FC2ブログ
2018
11.12

理想の恋の見つけ方 23

『5千万出そう』
その申し出は度肝を抜く金額としか言えなかった。
財団の助成金はひとりあたり1千万だが、その5倍の金額を個人的に出してくれると言う。
但し、そのことに対しての感謝気持ちの示し方として道明寺司のブレーンになることが求められた。

だがつくしは海洋生物学者であり、経済に詳しいとは言えない。
しかし求められるのは深海での開発行為が深海ザメに与える影響について。つまりそれは深海の環境についての助言でつくしの専門分野だ。とは言え、求められたとき助言をすることが寄付に対するお礼というのも、どうもおかしい気がした。だから何と答えていいか分からなかった。それに目標としていた助成金は1千万だ。だがそれをはるかに上回る金額を寄付してくれると言うが、その金額にも戸惑いがあった。

だが道明寺副社長のような立場になれば、5千万など大した金額ではないのかもしれない。
そう言えば、高級外車1台が5千万するという話を耳にしたことがあった。きっと副社長クラスになれば、そういった車に乗っているはずで、5千万などつくしが気にするほどの金額ではないのだろう。それでもやはり5千万という金額は、途方もない金額であることは間違いない。そしてその使い道を考えたこともないのだから、素直に受け取っていいものか悩まない訳にはいかなかった。


「あの。5千万とおっしゃいましたが、財団からの助成金はひとりあたり1千万ですよね?それをかなり上回る金額を寄付していただけることは大変有難い思いでいます。
色々とご期待をいただけていることは大変光栄です。ただその金額に関しては、予想外の金額です。私の一存で受け取るという訳には行きませんので教授の副島と相談させて下さい。それから私が道明寺副社長のブレーンになると言うのは_ええっと、その….」

小さな机を間に挟んではいるが、きっちりとネクタイを締めたスーツ姿の道明寺司に鋭い視線を向けられるのは、財団でのはじめての面接に臨もうとしたあの日と同じだ。
あの日、エレベーターに閉じ込められやっと救出されたと思えば、遅刻したことを責められ、挙句の果てに面接を反故にされ、立ち去る男を追いかけたが、逆に自分が追いつめられた動物のように壁際で鋭い視線を向けられた。そして今のこの状態は、状況は違えど、あの時と同じだ。

そしてその視線はクールで自信たっぷりな男の視線だ。
だからじっと見つめられ続けると、思わず言葉に詰まった。
だがここはつくしの大学で道明寺ビルではない。
それにここはエレベーターの前ではなく、つくしの研究室だ。
それなのに、何故こうも緊張しなければいけないのか。これではまるで蛇に睨まれたカエルだ。いや。相手は経済界のサメの異名を持つ男だからサメに睨まれたカエルになるのか?
だがカエルは海にはいない。それならサメが人間を襲う映画があったが、あの映画のようにサメに食べられてしまうのか。いや。まさか。どうして私がこの人に食べられなきゃならないのよ。そんな事を考えると頬が赤らむのを感じた。

「私の言葉に何か裏があると?」

「え?い、いえ。そういった訳ではないんですが」と口にしたが言葉に戸惑いは感じられたはずだ。それに目の前の男性が何を考えているのか分からなかった。だが一流の企業経営者と呼ばれる男性の脳内が分るはずもなく、サメの脳並などと言ったことは大きな間違いだったことは今では十分理解していた。

「牧野先生。そんなに悩む必要は無いはずだ。あなたは私から5千万の寄付を受け取ればいい。それに対しての礼は私のブレーンになること。だが何もそういった契約を結ぶ訳ではない。ただ私の疑問に答えてくれればいいだけだ」

「は、はぁ….」

つくしは正直言って困ったことになった。
なんと答えればいいかと言葉を探した。

「ところでウッズホールに行ったことは?」

「え?はい。一度ですが大学が休みになる夏休み期間中に訪れたことがあります」

海洋生物学者の間でウッズホールと言えば、アメリカ東海岸のマサチューセッツ州にあるアメリカ最古の海洋生物学の研究所であるウッズホール海洋生物学研究所のことだが、まさか道明寺副社長の口からその名前が出るとは思いもしなかった。

「私はハーバードビジネススクールで学んだが、同じ州内にあるあの施設のことは知っていた。もしかすると私たちは同じ州にいて同じ空気を吸っていた可能性もある」

確かにハーバードビジネススクールがあるボストンは同じマサチューセッツ州だが、ウッズホールは海辺の小さな街でかなり離れた場所にあり、同じ空気を吸っていたと言うには語弊があるような気がしたが、それは言わなかった。
それにしても、道明寺副社長のこの話はどこへ向かおうとしているのか。

「アメリカまで行くとなると交通費がかなりかかるはずだ。それに長期滞在となるとそれなりに金もかかる。准教授の給料はそれほど高くはないはずだが?5千万もあればこの研究室も随分と助かるはずだ」

道明寺司はバカではない。
サメ並の脳みその持ち主ではない。
ここに来るまでに、この研究室のことを調べていることが分かった。そして予算が苦しいこともだが、つくしのことも調べられていることが分かった。

来年の夏休み。出来ればウッズホールに行きたいと考えていたが、先立つものが不足していた。それに国内だけでなく海外の学会へも行くことも考えていた。だが財団からの助成金が夢と消えた今、道明寺副社長の5千万の寄付があればそれが叶うかもしれない。けれどやはり金額が大きすぎて自分だけでは決められなかった。それに寄付の礼として道明寺副社長のブレーンになるのは、どう考えても無理だ。

「あの道明寺副社長。今日はお忙しいなか、このような所まで足を運んでいただき、そのうえ大変有難いお話をお持ちいただきましたが、やはりこの件は副島と話をしてからお返事させていただきます」

つくしがそう言うと男は、「そうですか。ではいいお返事をお待ちしています」と言い、それ以上何も言わず立ち上った。

そしてつくしが部屋の扉を開けると、背後にいる男からこう言われた。

「金は邪魔にはならないはずだ。それを考えさせて欲しいとは、牧野先生は変わった人だ」




にほんブログ村
スポンサーサイト
Comment:4
2018
11.11

理想の恋の見つけ方 22

「個人….教授ですか?」

「ああそうだ。個人教授だ」

「あの。おっしゃっている意味がよく分からないんですが?」

「何が分からないって?言葉通り取ってもらえばそれでいいんだが?」

「ですから言葉通りとおっしゃられても…道明寺副社長が求められている個人教授というのは_」



つくしがその先の言葉を言おうとしたとき、扉がノックされ桜子がトレイを手に現れた。
トレイには来客用のコーヒーカップとつくしのマグカップと、わざわざ買いに行ったという銀座の高級洋菓子店のクッキーが乗った皿が乗せられていた。

「お口に合うかどうか分かりませんが、どうぞお召し上がりください」

つくしは視線を落とし桜子が机にカップを置く様子を見ながら個人教授の意味について思考を巡らせていたが、やはり目の前の男性が言った言葉の意味がよく分からなかった。
そして最後にクッキーの皿を置き終えた桜子は、お辞儀をすると部屋を出て扉を閉めた。
そしてつくしは、日本の経済界を動かす、いや世界の経済も動かすことが出来る男とふたりきりで狭い部屋にいて、湯気を上げる見慣れた自分のマグカップから、その向うに置かれたコーヒーカップに視線を移し、これは来客用に6客買い揃えたが、そのうちのひとつは自分の不注意で割ってしまったものだと思いつつ視線を上げ男の顔に視線を据えた。

「あの、個人教授とは個人的に教えを請いたいという意味ですよね?サメについて道明寺副社長は学びたいということですよね?」

「そうだ。そのくらいしてもらってもいいと思うが?」

それは一種の命令に聞こえ尊大に感じられた。
だが援助してもらえるなら、「そのくらいしてもらっても」、と言われる「それくらい」が、どれだけのことを指しているのか分からなかったが、特に問題ないように思えた。
そしてつくしが口を開く前に、「決して金を出すから口を出すというのではない。研究に対してどのように金が使われようが、どんな研究だろうが文句を言うつもりはない」と言ったが、その言葉は研究者にとってはホッと胸を撫で下ろす有難い言葉だ。
それにしても、その態度は以前感じた偉そうにという程のものではないが、やはりこの男性の態度は大学界隈で見かける人間にはない態度で、これがビジネス界のサメと言われる男の態度の一端なのかと感じていた。

それに道明寺副社長のようにビジネスの世界で生きる人間は、この世の全てが自分のものだと思うことが当たり前なのかもしれない。そうだ。何しろ凶暴なサメは高次捕食者であり、食物連鎖の頂点にいて敵はおらず、全ては自分のものだと考えているからこんな態度なのだ。

つまりこの男性のこの態度は、彼の立場がそうさせるのであり、個人的に知り合えばまた違った一面を知ることになるのだろう。だが個人教授というのは、言葉を変えれば専属の教師であり家庭教師という意味になるはずだが、道明寺副社長は家庭教師的なものを求めているということなのか?だがどちらにしても、援助に対しての感謝の気持として出来ることはすると言った以上望みを訊かない訳にはいかなかった。

「あの、それでその個人教授といいますか….それは一度だけということで理解してよろしんですよね?」

「いや。そうじゃない。違うな」

道明寺副社長はそう言って、コーヒーカップに手を伸ばしたが、その時つくしのお腹がグゥッと鳴った。

「私に遠慮せず食べればいい」

と言われたがクッキーに手をつけるつもりはなかった。
13時の約束までには昼食を済ませておくつもりでいたのだが、午前中講義に出ていて、その後学生たちと話をしているうちに食事をする時間が無くなった。
だから道明寺副社長の訪問の後で何か食べるつもりでいた。

それにしても、ただでさえ狭い研究室で黙っていても威圧感を感じさせる男性とふたりきりでコーヒーを飲んでいるこの状況はなんとも言えない緊張感があった。
そして自分の研究室でクッキーを勧められるというこの状況は、まるでもてなされているのは、つくしの方ではないかとさえ思えた。

つまり道明寺副社長という男は、それだけ自分の雰囲気というものを持っていて、その場の空気を自分の色に変えてしまうことが出来るということになるが、それはやはりサメが周りに緊張感をもたらすのと同じということだ。
そして個人教授は一度だけではないという意味を訊かなければならなかった。

「あの。それで個人教授というのは_」

「ああ。牧野先生には私の個人的なブレーンになってもらいたい」

「は?」

「私はあなたの研究のための援助をする。その感謝の印としてあなたは私の興味を満たしてもらいたい。私の会社は海底資源開発にも力を入れている。日本の国土面積は世界第60位だが領海、排他的経済水域は世界第6位の広さがある。そこには豊富なエネルギー資源や鉱物資源が眠っている。日本近海は深海ザメの貴重な生息域であると同時に資源が豊富な海でもある。そういったことから人間の開発行為が深海にまで及ぶことにより、深海ザメに人為的な影響が出ることも考えられる。このことは、あなたの研究にも関係しているはずだ。だからあなたは私が意見を求めたとき、それに対して答えてくれればいい。つまり今回私が援助しようと言うのは、あなたの私に対する助言に対してのコンサルティング料のようなものだ」

つくしは高速で頭をフル回転させながら目の前でコーヒーを飲む男性の言葉を考えていたが、昼食がまだのせいか回転が悪いような気がしていた。
道明寺副社長の個人的なブレーン?
海洋生物学者が経済界のサメのブレーン?
いったいこの男性は何を求め何を考えているのか?
それに一番肝心なことを訊かなければならないことに気付いた。

「あの道明寺副社長。ひとつお伺いいたします。あの個人的に援助して下さるということですが、一体幾ら_」

「幾ら必要だ?財団での自然科学研究に対しての助成金は3億。その3億を応募者の中から選ばれた30名で分ける。つまり一人あたり1千万ということになるが幾ら必要だ?」

つくしが受け取ることが出来なかった1千万の助成金。
それがあれば学生たちに新しいウエットスーツが用意できる。それに今よりも新しい生物顕微鏡を手に入れることが出来る。他にも色々と揃えたいものがあった。それに学会に参加するための交通費も必要だ。
だが幾ら必要かと問われても、目標としていたのは1千万なのだから、それで充分だ。
それに個人的な援助。つまり寄付は寄付者のお志で、としか言えないのが研究者の性というものだ。

「あの_」

「5千万でどうだ?私のブレーンになるなら5千万出そう」





にほんブログ村
Comment:4
2018
11.10

理想の恋の見つけ方 21

司の個人的な空間に入れる人間はごく僅かだ。
そんな男の胸の中に飛び込んで来たのは、昨夜電話で話をした女。その女が扉を開けて物凄い勢いで前へ踏み出そうとしていたところを身体で受け止めた。

「す、すみません」

と胸元でくぐもった声で謝罪をして顔を上げた女は、自分がぶつかった相手に気付くと慌てて身体を離そうとした。
だが司は少しの間自分の胸に抱いた女の身体の感触を確かめた。
骨細の身体と肉の薄い胸は見ただけで分かっていたが、こうして抱きしめてみれば尚更その細さが感じられた。
そして、「あの道明寺副社長?」とどこか戸惑い気味に言われ、司が背中に回していた腕を離すと「わざわざ足をお運びいただいてありがとうございます。ここ分かりづらい場所ですよね?迷われたんじゃないですか?お迎えに行けばよかったんですが、気が付かなくて申し訳ございませんでした」と頭を下げたが、その姿は緊張していた。

「先輩?どうしたんですか?大丈夫ですか?」

司は牧野つくしの背後に目をやったが、そこに現れた女が彼に気付くと声を上げた。

「道明寺副社長!お待ちしておりました。さあ、中へどうぞ。私は副島研究室で副島の秘書をしている三条と申します。生憎副島はアメリカへ出張しておりますが、道明寺副社長の援助の話には大変喜んでおりました。本当にありがとうございます」

三条と名乗った女は、「ほら牧野先生もそんなところでボーっとしないで早く道明寺副社長を中に御通しして下さい」と言うと言われた女は、「え?ええっと。そうね。道明寺副社長どうぞこちらへ」と言って司は研究室の中に通されたが、そこはスチールグレーのファイルキャビネットやいくつものデスク、コピー機やパソコンや冷蔵庫が置かれ、さしずめどこにでもある小さな会社のオフィスといった感じの部屋で、見回してみても、ここがサメの研究をしていることを物語るような物は見当たらなかった。だがふと壁に目を向けたとき、そこに大きな口を開けたサメの顎骨が飾られているのを見つけた。

「あれは?サメか?」

「え?」

司の視線が向けられた場所を見た牧野つくしは、「はい。そうです。あれはアオザメの顎骨標本です。アオザメは全長3メートルくらいのサメでサメの中でも高速で泳ぐ非常に活動的な種類です。そんなサメですが鰭はフカヒレの材料として加工されるんですよ」と言った。

「牧野先生。立ち話をするよりも道明寺副社長にお座りいただいて下さいね。私は直ぐにコーヒーをお持ちしますから」

「え?そうね。すみません道明寺副社長。ここは学生部屋で普段学生がいる場所ですので、私の部屋へどうぞ。そちらでお掛けいただいてもよろしいですか?」

そう言われた司は牧野つくしの後に続いて学生部屋と呼ばれる部屋よりも小さな部屋に入ったが、そこは奥の窓の傍に机があり、両サイドの壁には書棚が据えられ、中央に小さな机と椅子が置かれていた。

「すみません。狭苦しい部屋ですが、どうぞそちらにお掛けになって下さい」

司は言われるまま椅子に座ったが、牧野つくしはすぐに座ろうとはせず、先ほど入ってきたドアの外を気にしている様子が見て取れたが、司はその姿に緊張を感じ取った。
サメに対しての情熱が人一倍ある女は、男とふたりでいることに緊張するのか。それとも相手が司だからか。そしてもし牧野つくしがここで司が媚びを売るようなことをすれば、所詮この女も今まで周りにいた女たちと同じということになるが果たしてどうなのか。女たちのそんな姿は見飽きたがどうなのか。

「牧野先生。あなたもお座りになりませんか?私がここに出向いたのは、あなたの研究に対し個人的に援助をしようと決めたことを直接お話したかったからだ」

そう言われた女は、「すみません。お忙しいところをお越しいただいたのに」と言って慌てて司の正面の椅子に腰を降ろし、机の上で手を組んだ彼の顔をじっと見た。

「早速ですがあなたは財団からの助成金を受け取ることは出来なかった。だが私はあなたの研究テーマに興味を持った。財団に提出してもらった過去の論文や今後の研究についてのあなたの話は、企業で言えば出資や融資を受けるための事業計画書だ。それが優れていると思ったから私はあなたの研究に資金を提供しようと決めた。だがそれには、ひとつだけ条件がある」

女は司の条件という言葉にエッという顔になった。

「そんなに驚くことか?研究に対しある程度まとまった額を寄付した場合それに対し感謝の意を示すのが普通だと訊いたが?」

司はそこまで言って相手が先ほどの驚いた顔から少しホッとした表情になったのを見た。それは感謝の意を示せの言葉が想定されていたということだ。

「あの。道明寺副社長。その件ですが実は感謝状を贈らせていただくことや、ニューズレターや学会誌を送らせていただくことで感謝の気持を示そうかとも考えたんです。ですが私はうちの研究室で出来ることで道明寺副社長がご希望されることをと思って今日それをお訊ねしようと思っていました。何かの形でということなんですが、どうぞご希望されることがあればおっしゃって下さい」

そう言われた男は、真っ直ぐに女の目を見つめながら言った。

「そうか。それは良かった。それでは私の望みを言わせてもらおう。私はあなたの研究に興味を持った。だから私はあなたから個人的に学びたいと思っている。つまり個人教授を頼みたい」





にほんブログ村
Comment:6
2018
11.09

理想の恋の見つけ方 20

司は会社を出ると牧野つくしが准教授を務める大学へ向かっていた。
昨夜の電話で明日サメのような人と会うと言った相手は司のことだが、サメが怖いと思わないと言った。それはつまり司と会うことを楽しみにしているといった意味なのか。
だがそれは司が個人的に援助することを決めたからなのか。スポンサーになる男に対して悪い感情はないということなのか。
どちらにしても、今日これから会うことになるが、司は牧野つくしにとっては金づるということになる。

司は、女は男を金づるとしか考えていないといった思いがあるが、それは贅沢な暮らしをしたい、自分を着飾りたいといったことが目的だが、牧野つくしの場合金の使い道はサメの研究という女なのだから他の女とは明らかに目的が違う。だから自分の身成りに気を遣うことはないのか。司は二度会ったがどちらも黒のパンツスーツ姿で化粧は薄かった。
そして昨日の話に出て来た好奇心と興味から派生したサメの研究が自分のライフワークになっているようだが、この先の研究を続けていくために手に入れようとしていた財団の助成金とは違い司の個人的援助をどう思うのか。媚びへつらうことはしないだろうが、それなりの見返りといったものを寄越すのだろうか。
もしそれがあるなら、それは一体どんなものなのかも気になるところだった。
そしてひとりの女の裏と表を見極めたいと望んだが、今のところ牧野つくしの行動は司の周りにいたどの女とも違っていた。
それは昨夜の電話も先日の面接も、どちらもさして態度の変わらない女がいるということだ。













「先輩!もうすぐいらっしゃいますよ。ちゃんと準備は出来ましたか?道明寺副社長が援助を申し出て下さることもですが、直々にこの研究室にお見えになるなんて凄いことですよ。でもせっかくお越しになられるのに、うちの大学は古いですからどうしても暗い感じがするんですよね。だからせめて緑くらい置いた方がいいと思って用意したんですけど、いいと思いませんか?」

桜子はそう言って今朝買って来た観葉植物の鉢の向きを変えていたが、研究室は間違ってもどこかのティールームのような雰囲気にはならなかった。だが部屋にひとつ緑があるだけで随分と雰囲気が変わったような気がした。
そして桜子は、副社長にお出しするコーヒーはブルーマウンテンですからね、と教えてくれたが、普段インスタントが主流の研究室にもコーヒーメーカーが置かれていて、たまにだが豆から淹れることもあった。

「それから道明寺副社長が寄付をして下さったことに対する研究室からの感謝の気持ですが、どう示すか決まりました?」

「うん….」

「もう先輩。うんじゃなくて、考えが纏まらなかったんですか?昨日何やってたんですか?ちゃんと考えて下さいって帰る前に言ったじゃないですか」

桜子は、そう言って鉢植えの向きが気に入らないのか、やっぱりこっちの方が葉がキレイに見えると言って鉢を動かしていた。

寄付行為に対してのお礼の気持を表す。
それは感謝状だったり、ニューズレターを送るといったことだったりするが、研究室が過去に寄付を受けたことはなく、感謝状を贈るなら副島研究室副島教授の名前で出せばいいのか。
それとも牧野つくし准教授の名前で出せばいいのか。
そして道明寺副社長はニューズレターや学会誌の送付を希望するだろうか。希望するなら送るが望まないなら何か他の方法で感謝の気持を示さなければと思うも、一体何をすればいいのか思いつかなかった。それに昨日は別のことが頭にあってお礼については失念していた。
こうなったらお礼は何がいいですかと本人に訊くのが一番いいはずだ。

「ねえ桜子。必要のない物をもらっても迷惑だろうし本人に訊いたら駄目?」

「あ、それいいかもしれませんね。経済界のサメと言われる道明寺副社長が何を希望されるのか想像もつきませんけど、寄付して下さるんですから出来るだけ寄付者の希望に沿うべきだと思います。でもハンサムな上にお金持ちの男性がうちの研究室に欲しいものがあるとは思えませんが、例えばサメの歯が欲しいとかそのくらいの希望なら簡単なんですけどね」

経済界のサメが本物のサメの歯が欲しい?
とてもそんなことを望むような男性には見えなかったが、金持ちは気まぐれだと言った桜子の言葉を借りれば、もしかすると道明寺副社長という男性は少し変わった嗜好の持ち主なのかもしれない。
そしてサメの歯だが、深海ザメではないがホホジロザメの歯なら今ここにあるが、サメ界のスターと呼ばれるホホジロザメの歯なら経済界のサメと呼ばれる男性にはピッタリかもしれない。

「それより先輩。道明寺副社長はここの場所がお分かりになると思います?うちの研究室かなり奥まった場所にありますけど大丈夫でしょうか。秘書の方はここを訪ねることで何もおっしゃらなかったんですよね?でもここ。かなり分かりにくいと思いますけどお迎えに行かなくても大丈夫ですか?」

そうだ。それは確かに言える。
つくしが所属している副島研究室は、訪れたことがない人間にとっては非常に分かりにくい場所にある。それにただでさえ大学の構内は分かりにくく、迷路のようだと言われていた。
そうなるとつくしが気遣いをしなければならなかったはずだ。せめて分かりやすい場所まで迎えに行くという気遣いが。

「ごめん。桜子。私ちょっと行って来るから」

「え?行くってどこに?」

「だから道明寺副社長を迎えに行くのよ」

そして時計が約束の時間である午後1時を指すと同時に研究室の扉を開け廊下へ出たが、そこにいた人物に思いっきりぶつかっていた。





にほんブログ村
Comment:4
2018
11.08

理想の恋の見つけ方 19

まさか明日会うことになっている女から仕事の話を訊いてもらってもいいですかと心の裡を訊かされることになるとは思いもしなかった。
司は個人が特定できる事は言わない。相手のプライバシーを詮索しない。匿名性を重んじようと言ったが女の求めに応じ年齢だけは告げた。
だがそんな女から今度は自分の仕事について話がしたいと言ってきた。
それは仕事にまつわる愚痴や不満をだらだらと打ちあけ、相手が耳を傾けてくれることが望みなのか。寡黙に話を訊く男と凡庸な優しさを求めているのか。それとも司の意見を求めるような話なのか。
暫くの沈黙の後、女が口を開くのを待った。

『ごめんなさ。あなたは….いえ、私たちは個人的なことは話さないと約束をしています。ですからなるべく具体的なことはお伝えしないで話したいと思います。私の仕事は….教育に関係することです。それで最近色々とあってと言うか。いえ、決してそのことが問題があるとか残念といったことではないんです。でも初めは残念だと思ったんですが、そこから嬉しいことがあったんです』

司は牧野つくしが口にした残念なことと嬉しいことが自分の研究に対することだと分かっていた。
そして残念なことが財団から助成金を受けることが出来なかったことであり、嬉しいことは司が個人的に援助をしようと言ったことだと推測出来るが、そのことについて何か思うことがあるのか。真面目な性格の牧野つくしは決して饒舌ではなく、次々と話題を提供するような女ではないことから、司は先を促すように「それは良かったですね。それでその嬉しいことに何かあったんですか」と訊いた。

『はい。あったというか……あの私はこれまで仕事には真面目に取り組んで来ました。でも私の仕事は金銭を貰ってする仕事というよりも自分の好奇心、つまり自分の興味を仕事にしたようなものなんです。だから私個人としては仕事をしてお金を頂けるという大変ありがたい仕事なんです。でもそれを続ける為にはお金が必要だということを感じさせられたと言えばいいのか、普段はお金に対しそこまでの必要性を感じていないのですが、今回はそういったことを考えなければならない状況でした』

牧野つくしの言葉の意味は司の思っていた通り、財団からの助成金が貰えなかったことを言っていた。

「なるほど。教育という仕事は未来がある子供たちを育てる。そして探求心を育てる仕事です。あなたはその仕事が自分の好奇心や興味の上に成り立っていることが悪いことのように思われるんですか?だがどんな仕事をするにしてもそれに見合う対価を受け取るべきだ。それに教育を受けるにもお金がかかるように、何かを極めようとするとお金が必要とされることがあります。こんな言い方をすれば身も蓋もないでしょうけど、どんなに綺麗事を言ったとしても生きて行くためにはお金が必要だということです。そのために厳しい道を選ぶ人もいるでしょう。それに何かを犠牲にする人もいるはずです。それにどんな仕事でも結果を必要としない仕事はありません。仕事は結果が全てですから」

司はビジネスに於いて相手の心理を読むことをするが、女の心理など考えたことはなかった。だから今の彼の言葉は寡黙に話を訊く男でもなければ、凡庸な優しさを感じさせる男の言葉でもなかったが、果たして相手が求めていたのはどんな言葉なのか。
そして決して会うことはないとは言っているが、牧野つくしの職業も年齢を知っている以上、稚拙な言葉を返そうとは思わなかった。だがつい押しの強い性質が出そうになり、今は紳士的に接することを演じなければと思いそれに相応しい言葉を探していた。

『ええ。そうですよね。あなたの言っていることはもっともだと思います。何かを続けていくためには、お金が必要になることもありますよね。私もその有難味はよく分かっているつもりです。ですが_』

「どうかしましたか?」

『はい。世の中には捨てる神あれば拾う神ありではありませんが、思いがけないこともあるんだなって。そんな事が今日あったんです』

「そうですか。それは良かったですね」

そこで司は、話のいきがかり上、牧野つくしが興味を持っていると言ったサメの話をすることにした。それは前回の電話でサメの話を訊いたとき牧野つくしに対する興味と相まって面白いと感じ、サメについて自分なりに調べたことがあった。

「ひとつ質問してもいいですか?私はあなたがサメに興味があると訊いて調べてみました。常に深海にいる大型の生物は、深海ザメとダイオウイカくらいしかいないと言われていますが同じ深海に棲む生物ならサメよりもダイオウイカの方が興味深いと思いませんか?」

ダイオウイカはここ数年話題の生物で、人の目に触れる機会も増えたが、知らない人間が多かったのも事実だ。
そしてあの面接で何故サメを研究対象にしたのかと今と似た様な質問をしたが、あの時は高校生の頃図書館で見た本でサメに興味を持ったと言ったが果たして今夜はなんと答えるのか。

『ええ。ダイオウイカも興味深い生物だと思います。でもイカには気持ちが向かなかったと言うか….。私はイカではなくサメのカッコ良さに惹かれたんです。サメは人を襲う生き物だと思われていますけど、そうではないんです。それはこの前もお話しましたよね?』

「ええ。人を襲うサメは5本の指で足りるそうですね」

『そうです。ホホジロザメやイタチザメ、オオジロザメといった一部のサメなんです』

サメの話になると取り留めがないというのか。他に心を惑わすものがないというのか。素人にしては詳し過ぎる話をする牧野つくしはやはり学者先生であると感じた。そして司にしてみればそれは分かり切っていることだが、それでも女は自分の職業が秘密にされていると思うのは、おめでたい人間だと言えた。

そして何故イカに興味を持たなかったのかと訊けば、サメの方がカッコいいからという当時高校生だったことを考えれば、らしいと言えばらしい率直な答えだ。だがそれが面接のとき語られることはなかったが、そのことが本音と建て前の建前の方であり、サメがカッコよかったという本音が語られなかったことは、悪意のない本音であり許されるものだ。

そんな女は電話の時間は30分と決めているのか。10時半になると話に区切りをつけ最後に、「明日は仕事で人と会う約束があるんですが、その人はサメのような人だと言われています。でも私はサメが怖いとは思いません。彼らも生きる為に努力をしていますから」と言ったが、司はサメのような人間が自分のことを指していることは分かっていた。
そして電話を切るまで自分とは全く正反対の身体が弱く殆ど外出することがない男のイメージで接し続けたが、サメは怖くないと言った女は、明日はどんな態度を見せるのか。司は暫く携帯の画面を眺めていたが、机の上に置くと椅子から立ち上った。





にほんブログ村
Comment:4
back-to-top