2017
07.21

時の撚り糸 2

Category: 時の撚り糸
司がNY本社ビルに戻ったとき、待ち構えていたのは、大河原滋だった。
滋が司の元を訪ねて来るのはいつも突然だ。彼女は司にとっては遠い昔、親が勝手に決めた結婚相手だった。だが二人が結婚することはなかった。
司は自分と似たタイプの滋と結婚することは出来ないが、友人の一人としてなら付き合うことが出来た。

まるで男のような名前を持つ女は、その名前が表すように男勝りの性格だ。
自分に正直で曲がったことは嫌い。善人ぶって嘘臭いことを言うこともなく、本音で話しをする女。そんな女だからこそ、司の傍にいても許されるということを、彼女も知っていた。

執務室の前で待ち構えていた女は、司に続いて部屋に入ると、開口一番言った。

「相変らずいい男よね?司は?」

昔からいつもその台詞を司に向かっていう女は、応接セットのソファーに深々と腰を下ろした。そして手にしていた鞄をソファーの上、身体の傍に置く。それからくつろいだ様子で司を見ていた。

その様子に司は呆れたように口を開く。

「滋。なんだよ?おまえは暇かもしれねぇが、俺は忙しいんだ。用があるならさっさと話して帰ってくれ」

滋の視線の先にいる男は、執務デスクにどかっと腰を下ろし、書類に目を通し始めていた。

「えーっ!司ひどい!なによ、その態度!それが友達に向かって言う言葉なの?あ、でも例の会社、司の物になったのよね?おめでとう!」

相変わらずハイテンションな女は嬉しそうに言った。
が、その声は滋とは対照的な司の低い声にかき消された。

「滋。誰からその話を聞いた?」

司は顔を上げ、滋を見た。
つい30分ほど前に纏まったばかりの話をする女は、やはりただの女ではない。
大河原財閥のご令嬢ではあるが、今では石油関連事業会社の役員を務める女は、髪型はショートカットで紺のビジネススーツに身を包み、赤い口紅を塗っていた。

「え?ああ。相手の会社の人から。だってあの会社、うちとも取引があるからさ、興味あったのよ。でも司のところが買ってくれたんだったら安心かも。それにうちの会社、あの会社の株持ってんのよ、だから司の所のグループに入ってくれたんならこの先も安泰でしょ?でも司のことだから、いつまでもそのままの形で持ってるとも思えないけど?いきなりってこともないだろうし、ね?」

冗談めかして言ったが、ビジネスはシビアだ。
滋は司が買収した会社をいつまでも同じ形で持っているとは考えていない。そしてどうするかは、彼の心の中では決まっていた。

「ああ。そうだ。だから忙しいんだ。おまえ、友達なら仕事の邪魔すんな。それからマジで用があるなら早く言ってくれ」

司は再び書類に目を通し始めた。
滋に初めて出会った頃、彼女の声が耳障りでしかなかった。だが、今はそうではないが、それでも仕事中に威勢の良い喋りを聞かされるのは勘弁して欲しいのが本音だ。

「え?ホント?話聞いてくれるの?なんだ司、今日は機嫌がいいんだ。やっぱりビジネスが成功すると嬉しいよね?じゃあ聞いてくれる?あたし今付き合ってる人と別れようと思うの。司も知ってるでしょ?あたしの彼氏。しかし、どうして別れようって言って泣くかな?ホント信じられない」

司は滋の話など聞いていなかった。
自分が男と別れるからといった話しを、わざわざ他の男に聞かせる女がどこにいるかと思っていた。だが、滋という女はそんな女だ。相手が男だろうが友人だと思えば、性別は関係ないといったところは昔からあった。

「あたしも今までパワフルな男ばっかりと付き合ってたでしょう?だから今度は少し違うタイプがいいかと思って選んだけど、やっぱり物足りないっていうの?司みたいなダイナミックさが足りないっていうか。ほらあたしって司のそのダイナミックでパワフルなところに惚れた過去があったじゃない?」

滋の行動の大半は、好奇心から端を発していることが殆どだが、司を好きになったのは、大財閥の跡取りにしては、気骨があったからだ。そして喧嘩上等といったワイルドな態度も彼女が司を好きになった一端。

「ねえ、司?聞いてる?」

滋は反応がない男に聞いた。

「・・滋。おまえ、自分の男の話をしに来たんなら帰れ。俺はおまえの別れる男の話なんぞ聞きたかねぇよ」

司は顔を上げることなく答えた。

「え~。そんなこと言わないでよ?あたしだって別に好き好んで別れようって思ってるわけじゃないの。でもなんだか彼といると、こっちが疲れるって言うの?どっちが女か男か分からなくなるのよ。やっぱり女だから守ってもらいたい事もあるじゃない?それがね、全然あたしの方が強いっていうの?それって男としてどうなのって思うこともあるのよ」

司は一人で喋る女をそのままにしていたが、滋の言葉の中に懐かしいフレーズを耳にしていた。
『女だから守ってもらいたい事がある』
意味は全く正反対で違うが、守ってもらわなきゃいけないような女じゃない。と言った言葉を思い出していた。

「・・それでね。実は司に渡したいものがあって送ろうかと思ったんだけど、やっぱり手渡した方がいいと思って持って来たの」

司は滋が手渡しした方がいいと言ったものに心辺りはなかったが、好奇心から聞いてみた。

「なんだ?書類ならわざわざおまえが持ってくる必要なんてねぇだろ?そういや大河原で中東の石油精製プラントの建設を請け負ったそうだが、大丈夫なのか?また昔みてぇに途中で頓挫したなんてことになったら大損だぞ?」

中東の政治情勢は複雑かつ不透明で、いつなんどき戦争が始まってもおかしくない。
事実、ある国では内戦状態が長く続き、そしてまたある国と国の間では宗教による対立が激しさを増していた。

「あはは。あれは日本企業が持ってた採掘利権を取り上げられたから、頓挫しちゃったわけで、今度は油田自体が相手国の持ち物だから大丈夫。それに日本のエンジニアリング技術は世界一だから、あっちとしてもうちのエンジニアリング会社に頼りたいわけよ。だから大丈夫。・・じゃなくて!司、話はそんなことじゃないのよ」

滋は身体に沿わすように置いていた鞄の中から封筒を取り出した。
それは薄いピンク色をした女らしさを感じさせる小さな封筒。
まさか今更ラブレターではないだろう。だがその小さな封筒の中にビジネス絡みの何かが入っているとは、とても考えられなかった。しかし、滋という女は何を考えているかよく分からない女だ。いったいその封筒の中身は何なのか?

「司。あたしが今日来たのは、仕事の話じゃないの。それに別れる男の話でもないの」

滋は封筒を手に司に近寄ると、デスクの上に置いた。

「はい司。それ開けて?」

執務デスクの真正面に立つ女は、にこやかな笑みを浮かべ言った。
そして開けるまでその場を動かないといった態度が見て取れた。
司は仕方なく手にしていた書類を置き、滋が置いた封筒を取り上げ開けた。


滋は司が封筒の中身を見てどんな表情をするのかと考えていた。
だが中から一枚の写真を取り出した男の表情に、さしたる変化は見られず、がっかりした。

「・・どうしたんだよ。この写真」

「うん。ちょっと整理してたら出てきたのよ。でも懐かしいでしょう?これ二人が高校生の頃の写真よね?ほら・・あんたんちで浴衣パーティーみたいなのしたことがあったじゃない?あの日、つくしがあたし達付き合ってますって堂々カップル宣言したあの日の写真よ?司は写真に撮られるのが嫌いだから、つくししか写ってないけど、ほら、この後姿は司だから。このくるくる頭。間違いなく司だから」

朝顔柄の浴衣を着た少女が何かしら照れ、恥ずかしそうにしているが、それでも笑顔を浮かべている写真。懐かしい彼女の顔がそこにあった。

「あたしとあんたが高3でつくしが高2だから・・もう何年前になる?・・20年前?なんかつくし凄く可愛いいよね?まあ、あたし達みんな若かったけどさ。でもって司は今もいい男だよ?」

滋は司の戸惑いをよそに話を継ぐ。

「それでね。この写真1枚しかなかったから、つくしにあげようと思ったんだけど、司にあげた方がいいかと思って」

「なんで・・俺に今更・・」

と、声に出し、写真を手にした司の指に力が入った。
そして心がざわめき、口腔内の乾きを感じ唾を呑み込んだ。

「司。離婚。成立したんだよね?・・それからつくし、あたしにだけは教えてくれた。司が結婚してからも・・暫く続いてたんでしょ?あんたのことだからそう簡単にはつくしのことを忘れることが出来ないってことは、分かってた。それにつくしも・・」

愛を継続させるための努力はした。
だが出来なかった。

彼女と付き合い始め、自分の人生を今までとは、全く違う角度から見ることをした。
そして、得たものは、彼女に愛されることによって未来といったものを考えるようになったということ。彼女と出会うことでそれまで自分にはなかったものを手にいれた。
それは人を愛する心。それを与えられ、高い望みにも挑戦していくことが出来た。だから4年間を一人、異国の地で過ごすことも出来た。そしてその4年が終わり、3年の付き合いが終る頃結婚するつもりだった。

だが名家と言われる家、もしくは莫大な財産を有する家の人間は、結婚をプライベートなことだとは考えない。結婚とは、名家がその地位を今以上に高めることを目的に、そして莫大な財産を有する家の人間は、今以上に財産を増やすために結婚といった手段をとる。
滋もそんな家に生まれた人間。彼女は一度結婚したが、離婚した。


莫大な道明寺家の財産と事業を相続するため教育されて来た司は、父親の他界と共に大きな船である財閥の舵取りを任されることになったが、一人の男の死は、思いのほか財閥にとってマイナス要素が大きかった。後継者を不安視することもだが、父親の死を契機に巨額損失を簿外債務といった、貸借対照表上に記載されない債務として処理をしていたことが発覚した。それは、損益を長期にわたって隠し続けた末に債務を粉飾決算で処理をしたということだ。
発覚後、株価は急落、上場廃止の瀬戸際に立たされることになったのは、言うまでもない。
そして司にも求められた政略結婚。

人間は好きなように生きるべき、といった言葉が許されなかったのが司の人生。

あの日、静かに頷いて別れを受け入れた彼女が身を引いたのは分かっている。
握りしめていた手をそっと解き、車から降りた彼女は、呼び止める声を振り払うように、地下鉄の階段を駆け下りていく姿があった。
恐らくあの時、泣いていたはずだ。あの時の後ろ姿が目に焼き付いて離れなかった。

「司・・司はまだつくしのことが好き・・よね?そうでしょ?年を重ねたあんたはあの頃と違うかもしれないけど、まだ情熱の欠片っての・・あるんでしょ?まだつくしのこと好きなんでしょう?」


時間が止ればいいと思った頃があった。
形ばかりの結婚をしてからも、彼女と会うことを止めることが出来なかった。
もちろん彼女は躊躇した。そんなことするべきじゃないと。
だが、政略結婚といったものは、名目上の結婚であることが多いのが事実。司の中で彼女は日陰の女などではなかった。

NYと東京の距離を埋めたのは、手の中に収まる小さな機械。
25歳から4年間世間の目を避けながらの交際が続いた。
閉ざされたドアの向うで誰を気にすることなく会えた日。
夜明けが近づくと悲しげな表情を浮かべる彼女を抱きしめたまま離せなかったあの日。
愛して。
愛してる。
その言葉だけを口にして夜を過ごした日があった。
あの頃、身体の中を満たしていたのは彼女だった。
そして別れる時は、いつもその姿を瞳に焼き付けた。
彼女の心が苦しかったのは分かっていた。だがどうしても手放せなかった自分がいた。
だが4年経ったある日、いつまでもこんなことしてちゃダメよ。と言われ彼女は離れていった。






「・・司?・・司?ねえ聞いてる?」

「・・あ、ああ・・」

「思い出は欲しくないでしょう?欲しいのはつくしでしょう?」


思い出は欲しくない。
遠ざかる記憶があっても彼女のことだけは、忘れたくないし、奪い去って欲しくない。

牧野つくしのことは。

司は手にした写真を暫くじっと見つめていた。





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2017
07.20

時の撚り糸 1

Category: 時の撚り糸
非力でない存在の男には、自分で全てを選択できる自由があるはずだ。

だが若い頃の彼に、そんな自由はなかった。

今では漫然と日々を過ごしているが、あの頃は違った。

17歳の少年は、一人の少女のために生きていた。

彼女がいてくれたから生きている意味があった。

彼女の傍だから生きてこれた。

夜ごと募る思いを抱え過ごしていたあの頃があった。

だが愛というのは無理矢理絞り出せるものではない。

どんなに努力しても、どんなにそれを望んでも。

あの頃のような愛はもう二度この手の中には戻ってこないのかもしれない。

無くした恋を振り返ることは愚かだというが、雨が降るたび思い出してしまう。

だが離れて随分と時間が経てば、その思い出も薄れていく。そう感じていた。










黒い遮光ガラスのおかげで車内は日が差し込むことなく、薄暗い。
それでも背後からの西日が強く感じられるのは、先程まで喧嘩とまではいわなくとも、きつい口調で相手を屈服させようとしていた名残なのかもしれない。
とある企業相手にM&A(merger & acquisition 合併と買収)を仕掛けたが、交渉は最後まで難航した。

どんな仕事にも大なり小なりリスクはあるが、今回の会社は、そのリスクを冒してもやり遂げる価値といったものがあった。
相手が簡単に打ち負かされるとは思えなかったが、最後はあっさりと司の提示した条件に折れ、すべてを道明寺HDの元へと投げ出すように言われれば、勝利したのは司の会社であり、握手をして別れた。

その結果、交渉に向けていた力が、放出されなかったエネルギーが身体の中に溜まってしまったように感じていた。西日が強く感じられるのは、恐らくそのせいだ。
体内の中が熱く感じられるのは、恐らくそのせいだ。

アメとムチを使い分ける。それがビジネスでは必要となるが、今回の最終交渉は、アメの出番は少なかったように思えた。どちらにしても、最終的に勝てばいいのがビジネスの世界。
闘うなら勝たなければ意味がない。それがビジネスの基本。そして交渉といったものは、人間同士の闘い。人と人とのぶつかり合いで、気持ちが強い人間の方が勝利する。
司は負けることが嫌いだ。それは彼が生きる世界では、負けが許されないこともあるが、勝ち続けることが自分自身の生きる意味を表しているように思えるからだ。

今、彼が生きているのは、ただビジネスのため。
誰かの為に生きているといった気は全くしなかった。



「副社長。先ほどの会社は半年かけて取り組みましたが、最後はあっさりとこちらの手に落ちました。しかし当初は、先方が対等合併を望んだ事には驚きましたが、御社と対等など考える方がどうかと思います」

司の隣に座るのは、投資銀行で道明寺HDのM&A戦略を担当するマネージングディレクター。

「契約締結は急がせましょうか。経営会議に諮る必要はもうないとは思いますが、社長だけには話しておいた方がよろしいのではないかと思います」

熱っぽく話すのは、気持ちが高揚しているからだ。
何しろ大型案件が纏まったのだ。それが意味するのは、莫大な成功報酬が男の手に入るということだ。
そんなこともあるが、仕事が成功すれば喜ぶのは当然のことだ。
司とて当然喜ばしいと思っている。だが、今は気分が乗らなかった。

「そうだな。契約締結は急がせてくれ。書類の方は出来次第持ってきてくれ」

と、言うと窓の外へと視線を向けた。


窓から見える景色はいつもと変わらない街並。後方から差す日の光りは、前方の景色を照らしているはずだが、黒いガラス越しでは、見える景色が何色なのか分からなかった。
もともとこの街はグレーの建物が多く、ガラス越しでなくても、目に飛び込んで来るような鮮やかな色はない。もしあるとすればセントラルパークの緑くらいだ。

そして雨が降れば、グレーの建物は、雨で溶けて無くなってしまったように同化してしまうことがある。どこの国に降る雨も色は同じはずだが、この街の雨には、はじめからグレーの色がついているのかもしれない。

何もかも覆い隠してしまうようにグレーの色が。




年相応という言葉があるが、それは司には当てはまらない気がする。
スーツもネクタイも腕時計も、一流のものを身に付けているのは分かるが、その装いが彼に落ち着きを与えているのではない。彼そのものが男としての魅力を年齢以上に見せていた。
そのせいか、交渉相手は司の本当の年齢を知ると驚くことが多い。東洋人は若く見られることが多いが、彼は逆に年齢よりも年上に見られるからだ。

瞳は三白眼の切れ長。睫毛も長く、直線的な鼻梁をしており、端正な顔をしていた。
若い頃からモデルばりの顔だと言われていたが、派手というのではなく、美しいと言った方がいい。長身で手足も長く、その長いコンパスで歩く姿は、颯爽としていた。
彼の後ろを歩く人間は秘書と警護の人間だが、その速さに付いて行くことが大変なのではないかと思うほどだ。そして仕事の能力にしても秀でた男は、数え上げれば良いところばかりだ。

そんな男からたとえ一瞬でも、目を向けられた人間は、自身が射抜かれてしまったようになり固まってしまう。
だが、その視線を怯むことなく、受け止めた女が、かつていた。





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2017
07.18

真夏の恋 最終話

永遠につながる一夜があるとすれば、それは二人が3年ぶりに愛し合った夜だ。
3年間離れていても、互いに心は相手にあり、他の誰とも深い関係にならなかった。
身体を使って想いを伝えることが、重要だということを知った二人は、情熱的に、先のことなど考えず、目の前にある興奮と情熱に身を任せていた。

空想の一端でしかなかった彼女の身体。
何しろ3年も待った。失われていた時間を取り戻すのが当然だと何度も愛し合った。
怖じ気づくことなく、だからといって自信があるはずもない行為も、相手が喜ぶなら、愛して止まない男ためなら迷いなどないと、自らの心を解き放つことが出来るようになった彼女が、3年前よりもずっと愛おしく感じられた。


『久しぶりだから・・ちゃんと出来たかわかんない・・』

その言葉を聞いたとき、細い身体をぎゅっと抱きしめ、首筋に鼻を擦りつけ笑った。
鼻先で相手の匂いを確かめ、身体で己の匂いを擦り付け、自分の存在を他の雄に知らしめようとする行為は、言葉を持たない動物の行為だと言われるが、人間も所詮は動物。
そして時に相手の身体に歯をたて、印を残そうとするのは、所有欲の表れだ。
司という男もやはりそうで、彼のそんな様子に、くすぐったそうに笑う女の笑顔に再び会えたことが嬉しかった。

そして司は、じゃあちゃんと出来たかどうか、もう一度確認してみるか。
と、つくしがその言葉の意味を理解する前に布団を引きはがし、彼女を赤面させた。

司がつくしの抗議をものともせず、再び愛しはじめたとき、かつて猛獣と言われていた男の愛し方は、信じられないくらい優しいものだった。たとえ司の身体が欲求で張り詰めていたとしても、決して自分本位ではなく、惜しみなく愛を与える男だった。

だが、途中で動きを止めた司は、つくしの身体を膝の上に抱いたまま、暫くじっとしていたが、ふいに言葉が出た。

「結婚してくれ」

その言葉は17歳の少年が過去に何度も口にした言葉。
あの頃と同じ一直線の眼差しが、つくしの目をじっと見つめた。

「結婚して俺と一緒にNYへ行ってくれ。言っとくがノーなんて返事を受付けつけるつもりはない」

司が虜になった大きな黒い瞳は、彼の顔をまじまじと見つめていたが、口を開こうとはしない。それもそのはずだ。高校を卒業し4年後の約束が果たされることなく、ここまで来た。
遠い日の約束は、とっくの昔に反故にされたと思われても仕方がない。そしてその言葉が本当なのかと疑う方が正しいはずだ。

「牧野?嫌か?本当ならもっと早くおまえと幸せになるつもりだった。俺はおまえを心から求めてる。この想いははじめて出会った日から変わらない想いだ」

それは、人を愛する感情が欠落していた17歳の少年の熱い想い。
恋に堕ちることなどないと言われていた男の初恋。
彼が惚れる女が世の中にいるのかと言われていたが、そんな男が堕ちた激しい恋。
だがはじめの頃、彼は見下すような態度で彼女を見ていた。それがいつの間にか恋へと変わり、窓越しに彼女を眺めていたこともあった。彼女に出会って激変したと言われる男は、今では、世界経済の中枢を担うまでになっていた。そんな男の原動力となっているのが、つくしだ。

「バカげた喧嘩のせいで3年も棒に振っちまったけど、今からでも遅くないはずだ。それに離れていた間、俺がどれだけおまえのことを思い描いてきたか想像出来るか?俺の人生はおまえがいないと成り立たない。おまえが俺の人生を意味のあるものにする。それにおまえ言ったよな?あたしを離さないでってな」

つくしは小さく頷いたが返事はなく、ただ黙って司の目をじっと見つめていた。
その瞳の中に宿るのは、真摯で誠実な輝き。

「牧野・・。俺と恋人同士として付き合うのはいいが、結婚するのは嫌か?」

司の手は、つくしの頬に添えられ、彼女の顔に移ろう表情を見ていた。
まだ付き合い始めた10代の頃、顔を見れば何を考えているのか分かると言われた女も、今はその感情の隠し方を知っている。それでも目を見ればわかる。その瞳は輝きを増したように感じられた。

「それに俺はこれ以上おまえをこの国に置いたまま、離れるってことを繰り返したくねぇ。最初は4年の約束でおまえを迎えに来るって言ったがその約束は果たせなかった。うちはNYを拠点に仕事をしている関係上、どうしても向うでの生活がメインだ。だから結婚して俺について来て欲しい」

もし心に形があるとすれば、司は自分の心を彼女の目に見える形で差し出したい。
かつて心を持たない男に、魂をくれた女性に差しだせるのは、彼女を愛するようになって形作った心。今その心を占めるのは、彼女を愛する気持ちだけなのだから。

「牧野?何か言ってくれないか?」

視線ひとつで世の中の女性がゾクゾクすると言われる男の懇願。
だがそれは、たったひとりの女性だけに向けられる揺るぎのない眼差しであり、他の人間に向けられることは決してない。彼が唯一許しを請うのは、彼女だけ。牧野つくし以外他にはいなかった。

司は、つくしが何か言うのを待っている。今彼は、彼女にプロポーズをしたのだ。
高校生の頃、結婚しようと口にしたことがあったが、それは親の庇護の下での結婚だ。
今では、結婚するということは、自分ひとりの力で愛する人の人生に責任を持つことだと分かっていた。そして今、彼女に迷いや不安があることは十分承知していた。そんな想いを打ち消すように司は言った。

「ああ、心配するな。きっと上手くいく。道明寺っていう家はおまえにはぴったりだ。もう誰も俺たちを引き離そうなんて考えちゃいねぇよ」

これから先の人生、見て、感じていることが同じでいたいから彼女を迎えに来た。



つくしは、うれしさに笑っていいのか、泣いていいのか分からなかった。
何故なら、もう心は決まっていたから。
それは彼がNYへ旅立った日、ひとり南の島のコテージの桟橋に立った時からずっと変わらず心の中にあった想い。

「牧野、言っとくが俺はおまえを束縛し過ぎるかもしれねぇ。それはこの3年間離れていた分もあるが、NYと東京で離れ離れのつき合いが長かった反動のせいかもしれねぇ。けど俺は必ずおまえを幸せにしてみせる」

幸せにしてみせる。

その言葉に聞き覚えのある女は、司の真剣な眼差しを受け止めた。

「なによ・・それ・・あたしのセリフよ?言ったじゃない?あたしがあんたを幸せにしてあげるって」

それは、一時帰国した司が、再びNYへ向かう前に、つくしが言った言葉。

『4年後いい男になって戻ってきたら、あたしがあんたを幸せにしてあげてもいいよ』

NYへついていかない選択をした女の精一杯の愛の言葉。

「・・そうだったな。それならその約束を守ってくれ。約束した4年はとっくに過ぎたが、人生は長いんだ。俺の人生の中で初めて愛って言葉を使ったのはおまえに会ってからだ。だからおまえは俺の愛を責任もって受け取ってくれ。それが出来ねっていうならおまえを契約不履行で訴えてやる。おまえも知ってると思うが、口約束でも約束は約束だ。それに俺は意思表示をちゃんとした。やってもらおうじゃん、ってな。俺は4年の約束を破っちまったが、今こうしていい男になって戻ってきた。だから4年後じゃねぇけどおまえも約束を守ってくれ。それに一度結ばれた約束は履行されることがビジネスの世界ではあたり前だろ?」

かつてあきらに、会議って似合わな過ぎ、と言われていた男も、今ではその会議を取り仕切る立場だ。そして、自分の力の使い方は十分過ぎるほど知っており、彼に逆らう者などいないと言われていた。だがこの場に於いて、そんな男の口約束でも約束は約束だの言葉は、おかしいと思われるかもしれないが、司は真剣だった。

「俺たちは全てに於いて自分の人生に責任の取れる大人だ。誰に遠慮もいらねぇはずだ。それに今までの人生の過去のあれこれは、この日のためのリハーサルだ」

過去はもういいだろ。関係ない。これからが俺たちの人生の本番だ。
これからが二人の人生のスタートだ。
そんな思いが司の声には滲んでいた。

「牧野。俺に意味のある人生を送らせてくれ」

再び懇願され、つくしはいつの間にか滲んでいた涙を指先でそっと拭い、もうこれ以上いいからと、司の唇に指を触れた。

意味のある人生。

『おまえじゃなきゃダメだ。おまえのいない毎日なんて意味がない』

そんな言葉で彼女の乗ったバスを追いかけて来たことがあった。

司は、唇に触れた指を掴み、チュッと口づけた。
それは彼女の嬉し涙を拭った指先。
そして彼女の髪に手を差し入れ、引き寄せ、深い口づけをした。

「なあ。俺と結婚してくれるだろ?」

低いハスキーな声が耳元で囁かれ、司がつくしに笑いかけ、つくしもそれに応えた。
それが、彼女の答え。
そして、つくしは頷き「いいわ。道明寺を、あんたを幸せにしてあげる」と返した。








昨日、横断歩道で見た恋人同士が、今は自分たちに置き換えることが出来る。
1つの傘を別け合い、互いの身体に腕を回し、慈しみを称えた目で愛する人を見つめていた恋人同士に。

そんな二人の前には、果てしなく続く長い道がある。
それはNYと東京の距離を凌駕するような長い道。
そしてそれは先の見えない道。
これから先、何が待ち受けるか不安もあるはずだ。
だが司はその道を彼女と歩んで行くと決めた。
そしてつくしも彼と共に歩んで行くことを決めた。

共に手を取り歩んで行くと。










『そうですか。3年間大騒ぎした恋は実を結びましたか』

「ああ。あいつ、仕事もそうだがいろいろとあんたに相談したようだが、助かった」

『いえ。わたくしは人生の先輩として、仕事の先輩として牧野さんを見守ってきただけですから。それにしても、彼女の職業意識は高いものがあります。それは要するに真面目だということです。そんな女性は何か深く思うことがあると、内に篭るところがあります。内向的になるというのでしょうか。彼女もあなたのおかげで、部署替えになり、新しいことを覚えることで気分も紛れたようですが、今の仕事は彼女にぴったりです。何しろ細やかな気配りの出来る女性ですので、年配の男性には受けがいいですからね。・・しかしあなたとの幸せを選んだんですね?実にもったいない話です。彼女ならこのまま仕事を続けていけば、部長クラスまでは確実だと思っていたので、本当に残念です』

と言ったのは、月末には退職する参事補。

「それであいつは_」

『はい。ご懸念には及びません。今朝退職願を提出されたようです』


つくしがエレベーターの中で悩んでいたのは、いきなり来月で会社を辞めます。といった言葉をどう伝えればいいかということだ。なにしろ金曜の夜、参事補ってどうして辞めちゃうのかな。と呟いた女が月曜には、自らの退職願いを提出しようとしているのだから、いったいどんな顔をして自分の退職を伝えればいいのか。考えるなという方が無理だ。

「そうか。3年の間、色々と気を使わせて悪かったな」

『いえ。とんでもございません。わたくしのキャリアでお役に立てることがあれば、いつでもおっしゃって下さい』

司は受話器を置き、参事補としてつくしの会社へ送り込んだ山下の話を思い出していた。
山下は、つくしの会社のOBだが、再雇用されるまでは、道明寺系列の旅行会社の顧問として勤務していた人物。豊かな経験と知識を生かし、ビジネスに於いて、的確なアドバイスをすることが出来ると言われていた。司はそんな男を、つくしの傍に送り込んでいた。

3年間、浮いた噂もなく、一度見合いらしきものをしたが、それも山下の懇意の大学医学部教授関連であり、はじめから心配などしていなかった。
そして、残業も厭わず、29歳になったが結婚を焦る気持ちもなく、仕事に邁進する女は、傍からみればこれから先、仕事に生きる女と思われたはずだ。
司としては、それでよかったと思っていた。
悪い虫が彼女に近づくことがなかったのだから。






「副社長、牧野様がお見えです」

1時間残業するから、と彼女からメールが届いたのは、5時を回ってから。
仕事熱心な彼女が定時で退社することは、滅多にない。
司は、そんなつくしを執務室で待っていた。

「道明寺。今日退職願いを出して来たの。退職は1ヶ月後になるけど、使わなかった有給休暇があるからもっと早く辞めることが出来ると思うの」

彼女がくれたのは、出会った頃、司の心を掴んだ時と同じ微笑み。
誰も気づかないような些細なことでも、司にとっては幸せと感じることがある。
そして彼女の言葉全てが司を幸せにしてくれた。

己の半身を相手にあずけ、安心しきったような気持ちになれるのは、彼女といる時だけだが、つまらないことで迷うことは、幾つになってもあるだろう。
だが、時計を止め同じ場所で立ち止まることは出来ない。だから、共に時を駆け抜けながら、二人の未来を見つめていけばいい。

人生に雨が降ることがあっても、走っていればそのうち晴れる。
立ち止りさえしなければ、常に前は開けているはずだから。

きっと二人はうまく行く。

司はつくしに向かって手を差しだした。
この手を取って欲しい。
手を伸ばし、自らの手で未来を掴むように。
そして司の大きな手を掴んだ小さな手は、彼女の意志を伝えていた。
これからは、あんたとずっと一緒にいるからと。




二人の未来は、二人だけのもの。
これからは、雨の夜も、夢の中も、移り変わる季節の中も二人は一緒。
かけがえのない人生を、共に歩んでくれる人は、彼女だけ。


真夏の恋は、スコールのように突然降り注ぎ、夏が終ればその恋も終わると言われている。
それは、ひと夏の恋であり、いつかは消えてしまう蜃気楼のような恋。
そんな恋が過ぎ去ってしまえば、後に残るのは、黄昏れた空だけ。
だが二人の間にあるのは、永遠の恋であって決して消えることのない恋。
そして堂々と輝いて見えるのは、彼女の指に嵌められた婚約の印。

二人の気持ちは、今ある場所から上へ上へとのぼり、夏の空である高く青い空と同じくらい晴れ渡っていた。





*真夏の恋*<完>

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2017
07.16

真夏の恋 6

*性的な要素が含まれますので、ご注意下さい。
 





この広い世界で、自分だけの、たったひとりの人と出会うことが出来る人間が、いったい世の中にどれくらいいるのか。既にそんな人に出会えているのなら、その幸運を喜ぶことを忘れてはいけないはずだ。

司とつくしもその幸運を掴んだ人間だ。
そんな二人だが、3年も離れていると、何が別れた理由かなど、もうどうでもいい。と司は言ったが、彼女は違った。
いつも簡単に他人を許せる人間が、自分の行いが許せないと反省をする姿はどこか滑稽だが、司は彼女が落ち込んだ姿など見たくはなかった。

二人は許し合ったのだから、司は終わったことに対し口を開くことはない。
そして前を向き突き進み、過去を振り返ることはしない。
これからは、こうして寄り添っている時間だけがある。大切なのは、今の二人の気持ちが同じならそれでいいはずだ。人生には良い時も悪い時もある。そんなもんだろ?二人の間に流れた時間は、若さが引き起こした間違いだったんだろ?と笑っていた。

3年という歳月を感じさせないその態度は、つい先日までごく普通に会っていた男の態度だ。実際には、NYと東京の距離を挟み、簡単に会うことは出来なかったが、つくしの前で屈託のない笑顔を見せる男は、彼女が知っていた3年前の男とは、どこか違っていた。
それは、かつて、我儘で俺様だと言われた男も、自らが選択した道を歩み始め、重責を担う立場になれば、人としての成長は、つくしより司の方が早かったということだ。


だがそんな男は、いつもガッついていたのは自分の方で、彼女はそうでもないと考えていた。
しかし、彼女も司と同じで惨めだった、一人の夜は寂しかったと聞かされ頬が緩んでいた。










静かな場所は、司が都内に所有する高層マンションの最上階。

窓から見えるのは暮れた空。


互いの身体に腕を回し、ベッドの上へ横たわり、視線を絡め、零れかけた言葉を呑み込むように唇を重ねた。

零れかけた言葉は分かってる。
けれど、謝罪の言葉はこれ以上必要ない。
欲しいのは、そんな言葉じゃない。
その口から素直に好きだ、愛してると言ってくれ。
小さな口から零れるのは、司、と愛してる。その言葉だけで充分だ。

ただそれだけで_






男が持つことの出来ないたおやかな身体。
それは、小さく頼りなげではあるが、司の全てを受け止めてくれる存在。
3年ぶりに抱くその身体を前に、力加減が出来るかと自問自答するも、恐らく無理だ。
強欲を示す身体の一部は、自身を包み込む柔らかさを求め、彼女を欲しがっていた。



白いシーツの上で、下から掬い上げるような視線を向けられ、大きな瞳が潤んだ様子を見れば、可愛らしさよりも女の色気が感じられるようになったのは、この3年間の歳月が彼女を大人へと成長させたのかと思う。

けれど、セックスに不慣れな女の3年間のブランクは、首に手を回し、どこか恥ずかしそうにキスを強請るその瞳に、まるではじめての時に戻ったような、たどたどしさが感じられ、心臓がギュッと縮み、こっちまで同じ気持ちにさせられる。

だからと言って、男に3年間のブランクは、相当な我慢を強いられる訳で、彼女が欲しくて行った行為は、容易に想像がつくはずだ。雄の獣の硬く尖った先が向けられるのは、何もない空間ではあったが、口から漏れる名前と、咆哮は彼女への想いで一杯だった。


顏にかかった髪をはらい、額にそっと口づけをし、閉じられた両の瞼にも唇を押し当てた。
黒い大きな瞳は、司が彼女を好きになった一番のチャームポイント。その瞳で見つめられ、恋に堕ちた。堕ちたのは、司の方が先だったが、やがて彼女も司に恋をした。

そんな二人には、たとえ何もしなくても、言葉だけで過ごせた時間があった。
だが抱きしめれば、腕の中にすっぽりと納まる小さな身体が、傍にいるだけでよかったのは、遠い昔の話だ。少年と少女から、男と女になれば、求めて止まないのは、心もだが、その身体も欲しかった。
そんな身体を求め、せつない時間を過ごしたこともあった。

今、司が組み敷いているのは、その求めて止まなかった女の身体。
小さな手を掴み、全ての指を己の指と絡め、シーツの上へと縫い付け、女らしさを象徴する白い喉元の華奢な窪みへ唇を押し付けた。

「・・・んっ・・」

漏れたのは、言葉にならない言葉。
喋る必要はない。
言葉は要らない。
ただ感じればいい。

二人の間に必要なのは、互いの想いと身体だけ。
司が好きになった女は、牧野つくしだけ。他の女は欲しくない。
彼女の小さな手が、掴みたいと望むものは、なんでも与えてやりたいと想う。
だから、今夜はもっと貪欲に求めて欲しい。
おまえの方から_

「・・まきの・・俺が欲しい?」

司はシーツに縫い付けた女の白く細い首に咲く赤い花に舌を這わす。
声にならないほどの小さな声が聞えるが、それは喘いでいるだけなのか。
司の舌は熱く、首筋を下へと這っていくと、小ぶりの乳房を食べた。

「・・っつ・・あっ!」

その甘い唇で、その柔らかい身体で俺を欲しいと言ってくれと望むが、彼女が今でも恥ずかしがり屋なのは知ってる。
それは彼女の性分だから。
だが今は、愛する男を求める女になってくれと願う。

つくしは、司の真っ直ぐな視線を受け止め、素直に口を開いた。

「・・欲しい・・道明寺が・・欲しい・・」

3年前なら同じことを聞いても、言葉にすることはなかった。
意地悪しないで道明寺。お願い道明寺。
その程度が限度で直接的な言葉は、いつも、やんわりとかわすのが殆どだった。
それなのに、今は素直に俺が欲しいと口にした。

司は、縫い付けた彼女の両手を離し、柳腰を掴み、身体を反転し、己の上へとつくしの身体を乗せた。そしてつくしの手を取り、心臓がある場所へ触れさせた。

「牧野。わかるか?ここがどんなに激しく鼓動してるか。おまえに触れられることを喜んでいるのがわかるか?いいか?ここはおまえだけのものだ。他の女なんぞ誰も触ることの出来ない場所だ。俺の魂はおまえの、おまえだけのものだ。この3年間、おまえがどうしてるか、今何をしてるか、いつも頭の中にあった。一日たりとも忘れたことはない」

つくしの気持ちも同じだった。
そして、今は頭が出す答えより、身体が出す答えの方を求められていると感じていた。

道明寺司の愛は、全てを包む愛で、優しくて激しい愛だ。
それは、彼が全身全霊で愛する人だけに向けられる愛。
そんな男から向けられる視線は、熱く身体全体を焦がしそうな程だ。

つくしは、頭で考えることを止めた。そして、これが求めているものかどうか、確かめることにした。今、彼女の手が触れている心臓の上にあるのは、女性の持つものとはまた別のもの。その小さな頂きへと頭を下げ、舌で舐め、口に含み歯を立てた。

「・・っつ・・・・」

思わず漏れた司の声。
もう片方にも同じことをされ、そして、さらに下へと頭が下がり、チュッと臍に吸い付く。
その瞬間、鍛えられた筋肉がピクリと動く。
すでに強欲を示す怒張は、その先の行為に期待をしたのか、熱く脈打ち、これ以上ないほど硬くなっていた。
だが口淫などしたことのない女に、無理をさせたくないが、するなと言えば嘘になる。これまで何度も、彼女の唇が、下半身を包み込む場面を想像したことがある。そして、今まさにその想像したことが起きようとしていた。

司はベッドに頭を押し付け、その行為を待った。
彼女の口に含まれる瞬間を。
ほんの少しの猶予が与えられたが、次の瞬間、小さな手にかろうじて握れるモノに指を巻き付け、その先端を口に含む。
だが大きすぎて全てを受け入れられないことは、分かっていた。
だからなのか。どこで覚えたのか、巻き付けた指を上下に動かし、舌は含んだ部分をぐるりと舐め、吸いついた。舌から生みだされる快感に、漏れそうな声を押さえ、司は腰を突き出すような形になっていた。

いつもなら、司が彼女に対して行う行為であり、彼女の身体から聞こえるはずの水音が、己の身体から聞えることが不思議に思え、やがて、漆黒の髪が下半身で上下に動くことに我慢ができなくなり、彼女の髪に両手をもぐりこませ、頭を両手で包み、今までこの行為を一度もしたことがない女の動きを助け、押さえつけ、気持ちを伝えた。

空調の効いた部屋だが、額に汗が浮かび、司の息遣いだけが聞え、次第に深くなる行為に、これ以上は持ちこたえられそうにない。と、唇が離れた瞬間、司は、つくしの身体を抱え、横にならせると、覆いかぶさった。

「・・まきの・・」

求めて止まない女の名前を、切なげに呟くのは、壮絶な色気を浮かべた男。
3年ぶりに抱き合う女は、彼に思わぬ喜びを与えたが、強欲な怒張は、もっと温かく、しっとりと司の全てを吞み込んでくれる場所を欲しがっていた。

「愛してる・・おまえだけを」

司の唇は、彼女の返事を待つことなく、彼にとって極上の甘さを持つ唇を味わうと、彼女が濡れて滑らかになっていることを確かめた。だが、3年ぶりに受け入れる男の身体は痛いはずだ。挿し入れた指だけでも、グッと締め付けて来たのを感じていた。司は己の身体にされたことと同じ行為を与えようと、頭を下げた。そして、ぴちゃぴちゃと音を立て、甘い蜜を味わった。

「まきの・・すげぇ濡れてきた。おまえ3年もお預けだったんだ。寂しかっただろ?ん?」

「・・やっ・・あっ・・」

舐められるたび、上がる声は、司にとって懐かし声。ベッドの中では、いつも可愛らしい声で啼いていた。やがて、身体が弛緩してくると、脚を大きく開き、抱え上げ、ゆっくりと己のたぎったものを突き入れ、何度も腰を突き上げ、ついさっき上らされそうになった場所へ彼女と共に駆け上がっていた。

そのとき、彼の耳に届いたのは、あたしも愛してる。の言葉と、彼の背中に回された手が、もう二度と離れたくないと、しっかりとしがみついてくる姿。
そして、初めて聞いた「あたしを離さないで」の言葉。

司はもちろんそのつもりだ。
これ以上、牧野つくし無しで過ごすのは、耐えられなかったから。





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2017
07.15

真夏の恋 5

つくしが深い眠りから覚めたとき、隣に寝ていた男にギョッとした。
別れたはずの男のベッドに、それも、その男の腕に抱かれていた。

NYから来た男がおまえを取り戻しに来たと言ったとき、心の中で嬉しさが湧き上がっていた。だが口をついて出た言葉は、素直ではなかった。

つくしは、自分自身の性格が、神経質過ぎるところがあると感じていた。
いつも一人でああでもない、こうでもない、と他人のことに気を配り、挙句の果てにくよくよと考え、弱気になったり、勝手に寂しくなったりしていた。
もっと若い頃の自分は、そんな性格ではなかったはずだ。とつくしは思う。
だが遠い昔、彼と付き合いを始めると宣言したが、撤回したこともあった。

だがそんなつくしに対し、いとも簡単に行動に移すことが出来るのが、道明寺司という男だ。昔からそうだった。先を読む、石橋を叩いて渡るといったことはなく、感傷に浸るといった言葉が無縁のような強靭さを持ち、余計なことは考えるなといった態度でつくしを引っ張って行った。そして今、またその行動力が発揮される時が来たということだ。

そんな男から見れば、今のつくしは、支離滅裂に思えるはずだ。
今のつくしは、素の自分を前面に出すことが下手な女だ。
事実、心の中は矛盾だらけだ。

別れたはずの男の胸に抱かれ眠る女。
それは、3年前の根拠のない不安に襲われた結果の別れを引きずってない女の行動。
彼が来てくれたことが嬉しいくせに、差し出されたその手を素直に取ることが出来ない気持ちの表れだ。素直にゴメン。変な誤解をして。と言って彼の胸に飛び込めばいいものを、それが出来ないからこうして悩んでいた。

あの頃は二人の間に距離があった。それは心の距離ではなく、物理的な距離。
だが心の距離もいつの間にか存在していたのかもしれない。
しかし今なら互いの心が届く場所にいる。同じ街の、同じ空の下に。


「・・あたし、何してんだろ・・」

あれから3年。
3年しか経ってないのか、それとももう3年経ったのか。
どちらにしても3年ぶりに会った男は、変わっていない。

ホテルの部屋で目覚めたとき、身体に回されていた腕をそっと解き、ベッドの端へと身体を移し、そっと足を下ろすとクローゼットにかけてあったスーツを掴み、まるで悪戯が見つかるのを恐れた子供のように慌ててバスルームへ入って行った。

身支度を整え、恐る恐るバスルームの扉を開いたが、彼が起きている様子はなく、背を向け横たわっていた。疲れていたのだと思う。恐らく昨日、帰国したばかりで会いに来てくれたはずだ。それは3年前までもそうだった。忙しい身体で日本に戻ると、必ず最初の夜に会いに来てくれた。身体が疲れたといった言葉を口にすることはなく、心が疲れたといった様子も感じさせない男だった。だが、それはつくしの彼に対する思い込みだったのかもしれない。
いつも、彼女の前では、そんな素振りを感じさせることがなかった男だったから。

週刊誌の記事なんて嘘だと分かっていたが、最後の夜、喧嘩をし、勝手にしろと言われ傷ついた。多分、あのとき、彼のその言葉の前に、彼の言葉を遮るようなことを言ってしまったのだと思う。だから彼は勝手にしろと突き放すように言った。

あの頃、自分の仕事にゆきづまりを感じ、誰かに聞いてもらいたかった。
毎日の業務は、自分がやりたい仕事ではないと、不満を感じ始めていた頃だった。
そんな時、久しぶりに会った彼のぬくもりを感じたかった。
いつも当然のように与えられていた愛情を感じたかった。
だが口論したばかりに、それが感じられなかった。
自分を大切に、大事に想っていてくれることが、当たり前だと考えていた。そして彼からの優しさを当然のように受け取っていた。だから勝手にしろと言われ、ショックだった。

どちらの愛が強いかといえば、彼の方だと思っていた。
二人の愛のバランスは、いつもつくしが優位に立っていた。
つまり、つくしは彼の優しさに浸かり切っていたため、あの日の彼の態度に勝手に傷ついていた。
いつもなら、相手を思いやることが当たり前だったが、その気持ちが失われていた。


甘えていたのだ。

彼の優しさに。






今日は土曜だ。本来なら休日は、普段出来ない用事を済ませ、掃除をし、食料品の買い出しに出掛け、それから部屋でのんびりと過ごすのが定番だ。
だが1人で部屋にいると、どうしても彼の事ばかり考えてしまう自分がいた。
だからこうして外へ出た。

特にどこかへ行こうと思ったわけではない。だからといって目的もなく街をぶらつくといったことをしたいとは思わなかった。それならと思い付いたのは、近くの公園だ。
春は池のほとりの桜が水面にその姿を映し、夏は木々の緑が鮮やかさを増し、清々しい空気が楽しめる公園。木々が多いため、木陰も多く、ベンチで風を感じながら休むことも出来る。


7月の空は、珍しく朝から雲が多かったが、午後になり、その雲が空全体に広がってきた。ただでさえ蒸し暑い東京の夏。やがて空気が重い湿気を含んだように変わり、今にも雨が降り出しそうになっていた。

傘を持たずに出たが、この季節の雨は、スコールのように降り注ぎ、すぐに止むことが多い。
まるで熱帯の国のような気候だと言われるようになった東京の夏。
もし、長い時間降り注ぐなら、どこかで雨宿りでもすればいい。公園の近くには、セルフサービスのコーヒーショップもある。

今年のNYの夏は、やはり暑いのだろうか。
だが日本と違うのは、ここまで湿度が高くないということだ。
つくしがNYを訪れたのは、二度。一度目は高校生の頃、真冬のNYだった。
そして二度目は、二人が大学生だった秋。そのとき初めて彼に抱かれた。



大きな交差点に差し掛かると、案の定雨が降り始めた。
傘を持たないつくしは、降り始めた雨に濡れていた。だがまだ雨足は弱い。信号は赤だ。このまま信号が変わるまで待って進むか、それとも引き返すか。コーヒーショップはこの交差点の向うにある。

周りでは傘の花が咲き初め、交差点の向うには、一組の男女が1本の傘に収まっている姿があった。互いの身体に腕を回し、その姿は堂々としていた。別にそれが悪いといった訳ではないが、見ている方が恥ずかしく感じられることもあった。なぜなら、その男女は交差点の向うで唇を重ね合わせていたから。


やがて信号が変わり、コーヒーショップを目指し、つくしは横断歩道を渡り始めた。
同じように向う側から歩いて来る男女は、楽しそうに笑っていた。歩幅の大きな男性が歩みを緩め、彼女の足許を気遣い歩く姿は、見ていて羨ましいと感じてしまっていた。

周囲を気にすることなく、唇を重ね合わせ、互いの身体に腕を回し歩く姿は、世間のしがらみなど何も感じさせることがない明るさが感じられた。恐らくまだ20代前半の男女だ。彼らの明るさが眩しく、羨ましいと思った。
そして自分達にもあんな頃があったと懐かしく思った。


交差点を渡り切り、右に曲がった。信号が変わり、車道は車の往来が始まっていた。
雨は徐々に粒が大きくなり始めていた。だが走ることはしなかった。慌てたところで、交差点で信号が変わるのを待つ間にすでに濡れているのだから今更だ。そして暫く歩くと、目的地であるコーヒーショップが近づいて来た。

すると、一台の車が彼女の視線の斜め前に止った。
それは大きな車で、三車線ある車道のうちの一車線を完全に塞いでいた。周囲の迷惑など考えないその行為に、後続車からクラクションが鳴らされてもおかしくないはずだが、鳴らされることはなかった。何故なら、ロングボディの黒の大型車に乗る人物の素性を考えたとき、むやみやたらとクラクションを鳴し、何かあってはと考えるのが普通だからだ。

そして中から長身の男が差しかけられた傘の下、降りてくるのが見えた。
周囲の視線を全く意識しない堂々とした姿。高級そうな黒の靴は、雨に濡れたところで一向に構わないといった様子だ。高級そうではない。高級なのだ。つくしは、その靴が彼女の一か月分の給料以上の値段がすることを知っていた。そしてその男のスーツも、ネクタイも、左手首にいつも嵌められている金の時計も、全てが彼だけの為に作られたものであることを知っていた。




「・・牧野。やっと見つけた。まあおまえの行きそうな場所は頭の中にあるから簡単だがな」

と言った司は、つくしの頭上に傘を差しかけた。

「おまえ、傘も持たずに出かけたのか?朝から天気が悪かっただろうが。・・ったく手間のかかる女だな」

1本の傘に男女が収まる姿は、横断歩道ですれ違ったあの男女を彷彿させた。
互いの身体に腕を回し、唇を重ねていたあの二人に。

「・・で、牧野。おまえ、気持ちの整理はついたのか?」

勝手に寂しくなった女の気持ちの整理。
そんな女は、まるで今まで毎日会っていたように男に頷いた。

そんな女に対し、にやっ、と笑みを浮かべた男。

「そうか。ま、それならそれでいい。・・それより早く車に乗れ。いくら夏だからって雨に濡れてるのがいいわけねぇからな」

雨脚が強くなり、もうこれ以上雨に濡れることがないようにと、司は、つくしの肩をしっかりと抱き、車へと促した。
かすかにこわばった華奢な肩。だがそれは一瞬のことだ。

大きな傘は彼女の上だけに差しかけられ、高級なスーツの肩を濡らす雨は激しくなっていたが、司は気にはしなかった。遠い昔、二人は雨が降る夜、別れた時があった。
あのとき、やはり傘もささずにいた彼女に、早く車に乗れと言ったことがあった。
だが、彼女が車に乗ることはなく、二人はあの日別れを経験した。

「それにしてもおまえは気持ちの整理をつけるのに、どんだけ時間がかかるんだ?いいか?言っとくがおまえのその我儘に付き合える男は俺くらいなもんだ。・・・まあ。おまえのその強情さは今に始まったことじゃねぇってのは分かってるつもりだ。だいだい真面目な人間ほど柔軟性に欠けるってのがある。けど俺たちは4年っていう長い時間を離れて過ごした経験がある。それに俺には、おまえの為ならどんなことでも乗り越えられる自信がある」

司は高校生の頃、追いかけて、捕まえて、やっと手に入れた女を離すつもりはない。
あの頃も離れたことがあった。でも彼の元へ戻った。そして高校を卒業と同時に離れた。
だが二人は、気持ちだけは決して離れないと誓った。そんな男の、一途な気持ちはあの頃と変わることもなく、これから先も決して変わることはないと断言できる。

「いいか?牧野。おまえは俺の性分は分かってるはずだ。俺は一度こうと決めたことは、どんなことがあっても守る。昔言ったはずだ。俺はおまえのためならどんなことでもしてやるってな。それに俺はおまえ以外欲しくねぇし、他の女なんか目に入ったこともねぇ。その辺を歩いてるのは、犬か猫くれぇにしか思ってねぇ。だから犬や猫はその仲間内で相手を探せばいい。間違っても俺の傍には近寄らせねぇ。だいいち俺は犬も猫も苦手だ」

離れて、近づいて、そして離れたが、彼女以外欲しくない。
そして司の口はいつも真実しか伝えない。司はやっと自分の気持ちが彼女に伝わったと感じていた。身長差があり、傘をさしているため顔は見えなくとも、どんな気持ちでいるか感じることが出来た。彼女も司と同じで、彼女には彼しかいないと思っていると。


二人は、運転手がドアを開けて待つ車に乗り込んだ。

「なあ牧野。俺たちは同病相憐れむじゃねぇけど、俺もこの3年間すげぇ惨めだったんだぞ?」

つくしの方へ身体を向け、彼女の鼻先へ顔を近づけ言った言葉は、低い声を響かせるように愚痴めいた言い方だが、どこかあっけらかんとした口調だ。
だがそれは、彼女に負い目を感じさせないための気遣いだとつくしは思った。だからつくしは、3年前のことに後ろめたさと恥ずかしさを感じ、小さな声でしか返事を返すことが出来なかった。

「・・あたしだってそうよ」と。

途端、司の唇がつくしの唇に重なった。

それは、もうこれ以上の言葉は必要ないと言っていた。

今はただこの腕の中に大人しく抱かれてくれと、熱い思いを受け取ってくれと、司の唇は、ただそれだけを伝えていた。






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