員ラフな服装でそれぞれに植物を眺めたり、少し離れた場所に置かれているペットの餌を見ていた。だがそれは客を装ったボディーガードだ。
つい先ほども、展示されていた鉢がコンクリートの地面に落ち派手な音を立て割れた瞬間、全員つくしの周りに駆け寄り周囲に鋭い視線を配っていたが、状況を確認すると再び元いた場所に戻って行った。

「そうですか?私にはお客さんに見えますけど?ほら。ちゃんと買い物してるじゃないですか。あ、今の人、菊の苗を買いましたよ?植えるんでしょうか?でもさっきは犬の餌を買ってましたけど、あれはゼウスの餌かもしれませんね?」

あきらと桜子はつくしが届いたばかりの大量の花の苗を所定の場所へ並べているのを眺めていたが、二人がいるのはホームセンターの敷地内にあるアイスクリーム専門店。
そこの窓際の席に陣取りせっせと苗を並べる女性の姿を眺めていた。

「だから桜子。どうして彼女がホームセンターで働いているのか理由を教えてくれ」

道明寺夫妻の馴れ初めから桜子と付き合い始めたあきらは2週間ほどロンドンにいて二日前に戻って来たばかりだった。
そして土産を持ち、世田谷の道明寺邸に出向うと友人の携帯に電話をしたところ、今は取り込んでいると言われ電話を切られた。そしてその様子が尋常ではないほど取り乱していたのが感じられ、桜子に電話をして道明寺夫妻に何があったのかと訊いた。すると、

『あの二人。喧嘩をしてるんです』

と、ひと言返されたが、理由は教えてもらえなかった。
だがここに来れば分かりますからと桜子に呼び出され、道明寺夫妻に何があったのか話を訊こうとしていた。

「でもなんで喧嘩をしたからってホームセンターで働いてるんだ?それも苗とか花とか担当してるって、もしかして彼女は植物に興味があるのか?」

「ええ。興味があると言えばあると思いますよ。でも興味があるのは植物というよりも野菜ですけどね。先輩の弟さんは長野の農協にお勤めされていて営農指導員として働いています。だから同じ緑でも興味があるとすれば野菜です。今までマンションでしたけど結婚してからあの広いお庭で野菜作りを始めましたから本人も興味があるんでしょうね」

「へぇ。野菜作りねぇ….。人は意外な趣味があるっていうが、司の奥さんの趣味は野菜作りだったとは知らなかったな」

あきらは結婚式のとき会った牧野つくしの弟の日に焼けた顔を思い出し、なるほど弟は農業青年だったからその影響かと頷いていた。

「ええ。私もまさか先輩が野菜作りが好きだとは知りませんでした。でもあれだけ広いお庭ですから、道明寺さんも気にしてないと思いますよ」

「そうか。それで何で彼女はここで働いてる?って言うかよく司が許したな?」

道明寺ホールディングス株式会社副社長、道明寺司を夫に持つ女がホームセンターで働く。それが意外性を持つことも勿論だが、週に数日間とは言えここでこうして働くということの意味が分からなかった。

「もちろん大反対です。でも先輩は強行突破したんです」

桜子はそう言ったが、あきらには強行突破してまでホームセンターで働きたい理由が全く分からなかった。

「しかし強行突破って…..だから一体何が喧嘩の原因だ?」

「ゼウスです」

「ゼウス?ゼウスってあのドーベルマン犬か?」

ゼウスと言えば道明寺邸で飼われている犬で、元々は主を守るため邸の警備のため番犬として飼い始めた犬だ。だが牧野つくしと出会い、彼女に飛びつき抱き合って以来、彼女のことを大好きになった犬は今では大きな成りをした愛玩犬となり、彼女の後をついてまわる始末だ。

「はい。そうです。ゼウスのことで二人は喧嘩をしたんです」

「おいおい、たかが犬のことで喧嘩か?夫婦喧嘩は犬も食わないって言うが、あいつらが喧嘩をした原因は犬か?」

「ええ。そうです。でもたかが犬って言いますけどゼウスは今では牧野先輩のペットですから大切な犬ですよ。そんなゼウスを道明寺さんは去勢するって言ったんです。それが喧嘩の原因です」

理由は様々あるが犬の去勢は珍しいことではない。
だから驚くことではないのだが、邸で飼っていた警備犬が今では女主人のペットなら、その犬に対する愛情は深いものがあるはずだ。だがその愛情が故に去勢をすることもある。
それは病気であったりするがいったいどんな理由があるのか。

「でもなんで去勢することにしたんだ?」

「それが…..ゼウスが先輩にマウンティングをするようになったからです」

「マウンティング?交尾する時の恰好をするってことか?」

「ええ。犬は人の足やクッション相手に腰を振るじゃないですか。道明寺さんはあれを先輩にしているところを見ちゃったんです。ゼウスが前足で先輩の足にしがみついて腰を振っているところを見たんです」

オス犬は何故か人間の女性の足にしがみつきたがる。
それは女性独特の匂いやホルモンに興奮しているからだと言われるが、本当のところはよく分からないと言われていて、女性の方が男性より優しいからだという話もある。

「おい…..そんなことで去勢するって?まあ犬とはいえ自分の嫁に他のオスがマウンティングしているのを見たらいい気はしないかもしれねぇけど、そんなことで何も去勢する必要があるのか?あそこの他の犬がどうだか知らねぇが、もし他も犬も去勢してるならゼウスがそうなったとしても仕方がないと思うがな」

あきらはゼウスの顔を思い出しながら言ったが、あの犬が女主人を見上げる姿は信頼に満ちた眼差しで種族を越えた愛が感じられた。

「でも犬のマウンティング行為は性的な興奮とは違うことが多いんです。あれは遊んで欲しい。遊んでくれて嬉しいという気持ちの表れで興奮してああいった行為になるらしいんです。先輩もマンションで暮らしていた頃お隣のお宅のワンちゃんで経験してますからそれを知っています。だから気にしてなかったんです。でも道明寺さんにすれば先輩の足にしがみついて腰を振っているゼウスに男としてのライバル心が湧き上がったってことです」

確かに犬が人間の女の足にしがみつき腰を振る姿は積極的に見たいとは思わない光景だ。
そしてそんな場面に遭遇すると、なんとも言えない恥ずかしい雰囲気になる。

「なるほどな。自分の女にちょっかい出す男は例え我が家の犬でも許せない。犬に嫉妬した男はその犬を去勢するって言った訳か。それでそれに反対している嫁と喧嘩になったってことか。でもなんでホームセンターで働いてんだ?」

そうだ。
それにしても何故ホームセンターで働いているのか?

「ここのホームセンターはペットショップも経営してるんです。先輩はゼウスのマウンティングが増えたのでそこにいるドーベルマンの女の子をゼウスのお嫁さんにしようと思ってたんです。その犬は仔犬とは言えなくて、行き遅れたっていったら言葉が悪いんですけど、売るにはちょっと大人になり過ぎてるって言うのか。はっきり言って売れ残ってる犬なんです。とにかく、先輩はその子を見つけてゼウスのお嫁さんにしようと思ってたんです。だからゼウスが去勢されるなんてとんでもない話なんです。つまり先輩からすればここで働くことは、道明寺さんに対する抗議なんです。ゼウスを去勢しない。ここのペットショップにいる女の子のドーベルマンをゼウスのお嫁さんとして迎え入れてくれる。先輩の望みはそれだけです」

「へぇ。夫婦のことはそれこそ夫婦じゃなきゃ分からんことがあるが、ゼウスに嫁さんが来れば彼女に対するマウンティングも終わるんだろ?それなら犬が一匹増えたところでいいだろう。それなのに司はそれを認めねぇって?それってアレか?いいぞ、が言えないだけ。そのタイミングを逃したってことだろ?」

「ええ。簡単に言えばそういうことです。だからどうしてそんなことで喧嘩をしたのか分からないんです。本当に馬鹿みたいな喧嘩です。でも見てて下さい。もう少しすると面白い光景が見れますから」

あきらは桜子がアイスクリームが入ったカップをテーブルに置き、視線を巡らせた方向を見た。

「何だよ?面白い光景って?」

「ほら。あれですよ、あれ見て下さい。喧嘩相手の登場です」





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2018
09.16

金持ちの御曹司~Addicted To You~

見つめるだけでため息が出るほどの美男子が頭の中で何を考えているかなど分かるはずないのだが、妄想とは脳内でお産をすることだと誰かが言った。
だから司が日々頭の中で繰り広げることは、かなり大変なことであることは間違いないのだが、色々な事も慣れると耐性がつき、それが美味しく感じる劇薬のようなもので、彼の秘書はそんな男にも慣れていた。
だからいつものように頭の中で仕事以外のことを考えていたとしても、それはそれで必要悪として認めているようで、今も何かを考えている上司のことを気に止めることなく執務デスクに書類を置くと静かに出て行った。

そしてこの部屋の主は毎日ネットで今日の運勢を調べていた。
するとそこに書かれていたのは、『今日の水瓶座の一日は最高にハッピーです』の文字。
そして9月14日はメンズバレンタインデーと呼ばれる男性から女性に下着をプレゼントして積極的に愛を告白する日だったが、牧野つくしと知り合ってから毎日がバレンタインデーな男にとってそんなものは関係ないのだが、それでもそのイベントに乗ってやろうと思った。

恋人に下着をプレゼントする。
それは普通の男にとっては勇気がいることだが、司にしてみれば愛しい女の下着を選ぶことは当たり前のことであり、何も勇気が必要なことではない。
そう言えば昔。女性用下着のカタログを手にしていた司を見た恋人は、まるで変質者を見るような目で彼を見たことがあった。そして執務室から走って出て行ったことがあった。

だが突然見知らぬ男から下着を贈られるよりはマシなはずだ。
それに嫌な男からの下着のプレゼントは性的な嫌がらせだと言われること間違いない。
それに通販で彼女の下着を買う訳にはいかない。やはり自分自身の目で見ることが求められる。だがだからと言って自分の足でランジェリーショップに行くことは躊躇われた。だからランジェリーショップを世田谷の邸に呼び寄せた。そこでわき目もふらず、それこそ一心不乱に、熱心に選んだ。そして手触りは勿論のこと、縫製も入念にチェックした。
そして愛しい女に渡したが、それは司の下着とお揃いの紫のランジェリー。
箱を開けた女は一瞬戸惑ったが、照れながらもありがとう、と言って受け取った。
そしてそこから先は、恋人なら当然の夜を過ごした。



そんな週末が開けた月曜日。
西田が置いていった書類を手にした司は目を通していた。
その紙に書かれていたのは、チャリティーの文字。
道明寺ホールディングスは慈善活動に力を入れていた。だからチャリティーに反対があるはずがない。ただ、そこに書かれていた内容が問題なのだ。
それは経団連に名を連ねる企業の社長婦人たちが開催するチャリティーパーティーへの出席を求める内容。それも今夜。
そしてチャリティーの趣旨がどんなものかを確かめるため読み進めていくうちに、眉間に皺が寄った。
いや。趣旨が問題ではない。ただ、そのパーティーでオークションが行われ、その収益金が寄付されることになるが、問題はそのオークションだ。
オークションと言えば、何かを出品して一番高い値を付けた買い手に売却することだが、何を考えているのか。社長婦人たちは、あろうことか経団連に属する企業の独身経営者たちのうち、見目麗しい男たちをオークションにかけ、一番高い値をつけた落札者がその男たちと1日デートが出来るといった余興を考え付いた。
つまり司の元に届いた案内に書かれていたのは、彼にオークションに出品される男になれということだ。

司はこれまでの人生で大勢の女性から求められた。
それは幼い頃からだが、成長するにつれ女が傍にいることにイライラするようになった。
そしてそのイライラは周囲に向けられ、女に触れられることに嫌悪を感じるようになった。
だがそれは牧野つくしと出会ってから変わった。彼女にだけは触れられることを求めた。
そしてまたその逆で触ったりかわいがったりすることが好きになった。
だが他の女は別だ。そして今回その余興を考え付いたのは、自分の母親であり社長である楓とさして年齢の変わらない婦人たち。いやそれ以上で老婦人と言ってもいいはずだ。

確かに、今まで経団連のパーティーに出席するたび言われていた。

「道明寺さん。いつも素敵ね。あなたみたいな若くて素敵な男性とデート出来るなら夫とは別れてもいいわ」

「あら奥様。わたくしだって同じですわ。本当に道明寺さんは素敵。楓社長はあなたのような素敵な息子さんがいらしてさぞや自慢のことでしょう。本当にねぇ。わたくしがあと50歳若ければあなたと結婚したかったわ」

だからといってまさか司をオークションにかけ、競り落とそうと考えるとは思いもしなかった。それに今回のことはいくらチャリティーとはいえ、自分の身が危険に晒される。それがいいはずがない。
だがそこに書かれていたのは、『楓社長からはご了承を頂きました』の文字。
母親であり道明寺ホールディングスの社長である楓が、我が子をオークションにかけることを認めたというのだから、一体母親は何を考えているのかと問い問いただしたかった。
だからすぐさま電話をかけたが、

「いいじゃない。これはチャリティーよ。我慢なさい。業務命令よ。いやなら自分でなんとかなさい」

そうだ。それなら牧野つくしをオークションに参加させればいい。
金なら幾らでも出す。だから牧野つくしに自分を落札させればいい。
どちらにしても、香水の匂いがむんむんと立ち込める中、大勢の女たちの前でステージに立たされ、値踏みされではないが、向けられる視線は恐ろしいものがあるはずだ。
だから司はつくしに自分を落札させ、早々にステージから立ち去るつもりでいた。














「ねえ、ちょっとつくし。司がオークションにかけられるってどんな気持ち?」

滋はそう言って隣に立つつくしの脇腹を肘でつついた。

「うん。チャリティーだし、そのお金で子供たちが教育を受けることが出来るならいいと思うわ」

今夜のパーティーの趣旨は、経済的に恵まれないと言われる家庭の子供たちが教育を受ける権利を守るために催された。

「つくし。あんた呑気なこと言ってるけど、自分の彼氏が別の女とデートすることを認めるの?たとえチャリティーだとしても、あの男を1日自由に出来るのよ?落札された男は落札した女の言うことを訊くのよ?それでもいいの?」

「うん。でも食事に行ったり買い物に付き合ったりするくらいでしょ?」

つくしは会場にいる大勢の女性たちを見渡したが、ここにいるのは経団連に所属する企業の社長夫人や重役婦人で彼女たちの年齢は高かった。

「あんたねぇ。甘いわよ。ここにいるのは年寄りばかりじゃないのよ?見てよ。ほら。
あそこにいるのは若い女。パパのお金で司を買おうとしてるのよ。あの女なら1億だって平気で出すわよ。うんうん。それ以上も出すつもりでいる。それに見てよ。あの髪の毛ムラサキに染めてる女性。美容業界の大御所で70歳よ?彼女。司を落とす気でいるんだから何考えてるのかしらね。それに司が出ることをしぶしぶ認めたのは、つくしが落札してくれることが分ってるからよ。そうじゃなかったら絶対に参加しなかったわよ」

滋とつくしは、司に頼まれ彼を落札するため、大金を用意していた。というよりも、この金で自分を落札してくれと司から渡された。
そして二人は司の希望なのだから叶えてやるのが恋人の役目であり友人の役目だと心得ていた。

やがてオークションが始まり数人の若い企業経営者たちが落札され、ステージを去り、最後の目玉と言われる司の番がやって来たが、タキシードを着た司が登場すると黄色い歓声とため息と何とも言えない声が口々に漏れた。そして司会者が、

「こちらは道明寺ホールディングス日本支社支社長の道明寺司さんです。いくら出しても惜しくない男性です。本日の目玉です。こちらの男性と1日デートが出来る権利は誰のものに?!さあ皆さん!どうぞ値段をお示し下さい!」

と叫んだ途端、あちこちから手が上がり天文学的な数字が示された。
そしてその金額はどんどん上がり、まるで海外の有名画家が描いた絵画のような値段を付け始めた。

「まあねぇ。司とデートが出来る権利だもんねぇ。いくらお金が掛かっても欲しいわよねぇ。もしあたしがまだアイツのことが好きだったらこれくらいは平気で出してるわね。それにしても司のオークション。他の男達とは全然熱気が違うわよね。何しろ類くんも西門さんも美作さんもいないんだもん。F4が全員揃えば、それはそれで面白い催しだったと思うけど、うまい事逃げたわね。その分みんな司に集中してるから目の色が違うのよね!いや、ホント傍から見てると本当に面白いわ!それにあの司の顔見てよ!こっち睨んでるわよ!あたしたちが金額提示しないから怒ってる!あの顔見て!久し振りにアイツの青筋見たわ!でもそろそろアイツを落札してやらないと、本当にどこかの女に落札されちゃうわね。で、幾らにする?」

滋はそう言って隣に立つつくしを見た。

「…..滋さん。いいんじゃない?」

「え?何?」

「あのね滋さん。一度くらい他の女性とデートしてみるのもいいんじゃないかと思うの。それにこれはチャリティーでしょ?だから世の中のためにこのお金が使われるならいいと思うの」

「なに言ってんのよつくし?あんたがお金を払うってもそれは司のお金でしょ?
それにあんた自分の彼氏が他の女とデートしてもいいって言うの?それに見て見なさいよ!今一番高い値を付けてるのは、ムラサキの髪の毛のおばさんじゃなくてあの若い女よ?パパのお金を好き放題使うことが出来るあの女。司のことを狙ってるのよ。あんな女が司の傍にいてもいいの?いい訳ないでしょ?ほら、そろそろ落札してやらないと本気で怒るわよアイツ。でもさ。アイツが見世物になるってこんなに面白いとは思わなかったけどね」

滋はステージの上から自分達を睨む男に笑いながら大きく手を振ってみせたが、男は酷く恐ろしい顏になって彼女を睨んでいた。

「滋さん。だってこれはお母様から言われたことでしょ?それに道明寺が道明寺司として果たさなければならない義務だと思うの。お金のある人間が社会のためにお金を使うことはいいことでしょ?その為に少しくらい犠牲になるのは仕方がないと思うの。それに道明寺から預かったお金も寄付すればいいでしょ?」

「ちょっとつくし。アイツあんたに落札されると思ってるから出た訳で、もしそうじゃなかったら絶対に逃げてる。宇宙の果てまで逃げてるはずよ。だってたとえビジネスでも他の女と1日中一緒にいたことないでしょ?あたしは慣れてるっていうか、女として見てないから一緒にいてもいいみたいけど、他の女と1日中一緒にいることが耐えられると思うの?それにつくし、本当にいいの?」

そんな二人の会話をよそに、ステージの上では司会者が飛び交う金額に応えていた。

「さあ皆さん!道明寺さんと1日デートが出来る権利ですよ!一生に一度のチャンスです!もう二度とこのようなチャンスはありません!さあ。金額をおっしゃって下さい!」

すると女たちが口にする金額は益々跳ね上がり、天文学的な数字はさらに値を上げた。

「はい!それでは決定しました!道明寺さんとの1日デートする権利はそちらのご婦人に決定です!」






オークションが終り、控室の椅子に腰かけた司の前に現れたのは、ムラサキの髪の毛の女。

「司さん。よろしくね。私のことは順子って呼んで」

自分の母親とさして歳の変わらないその女性は香水の匂いをプンプンとさせ、彼の手を取ったが、濃厚過ぎるその匂いに吐き気を覚えそうになっていた。

「あらいいのよ、遠慮しなくても。順子って呼び捨てで。私、あなたとキス出来るなんて夢みたいよ。ほら。遠慮しなくてもいいのよ。キスしていいのよ」

首に派手なネックレスを巻き付けた年老いた女は、そう言って司に迫って来たが司は厭だった。自分の母親ほどの女とキスをするなんてとんでもない話だった。
だが女は司の手をしっかりと握り離そうとはしなかった。そして司はまるで金縛りにあったように身体が動かなかった。
そして何故か声も出なかった。

「まあ司さん。緊張しているのかしら?いいのよ。そんなに緊張しなくても。私がリラックスさせてあげるわ」

そう言った女は司のタキシードの上着を脱がせ、タイを外し、シャツのボタンをひとつひとつ外し、カマーバンドを慣れた手つきで外し床に落とした。
止めろ。止めてくれ。
この状況は何時だったが夢の中で類に迫られたことがあったが、あの時の状況と似ていた。
だが何故自分がこんな状況に追い込まれているのか分からなかった。

「あら素敵。あなたのこの若さは私には無いものだけど、今日一日は私のもの。ねえ司さん、キスして頂戴」

女はそう言って司の唇に真っ赤に塗られた唇を寄せて来た。
そして司に迫り来る顏はムラサキに染められた巻き毛に覆われていて、やがて唇に感じたのは、冷たい感触とぺちゃぺちゃという音。





ぺちゃぺちゃ?


「ワン!」

「あ~ごめんね司。順子ちゃん司のことが好きみたい。司ってよっぽど犬好きな顔してんのね。いやそうじゃないわよね。動物のメスは全部司のことが好きになるんだもの。ホント。霊長類最強のイケメンって司のことね!」

ソファで横になっていた司の身体の上に乗っていたのは、滋が連れて来ていた頭の毛をムラサキに染めたトイプードル。小さな犬は司の上で彼の顔を舐めていた。

「……滋。なんで会社に犬連れて来てんだよ!」

「え~。だって独りで車の中に残すのは虐待よ。それに順子ちゃん寂しがり屋だし、司のこと大好きだし。会わせてあげようと思ったのよ。それでさ。例のパーティーのことだけど、どうする?やっぱりあたしが司を落札しようか?だってチャリティーだからつくしは絶対に落札しないわよ。でも本当は司が他の女とデートすることは厭だと思うの。でも言えないのよね。あの子は人助けになることなら喜んで犠牲になる子だから」

そうだ。
司もそれを分かっているから滋に頼んだ。
そして司は滋に金を預けると言ったが、必要ない。私も寄付したいから寄付するのであって、司がオークションにかけられるという名目で寄付することが面白いと言った。

そして勿論司も金を出すつもりだ。
人の役に立つことをしたい。
まさか自分がそんなことを思うようになるとは思わなかったが、それが企業経営者の義務だと考えられるようになっていた。

「でさ。あたしが司を落札したら、司とデートする権利はつくしにプレゼントするから、その日はつくしの言うことを訊くのよ?つくしが司を落札したことになるんだからね。まあねぇ。そうは言っても司のことだから文句なしにつくしの言うことは訊くんだろうけど。その日一日は、文字通り犬になってつくしの言いうことを何でも訊いてあげること。あの子。ああ見えて色々と無理してることもあるんだからね?」

「ああ分かってるつもりだ」

司は滋が言いたいことを理解していた。
今では週刊誌に書かれることは滅多にないが、それでも司について根も葉もないことが書かれることがあった。それはどこかの企業のご令嬢と付き合っている。一緒に歩いているところを見たといった話から、婚約したといった話が書かれることがあった。
だがそれは全てが嘘であり、週刊誌が書くことは全部デタラメなのだが、彼女を傷つける事もあった。だからその埋め合わせをするための1日が欲しかった。

「ほら。じゃあさっさと準備しなさい。急なことだけどパーティーは今夜よ。でもつくしの準備は出来てるから心配しないで。うちの車の中で待ってるから拾ってあげて。それから、西田さんがギリギリまで知らせなかったのは、司が逃げると困るからなんだけどね!
それから司がつくし以外の女性とたとえチャリティーだとしても一緒に過ごすことが出来ないってことは小母様もご存知よ!それから今夜はドーンと寄付するから心配しないで!だから司はつくしのものだからね!」







寄付をするという行為は売名行為だと言われ、日本に根付かないと言われているが、大河原も道明寺も違う。何しろどちらの会社も今更名前を売る必要がない知名度を持つ企業だから寄付することに名前を伏せることはない。むしろ名前を出し、他の企業からの寄付を煽るではないが、寄付をすることが偽善だという考え方を無くさせようとしていた。

それにかつて日本にはボランティアという概念が無かった頃があった。
だが今ではボランティアという言葉はごく当たり前のように使われるようになった。
アメリカでは幼い頃からボランティアをすることが当たり前だと教育を受ける。
それは大切なことはみんなでやっていくべきだの精神からだが、司はその教育をアメリカ人の英語教師から訊かされたことがあった。だがその頃は偽善だと思っていたが今は違う。一人で出来ないことも大勢の人間が集まれば違うということを知っている。

そして他者には寛容であれと教えてくれたのは牧野つくしだ。
心が広くて他人の言動を受け入れる。だがそれが仇になったこともあったが、概ね上手くいっているのは、彼女の人徳がそうさせるのだ。

そんな女に夢中になって早ン年。
夢中というよりも中毒だ。そしてこの中毒を緩和する薬は無い。
だが無くて結構。緩和される必要ない。
永遠に牧野つくしに夢中でいたい。中毒でいたい。
そんな男は執務室の扉を開けると彼女が待つ車に向かって廊下を走り出していた。




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